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第2章 旅立ち
別れの時⑪
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「マリウス…」
(…なんでなんだよ…)
サフィラスの足元ですがるような姿をするマリウスを見て、もう、どんな言葉をかけていいかわからなくなった。
だめだと言ったって、このがんこな弟は絶対にそれを曲げないつもりなのだ。
これはもしもの話だけれど、もし、君の妹や弟が、明日を無事に生き抜けるか分からないような、そんな危険な旅に出るといったら、君はそれを許すことが出来るだろうか。
きっと止めるに違いない。
僕だってそうだ。
たとえ君だけが旅に出なくちゃいけなかったとしても、そうやって家族を道連れにしようとは思わないように、僕にだってそれくらいの兄としての誇りはある。僕にとって一番大事なものは、もう、アーラとマリウスしかないから。そして、お母さんとの約束を、お母さんからの信頼を、やぶる事なんてできないんだ。
「マリウス君。君がどんなに私にすがっても、それは聞き入れることは出来ない。だから、立ちなさい」
「…っ! なんで…なんで!?」
マリウスはサフィラスの黒いズボンの裾をつかんで、必死に離すまいとにぎりしめている。
「どうしてだよ!にいちゃんだけ連れていくなんて!そんなのあんまりじゃないか!!」
「ダメなものはダメだ」
「なんで…ッ!理由を言ってよ!!」
サフィラスは足元にすがり付いて見上げてくるマリウスから視線を一度ニゲルに戻すと、そのまま石像の様に固まったマーロンの方へ険しい面を向けた。
「マーロン君。まさか君もかな?」
弾かれたように顔を上げたマーロンは身体を硬直させたまま、白いかおで、あ…と言いかけて、そうです、とつぶやいた。
「でも、おれも…本当の理由を、しりたい…。なんでニゲルを連れていくのが一番いいって思うのか…」
「それを聞いてどうするんだ」
知ったところで結果はくつがえらないと、サフィラスはするどい眼差しで冷たく言い放つ。
「だって、ウエンさんだってかなり腕っぷし強いじゃないか。俺たちをずっと守ってくれたし、ここは滅多な事じゃ、怪しまれたり襲われたりしない。だって、王室に家畜を献上したりしてるところだし…。だから、自由な行動は出来ないにしても、ニゲルをかくまうくらい、きっとできる…。けど、サフィラスさんには、ニゲルに一緒に来てほしい理由が、あるんだろ…違う?」
「……ほお。君は彼がここに居る方が安全だと?」
サフィラスは怒っているのか、表情からは何も読み取れなかったけれど、声色を一段低くしてマーロンを見つめている。
「おれ…聞きましたよ…」
しかしマーロンは怯むどころか、納得がいかないと言いたげに、只ならぬ内容の話をはじめた。
「ニゲルたちが来る前の日だけど…サフィラスさんがやってきたあの日、ウエンさんと話していたのを偶然、その、耳にして…」
マーロンはニゲルの方をちらりと見る。
「その時…、こう言ってた。《幽閉される前にヴェントの長子、ニゲルに全てを委ねる、全てを託す》って。…幽閉って、サフィラスさんが、だろ?」
…幽閉?
幽閉だって?
この間は流刑が課されたと言っていたけど、それは島流しみたいなことをされるんじゃなくて、どこかに、地下牢かなんかにでもサフィラスを閉じ込めておくってこと?
なんで?
それに、ヴェントって、誰の事?
まさか、お父さん…?
ニゲルは穴が開きそうなほど真剣な表情でサフィラスの一挙一動に注目した。サフィラスはしばらく無言でマーロンを正視していたけれど、やがて、はあっと吐息をもらしてぼんやりと窓の方へ視線を移した。
「仮に…もしそうだとして、君に何ができるというんだ」
「…俺は、サフィラスさんを助けることは出来なくても、ニゲルを助けることは出来ます」
「はっきり言うが足手まといだ。私に君たちの身を守りながら旅をしろと?悪いがそんな余力も時間もない。連れていく理由にはならない」
「別にサフィラスさんに守ってほしいとは言ってない!俺は自分のためにも付いて行くって決めたんだ!」
その言葉に、サフィラスはいよいよ怒ったのか、ギイっときしむ寝台から立ち上がってマーロンの前に立ちはだかると、冷たく見下ろしながら最後通告を言い放った。
「往生際が悪いようだが、どんな理由があろうとも絶対に連れては行かない」
「なんでだ!?おかしいだろ!サフィラスさん、結局ニゲルを一人にして、それで万事上手くいくとでも!?こいつはこれから先、家も失ってここにも戻れずに、きょうだいとも離れ離れになって、たった一人でどうやって生きて行けってんだ!?なんでそこまでする必要があるんだ!ひどいじゃないか!!…少なくとも俺は絶対こいつを見捨てたりしない!ウエンさんに助けてもらったから、今度は俺が誰かを助ける番だろ!?違う!?」
「…何を世迷言を…。話にならない。ウエンを呼んでくる」
「ちょっと待って!マーロンはいいとして、僕はきょうだいだよ!?僕だけはお願いします!」
マリウスが立ち上がってマーロンとサフィラスの間に割って入る。
「…離しなさい」
「…ッ!い、いやだ…!」
マリウスはぎゅうっとサフィラスの両腕をつかんで離さない。
「いいって、いいって言ってくれるまで、僕は離さない!」
腕を引きはがそうとするサフィラスに対抗するように、マリウスは今度はおなかに腕を回してしがみついて、うーうー唸っている。
サフィラスは動こうとしないマリウスを冷たく見下ろすと、すらりとした身体に見合わない馬鹿力を発揮して、ガッと、まとわりつく身体の両脇に手を差し込んだ。
あわててバタバタばたつかせるマリウスの足が宙を蹴るほどに引きはがして、その身体を今度は丸太の様に肩にかつぐ。
「落ちたくなければ騒ぐんじゃない」
そう言うやいなや、左手ではあっけにとられたマーロンの腕をすばやくつかみ、引きずるようにして部屋の扉にむかう。
けがが治り切っていないだろう背中をバシバシと拳でたたき、離せ!とわめくマリウスをものともせずに、サフィラスは平然と扉の前まで来ると、引っ張られる身体を精一杯止めようとあがくマーロンが、ひとりでにカチャリと開く扉を目の当たりにしてひどく驚くのも無視をして、一度ニゲルを振り返ったがそのまま出て行ってしまった。
(…なんでなんだよ…)
サフィラスの足元ですがるような姿をするマリウスを見て、もう、どんな言葉をかけていいかわからなくなった。
だめだと言ったって、このがんこな弟は絶対にそれを曲げないつもりなのだ。
これはもしもの話だけれど、もし、君の妹や弟が、明日を無事に生き抜けるか分からないような、そんな危険な旅に出るといったら、君はそれを許すことが出来るだろうか。
きっと止めるに違いない。
僕だってそうだ。
たとえ君だけが旅に出なくちゃいけなかったとしても、そうやって家族を道連れにしようとは思わないように、僕にだってそれくらいの兄としての誇りはある。僕にとって一番大事なものは、もう、アーラとマリウスしかないから。そして、お母さんとの約束を、お母さんからの信頼を、やぶる事なんてできないんだ。
「マリウス君。君がどんなに私にすがっても、それは聞き入れることは出来ない。だから、立ちなさい」
「…っ! なんで…なんで!?」
マリウスはサフィラスの黒いズボンの裾をつかんで、必死に離すまいとにぎりしめている。
「どうしてだよ!にいちゃんだけ連れていくなんて!そんなのあんまりじゃないか!!」
「ダメなものはダメだ」
「なんで…ッ!理由を言ってよ!!」
サフィラスは足元にすがり付いて見上げてくるマリウスから視線を一度ニゲルに戻すと、そのまま石像の様に固まったマーロンの方へ険しい面を向けた。
「マーロン君。まさか君もかな?」
弾かれたように顔を上げたマーロンは身体を硬直させたまま、白いかおで、あ…と言いかけて、そうです、とつぶやいた。
「でも、おれも…本当の理由を、しりたい…。なんでニゲルを連れていくのが一番いいって思うのか…」
「それを聞いてどうするんだ」
知ったところで結果はくつがえらないと、サフィラスはするどい眼差しで冷たく言い放つ。
「だって、ウエンさんだってかなり腕っぷし強いじゃないか。俺たちをずっと守ってくれたし、ここは滅多な事じゃ、怪しまれたり襲われたりしない。だって、王室に家畜を献上したりしてるところだし…。だから、自由な行動は出来ないにしても、ニゲルをかくまうくらい、きっとできる…。けど、サフィラスさんには、ニゲルに一緒に来てほしい理由が、あるんだろ…違う?」
「……ほお。君は彼がここに居る方が安全だと?」
サフィラスは怒っているのか、表情からは何も読み取れなかったけれど、声色を一段低くしてマーロンを見つめている。
「おれ…聞きましたよ…」
しかしマーロンは怯むどころか、納得がいかないと言いたげに、只ならぬ内容の話をはじめた。
「ニゲルたちが来る前の日だけど…サフィラスさんがやってきたあの日、ウエンさんと話していたのを偶然、その、耳にして…」
マーロンはニゲルの方をちらりと見る。
「その時…、こう言ってた。《幽閉される前にヴェントの長子、ニゲルに全てを委ねる、全てを託す》って。…幽閉って、サフィラスさんが、だろ?」
…幽閉?
幽閉だって?
この間は流刑が課されたと言っていたけど、それは島流しみたいなことをされるんじゃなくて、どこかに、地下牢かなんかにでもサフィラスを閉じ込めておくってこと?
なんで?
それに、ヴェントって、誰の事?
まさか、お父さん…?
ニゲルは穴が開きそうなほど真剣な表情でサフィラスの一挙一動に注目した。サフィラスはしばらく無言でマーロンを正視していたけれど、やがて、はあっと吐息をもらしてぼんやりと窓の方へ視線を移した。
「仮に…もしそうだとして、君に何ができるというんだ」
「…俺は、サフィラスさんを助けることは出来なくても、ニゲルを助けることは出来ます」
「はっきり言うが足手まといだ。私に君たちの身を守りながら旅をしろと?悪いがそんな余力も時間もない。連れていく理由にはならない」
「別にサフィラスさんに守ってほしいとは言ってない!俺は自分のためにも付いて行くって決めたんだ!」
その言葉に、サフィラスはいよいよ怒ったのか、ギイっときしむ寝台から立ち上がってマーロンの前に立ちはだかると、冷たく見下ろしながら最後通告を言い放った。
「往生際が悪いようだが、どんな理由があろうとも絶対に連れては行かない」
「なんでだ!?おかしいだろ!サフィラスさん、結局ニゲルを一人にして、それで万事上手くいくとでも!?こいつはこれから先、家も失ってここにも戻れずに、きょうだいとも離れ離れになって、たった一人でどうやって生きて行けってんだ!?なんでそこまでする必要があるんだ!ひどいじゃないか!!…少なくとも俺は絶対こいつを見捨てたりしない!ウエンさんに助けてもらったから、今度は俺が誰かを助ける番だろ!?違う!?」
「…何を世迷言を…。話にならない。ウエンを呼んでくる」
「ちょっと待って!マーロンはいいとして、僕はきょうだいだよ!?僕だけはお願いします!」
マリウスが立ち上がってマーロンとサフィラスの間に割って入る。
「…離しなさい」
「…ッ!い、いやだ…!」
マリウスはぎゅうっとサフィラスの両腕をつかんで離さない。
「いいって、いいって言ってくれるまで、僕は離さない!」
腕を引きはがそうとするサフィラスに対抗するように、マリウスは今度はおなかに腕を回してしがみついて、うーうー唸っている。
サフィラスは動こうとしないマリウスを冷たく見下ろすと、すらりとした身体に見合わない馬鹿力を発揮して、ガッと、まとわりつく身体の両脇に手を差し込んだ。
あわててバタバタばたつかせるマリウスの足が宙を蹴るほどに引きはがして、その身体を今度は丸太の様に肩にかつぐ。
「落ちたくなければ騒ぐんじゃない」
そう言うやいなや、左手ではあっけにとられたマーロンの腕をすばやくつかみ、引きずるようにして部屋の扉にむかう。
けがが治り切っていないだろう背中をバシバシと拳でたたき、離せ!とわめくマリウスをものともせずに、サフィラスは平然と扉の前まで来ると、引っ張られる身体を精一杯止めようとあがくマーロンが、ひとりでにカチャリと開く扉を目の当たりにしてひどく驚くのも無視をして、一度ニゲルを振り返ったがそのまま出て行ってしまった。
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