最後の魔導師

蓮生

文字の大きさ
82 / 93
第3章 エイレン城への道

夜のニス湖⑥ 魔導師と城主

しおりを挟む

「なんて、ことを…」

 サフィラスはひねりだすような苦し気な言葉を吐いて、奥歯を噛みしめる。
 一刻の猶予ゆうよもない。
 全神経を研ぎ澄まして素早く臨戦態勢りんせんたいせいに入ったサフィラスは、両手を前に構え、目をつぶる。
 
 生あたたかい、ふわっとした緩やかな風の流れが、その場にいた者のほおをかすめた。

 しかしそれはまたたく間に辺りを舞い踊る旋風せんぷうになり、アラン達は顔をおおい、中腰にならざるを得なかった。
 激しさを増す風が大気中でゴオォオッと音を立て、烈風れっぷうのごとく吹き荒れはじめると、彼はあっという間にその嵐の中に消える。

「…くっ…!サフィラス…!」

 そばにいたアランは風にあおられ、舞う砂ぼこりで目もあけられず、ついにはまともに立っていられなくなった。
 なんとか石造りの壁をつかんで壁伝いに後ずさる。ほかの兵たちも、気づけばかなり後ろまで下がってはいたが、急に巻き起こった嵐に、頭を打ち付けたり転倒したものが居たようだ。額や腕から血をながしたまま、唖然あぜんとした表情で嵐の中心を見上げている。

「…サフィラス、お前…無茶をするな!!」
 
 サフィラスはこの時、大蛇が暴れるような疾風しっぷう——、その巨大なアダマの対流の中にいた。

 かれにより熱せられたその膨大ぼうだいな数の粒子が、莫大ばくだいなエネルギーとなって両腕に集まり、凝縮ぎょうしくし、縄のように絡まりあって手のひらで黄金の一つの塊となってゆく。
 それは一瞬の出来事ではあったが、ひどく神聖な儀式のようでもあり、時が止まったかのようにアランには見えていた。

 ——カッ!と閃光せんこうのような光の筋が、嵐の中から飛び出る様に…細長い指の間かられ広がり、まさに光の速さで一直線に湖に向かって走った。

 辺りを昼のような明るさにしたかと思うほどの、目の奥に突き刺さる熱量。
 余りの眩しさにその場の全員が目を覆う。

「耳をふさいでッッ!!」
 サフィラスの怒号どごうがひびいた直後、鼓膜こまくが破れそうなほどの甲高く、叫びだしたくなるほどの強烈凶悪きょうれつきょうあく不快音ふかいおんが大きくひびき渡った。

———キィィィィィ—ンッ!!

「「「うあアアァァァ!!」」」

 耳をふさいだ全員があまりの無慈悲むじひな音に頭を振りながら叫び散らす。ふらついて倒れる者、中には嘔吐おうとをしている者もいた。
(鼓膜が、破れるっ…!!)
アランは砂が舞う強風の中でわずかにまぶたを上げ、乱れる髪の合間からこれ以上は限界だと、こめかみに筋を浮き立たせながら歯を食いしばってサフィラスを見上げた。
 そしてサフィラスが目を離さない湖面の方を、自らも細めた瞳をこらしてじっと見つめる。そうしてはじめて、城壁が大変なことになっていると分かった。

「…城壁が!城壁が凍っているぞッ!」

 うしろから歩哨ほしょうの青年が叫んでいる。
 その者の言う通り、まさにアランの目にも、凍り付いた壁が異様な光景となって映っていた。
 
 サフィラスの光に照らされた巨大な頭が、歯をむき出しにして鼻面にしわを寄せ、吹きすさぶブリザードのような氷のつぶてを壁面に向かって勢いよく吐いている。
 それも尋常じんじょうじゃない量だ。
 すでに壁面は分厚い氷におおわれ、いつ崩壊してもおかしくない状況に見えた。

 アランは屈強くっきょうな、それこそ国でも名が知られた一流の騎士であったが、恐怖で足が震えるのを止められなかった。
 生まれてこの方、ドラゴンをこの目で見たことはない。
 いつか見てみたいとは思ってはいたが、本当にそんな日が来るとは、思いもしていなかったのだ。
 ただ叔父からは世にも恐ろしい生き物だと伝え聞いていた程度で、あんな形をしているとは。
 あんな…はがねのようなウロコにおおわれた、大蛇のような首…裂けた口からのぞく無数の歯…!地獄の底からい出てきたような、この世のものとはとても思えぬ。
———人が抗えるものではない。
 (このままでは死者が出る…)
 ドラゴンがつぶてを吐いているのはパレスのすぐ横、そこに集中している。
 しかしなぜあそこに向かって攻撃をしているのか。
 訳が分からないが、少なからず塔の中には数十人の者がいる。
 何とか避難ひなんさせなければ。

「おいッ聞こえるか!居館と台所、湖に面したすべての部屋から避難だ!これは命令だ!建物から全員を出せ!!」

———荒ぶった獣の声がこの地を揺らしていた。
 アランは兵士たちにそう叫ぶと、自身も天守から階段を踏み外す勢いで駆け下りる。

「一体、何が起きたのだ…!」

 こわばった身体は迷いなく天守から真っすぐに水際門にむかっていく。アランは震える足を叱責しっせきするように力強く動かした。

 荒ぶるこの獣を目覚めさせたものは一体何なのか…。

「…アラン様!!おやめくださいッ!今水際門に向かうのは危険すぎます!」

 後ろを振り返ると鎖帷子くさりかたびらとその上に板金鎧ばんきんよろいを着込んで長剣を下げた部下が2名、けわしい顔つきでアランを追って来ていた。
「いいや、この目で確かめねば…」
 アランはアルカット城の城主である。そして、多くの命を預かる最も重い責任を負っている。たとえどんなことがあろうと、かれらを最後に守れるのは自分だけだ。
 二人の反対を無視して、引き留める硬い腕も振り払い、ズンズン水辺に向かう。
 しかしその足は何かやわらかい物を踏んで思わず止まった。

「…なんだ、これは…」
 一瞬、なにか小動物の死骸しがいでもんだかと思った。
 しかし、そうではない。
 弾力もなく、もっとやわらかくて、平らなものだ。
 暗がりの中、後ろにいた部下がアランの足元を手に持つ松明ですばやく照らし出した。
 そうしてぼんやり照らされたそれに顔を近づけ、拾い上げる。

 「なんでこんなものが落ちている…」
 手に持った途端、肌触りの良い布であることが分かった。

——それも見たことがある…。
 もっと言えば、さっき大広間でも見た、えりぐりとそでに刺繍ししゅうの入ったチュニック…。大人用にしては小さめの、アランがわざわざ用意してやった物。

「…おい…」
 アランの声は震えていた。
 これはあのサフィラスの弟子、ニゲルが着ていたものではないか…。
 ついさっきまで…!

「サフィラスを呼んで来いッ!!今すぐにだッ!!」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

こわがり先生とまっくら森の大運動会

蓮澄
絵本
こわいは、おもしろい。 こわい噂のたくさんあるまっくら森には誰も近づきません。 入ったら大人も子供も、みんな出てこられないからです。 そんなまっくら森のある町に、一人の新しい先生がやってきました。 その先生は、とっても怖がりだったのです。 絵本で見たいお話を書いてみました。私には絵はかけないので文字だけで失礼いたします。 楽しんでいただければ嬉しいです。 まんじゅうは怖いかもしれない。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

理想の王妃様

青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。 王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。 王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題! で、そんな二人がどーなったか? ざまぁ?ありです。 お気楽にお読みください。

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!

mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの? ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。 力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる! ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。 読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。 誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。 流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。 現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇 此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

処理中です...