公爵夫人(55歳)はタダでは死なない

あかいかかぽ

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「まあ、今日は天気がよろしいこと」

 公爵が書斎に入ろうとしたので、サラはバルコニーを希望した。敵のテリトリーに入りたくないかっただけだが、公爵は太陽の下に出ると、よりいっそう萎れて見えたので、残酷なことをした気分になった。このバルコニーで一緒に景色を見るのは何年ぶりになるだろう。

「サラ、離婚したら生活はどうするつもりなのだ」

「も、もちろん、働くつもりでいますけど……」

 いきなり問題をつきつけられて、サラは狼狽えた。

「それもいいが……再婚するのか?」

「あら、まあ、わたくしが再婚?」

 サラは口端だけ吊り上げて笑ってみせた。大きく口をあけて笑ってしまいそうになるのをこらえる。

(結婚までは考えていないけれど、新しい恋はすでに控えているのよ)

「まあ、それもありうるのかしらねえ」

「冗談だ。冗談に決まっているだろう!」公爵が途端に笑いだした。「55歳だぞ。鏡をよく見ろ」

「またわたくしをバカにしたいのかしら」

「わしならともかく、おまえなんか誰が相手にするものか」

「貴方なんてわたくしより5歳も年上じゃないの。平均寿命をいくつ越えてると思ってるのよ」

 サラは呆れた。この期に及んでなんという自信過剰だろうか。レオノールに公爵の地位も不動産も取られたら、公爵には何が残るのだろう。
 すると公爵は急に真顔になって、溜息を吐いた。

「そうだ、わかっているさ。我々は余生を生きているわけだ。お互い、自由に生きよう」

「そうね、死んだつもりで楽しむことにするわ。離婚が成立するのはいつなのかしら」

「下にいる彼らが書類をまとめてくれている。署名をして提出すれば、早ければ明後日にでも……」

「明後日……。では早速戻って署名をしましょうよ」

「サラ、もう少し他に言うことはないのか。35年間も一緒にいたんだぞ」

「たいへんお世話になりました」

「大根役者だな」

「貴方こそわたくしに言うことはないのかしら」

「……アシュリーに騙されたわしを心の底では嘲笑っているのだろうな」

「他に言うことはないの」

 公爵はくしゃくしゃと顔をしかめた。

「なあ、35年の結婚生活、わしらの間にあったのは何だったんだろう」

「なにか特別なものがあったとでも言うの」

「わしはあったと思っているぞ」

 公爵は今度は力強く断言した。なにかに抗っている様子が見て取れた。サラは目を細めた。

「わたくしたち二人の間にあったのは、時間よ。長い時間。それだけ」

 サラは公爵の手を掬い取り、自分の手を重ねた。

「あなたがおっしゃる特別なものはなんなのかしら」
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