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1章 出会い
ウエンさん
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お昼ご飯は、見たこともない料理を食べるのに悪戦苦闘し、マーロンやラモにはゲラゲラと笑われた。
麦の粉を薄く焼いた大きな円盤に、自分で野菜やお肉やお魚を巻いて食べるのだけれど、どうして良いかわからなくて、向かいに座るマーロンのまねをして、ぶたの塩漬けを焼いたものと、野菜をいくつかまいた。けど巻き方が悪いのか、具を入れすぎたのか、かぶりついて食べていると後ろからポロポロ落ちるのだ。
食べた後はラモにお願いされたように、まずは畑の野菜の収穫。牛のお世話はむずかしいから畑をやってといわれた。そうして、冬の準備のために引き抜いたり土をおとした野菜は、干したり、あるいは暗い場所に置いていく。集めた果物はジャムにするみたいだ。
作業をする台に大根を次々のせたり、りんごやぶどうを運んだりもした。なかなか重くて大変だったけれど、みんなで話しながら働くのはなんだかすごく楽しい。
そして、途中の休憩時間に、アーラとヴェシカが焼いてくれたクッキーをみんなで食卓で食べている時、とつぜん、げんかんの方から『スマル!今帰ったぞ!』という、低い声が聞こえてきた。スマルさんは、ぶあついミトンをした手で焼いていたクッキーが並んでいる鉄の板をつかみ、それを薪で温められた石窯から出すと、『ここよ!』と大きな声で返事をした。
カツカツ、カツカツと石の床を歩くクツの音が聞こえたそんな矢先、台所に、すっと、音もなく大きな、人ではないーーーまるで明かりの無い夜の闇のようにまっ黒い犬が突然入ってきた。人が入ってきたと思ったのに違ったから、びっくりして、思わず2度見してしまう。アーラなら乗れそうなくらい大きな犬だ。ハアハアとキバののぞく口を開けて息を吐いていて、スマルさんに向かって尾っぽをゆらゆらと、ふっさりした箒のようにゆらしている。その後ろから、靴音をひびかせていた人が台所にヌッと現れた。
「遅くなってすまん」
「ウエン、おかえり。みんなは今、クッキーを食べているわ」
スマルさんが黒い犬の頭をなでながらニゲル達の方を見ると、その膝までのながい藍色のマントを翻し、大きな身体をしたウエンさんがこちらを向いた。短く苅り上げた、なんだかすすけたような、まるで暖炉の煤を髪にふりかけてぬったような、にぶい色の金色の髪に、太い眉、怖いくらいのきびしい目つき。真面目な顔をしているけれど、怖かった。ニゲルはその迫力に思わずイスから後ずさるように立ち上がっていた。
「あ…はじめまして…」
きっと、こわい人なんだ。そんな風に思わずにはいられない。
ちょっと声が小さくなってしまったけれど、おじぎはちゃんとしなければと、いきおいよく頭を下げる。
遅れてマリウスとアーラも立ち上がって腰をおった。
「…そんなかしこまらなくていい。ここは誰もが平等だ。誰にも頭を低く下げる必要はないんだよ。どうか、普通にしてくれないかな?私は王様でもなんでもないんだから」
ウエンさんは、カツカツとマントを揺らしながらガッチリした足でニゲルのそばまで来ると、マントの中から右手を差し出しだす。
「…私はウエン。サフィラスの友人で、ここの農場主だよ。よろしく」
低い、ちょっと身体が振動するようなカッコいい声。もしもお父さんがいたら、こんな感じなのだろうか。
突っ立ったまま手をもじもじさせて動かないニゲルに、目尻にシワをきざみながらウエンさんは微笑んで首をかしげた。とたんに、表情から怖さが消えて、思わずホッとする。
「あ…」
ニゲルは差し出された手の意味にハッとして、クッキーのポロポロしたクズが付いている指を服でぬぐうと、その手を差し出し、大きな手をにぎりしめた。ゴツゴツとして、かたい。
「僕はニゲル!一緒に来たのは、アーラとマリウスです」
ニゲルがウエンさんを見上げると、黒っぽい緑色のひとみと目が合う。
大きくてすっぽりニゲルの手が収まってしまったそのウエンさんの手は、外の空気に長い間さらされていたのか、ひんやりとしていて、少しカサカサしていた。
「…そうか…君が、ニゲル…」
「うわ!」
ぐっと手のひらが握りしめられ、突然引っ張られて、肩をぽんぽんと叩く腕に抱きしめられる。
何が起きたかわからなくて、目が白黒してしまう。
「あ、あの!なんで…」
そうしてしばらくすると腕をといて、今度はマリウスとアーラの方に身体を向ける。そして、同じように2人を抱き寄せた。
「みんな、よく来たな!朝は沢山食べたか?」
「はい、おいしかったです!にいちゃんも、アーラもいっぱい食べました。あ、ぼくも…!」
マリウスはウエンさんを見上げて、ニゲルも見たことがないような真剣な顔つきでコクコクとうなずいた。マリウスはマリウスなりに、ウエンさんに感謝を伝えようとしているのだ。
「ははは。夜はここに泊まっていくといい。夜ご飯も美味しい物を用意しよう。布団もあたたかいぞ?」
「…あ、でも、夕方にはサフィラスが…」
ニゲルは小さくつぶやいた。サフィラスに迎えに来てと言っている。初めてくる家に対しての不安が大きかったからだ。もしもアーラ達が疲れてしまったり嫌な思いをしたらすぐに帰ろうと思ったのである。
「ヤツは夕方迎えにくるのか?」
ニゲルはうなずく。
「僕、迎えに来てって言ったから…」
「それなら丁度いい。サフィラスにも泊まってもらえ。私はみんなと何にも話をしていないんだぞ?時間をくれても良いはずだ」
「あははは。お父さん、3人ともどうしていいか困ってるよ!私もまだ色々はなしたいし、サフィラスさんが来たらお願いしようよ!」
「そうだな。じゃあ、3人ともまずは私の部屋に来ないか?面白いものも沢山あるぞ!」
そう言うと、そばにきたあの黒い犬の体を楽しそうにワシワシとなでる。犬もなんだか気持ちよさそうに目を細めている。
「あのさ、ウエン。まだ牛舎の掃除が…」
ところが、マーロンが申し訳なさそうに口をはさんだ。
「あ、僕たち手伝うんだった!」
すっかり忘れていた事を思い出したニゲルのちょっとした叫び声に、ウエンさんがやれやれと眉を下げる。
「なんだマーロン。みんなと遊んでたんだろ」
「ちがうよ、鶏舎をみんなで手伝ったんだ。だって、3人に説明しながらだと、ヴェシカも大変だろ?」
「牛舎にみんなでいくのか?まあ…今日は仕方ないな…私も手伝おう」
「やった!」
ラモが嬉しそうにガッツポーズをした。
どうやらウエンさんの事が好きだしすごくたよりにしているみたいだ。
「ほら、ならすぐ行くぞ!」
「はい!」
そうしてみんなそれぞれクッキーを口に放り込むと、全員立ち上がってウエンさんのあとを追いかけるように牛舎に向かった。
麦の粉を薄く焼いた大きな円盤に、自分で野菜やお肉やお魚を巻いて食べるのだけれど、どうして良いかわからなくて、向かいに座るマーロンのまねをして、ぶたの塩漬けを焼いたものと、野菜をいくつかまいた。けど巻き方が悪いのか、具を入れすぎたのか、かぶりついて食べていると後ろからポロポロ落ちるのだ。
食べた後はラモにお願いされたように、まずは畑の野菜の収穫。牛のお世話はむずかしいから畑をやってといわれた。そうして、冬の準備のために引き抜いたり土をおとした野菜は、干したり、あるいは暗い場所に置いていく。集めた果物はジャムにするみたいだ。
作業をする台に大根を次々のせたり、りんごやぶどうを運んだりもした。なかなか重くて大変だったけれど、みんなで話しながら働くのはなんだかすごく楽しい。
そして、途中の休憩時間に、アーラとヴェシカが焼いてくれたクッキーをみんなで食卓で食べている時、とつぜん、げんかんの方から『スマル!今帰ったぞ!』という、低い声が聞こえてきた。スマルさんは、ぶあついミトンをした手で焼いていたクッキーが並んでいる鉄の板をつかみ、それを薪で温められた石窯から出すと、『ここよ!』と大きな声で返事をした。
カツカツ、カツカツと石の床を歩くクツの音が聞こえたそんな矢先、台所に、すっと、音もなく大きな、人ではないーーーまるで明かりの無い夜の闇のようにまっ黒い犬が突然入ってきた。人が入ってきたと思ったのに違ったから、びっくりして、思わず2度見してしまう。アーラなら乗れそうなくらい大きな犬だ。ハアハアとキバののぞく口を開けて息を吐いていて、スマルさんに向かって尾っぽをゆらゆらと、ふっさりした箒のようにゆらしている。その後ろから、靴音をひびかせていた人が台所にヌッと現れた。
「遅くなってすまん」
「ウエン、おかえり。みんなは今、クッキーを食べているわ」
スマルさんが黒い犬の頭をなでながらニゲル達の方を見ると、その膝までのながい藍色のマントを翻し、大きな身体をしたウエンさんがこちらを向いた。短く苅り上げた、なんだかすすけたような、まるで暖炉の煤を髪にふりかけてぬったような、にぶい色の金色の髪に、太い眉、怖いくらいのきびしい目つき。真面目な顔をしているけれど、怖かった。ニゲルはその迫力に思わずイスから後ずさるように立ち上がっていた。
「あ…はじめまして…」
きっと、こわい人なんだ。そんな風に思わずにはいられない。
ちょっと声が小さくなってしまったけれど、おじぎはちゃんとしなければと、いきおいよく頭を下げる。
遅れてマリウスとアーラも立ち上がって腰をおった。
「…そんなかしこまらなくていい。ここは誰もが平等だ。誰にも頭を低く下げる必要はないんだよ。どうか、普通にしてくれないかな?私は王様でもなんでもないんだから」
ウエンさんは、カツカツとマントを揺らしながらガッチリした足でニゲルのそばまで来ると、マントの中から右手を差し出しだす。
「…私はウエン。サフィラスの友人で、ここの農場主だよ。よろしく」
低い、ちょっと身体が振動するようなカッコいい声。もしもお父さんがいたら、こんな感じなのだろうか。
突っ立ったまま手をもじもじさせて動かないニゲルに、目尻にシワをきざみながらウエンさんは微笑んで首をかしげた。とたんに、表情から怖さが消えて、思わずホッとする。
「あ…」
ニゲルは差し出された手の意味にハッとして、クッキーのポロポロしたクズが付いている指を服でぬぐうと、その手を差し出し、大きな手をにぎりしめた。ゴツゴツとして、かたい。
「僕はニゲル!一緒に来たのは、アーラとマリウスです」
ニゲルがウエンさんを見上げると、黒っぽい緑色のひとみと目が合う。
大きくてすっぽりニゲルの手が収まってしまったそのウエンさんの手は、外の空気に長い間さらされていたのか、ひんやりとしていて、少しカサカサしていた。
「…そうか…君が、ニゲル…」
「うわ!」
ぐっと手のひらが握りしめられ、突然引っ張られて、肩をぽんぽんと叩く腕に抱きしめられる。
何が起きたかわからなくて、目が白黒してしまう。
「あ、あの!なんで…」
そうしてしばらくすると腕をといて、今度はマリウスとアーラの方に身体を向ける。そして、同じように2人を抱き寄せた。
「みんな、よく来たな!朝は沢山食べたか?」
「はい、おいしかったです!にいちゃんも、アーラもいっぱい食べました。あ、ぼくも…!」
マリウスはウエンさんを見上げて、ニゲルも見たことがないような真剣な顔つきでコクコクとうなずいた。マリウスはマリウスなりに、ウエンさんに感謝を伝えようとしているのだ。
「ははは。夜はここに泊まっていくといい。夜ご飯も美味しい物を用意しよう。布団もあたたかいぞ?」
「…あ、でも、夕方にはサフィラスが…」
ニゲルは小さくつぶやいた。サフィラスに迎えに来てと言っている。初めてくる家に対しての不安が大きかったからだ。もしもアーラ達が疲れてしまったり嫌な思いをしたらすぐに帰ろうと思ったのである。
「ヤツは夕方迎えにくるのか?」
ニゲルはうなずく。
「僕、迎えに来てって言ったから…」
「それなら丁度いい。サフィラスにも泊まってもらえ。私はみんなと何にも話をしていないんだぞ?時間をくれても良いはずだ」
「あははは。お父さん、3人ともどうしていいか困ってるよ!私もまだ色々はなしたいし、サフィラスさんが来たらお願いしようよ!」
「そうだな。じゃあ、3人ともまずは私の部屋に来ないか?面白いものも沢山あるぞ!」
そう言うと、そばにきたあの黒い犬の体を楽しそうにワシワシとなでる。犬もなんだか気持ちよさそうに目を細めている。
「あのさ、ウエン。まだ牛舎の掃除が…」
ところが、マーロンが申し訳なさそうに口をはさんだ。
「あ、僕たち手伝うんだった!」
すっかり忘れていた事を思い出したニゲルのちょっとした叫び声に、ウエンさんがやれやれと眉を下げる。
「なんだマーロン。みんなと遊んでたんだろ」
「ちがうよ、鶏舎をみんなで手伝ったんだ。だって、3人に説明しながらだと、ヴェシカも大変だろ?」
「牛舎にみんなでいくのか?まあ…今日は仕方ないな…私も手伝おう」
「やった!」
ラモが嬉しそうにガッツポーズをした。
どうやらウエンさんの事が好きだしすごくたよりにしているみたいだ。
「ほら、ならすぐ行くぞ!」
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