最後の魔導師

蓮生

文字の大きさ
10 / 93
1章 出会い

【魔導師】

しおりを挟む
 「?」

 どうしとはなんだろう?

 ニゲルは首をかしげる。

「…導師どうしとは、先生の事だよ。特に魔法に関するあらゆる学問に詳しい、魔法の全てを体得し、その世界に最も精通した人物の事を【魔導師まどうし】という」

「…まどうし……?もしかして魔法の先生なの!?」

 サフィラスは隣に座っているニゲルを、まるで見定めようとしているようだった。

 目を逸らさず真っ直ぐに、その緑と灰銀の石絵具を水に落として混ざり合わせたかのような瞳でもって、またたきもせずにみつめていた。

「……そうだ。まあ、かつては【大魔賢者だいまけんじゃ】と呼ぶ人もいたけれどね」

 「大魔賢者だいまけんじゃ!?聞いたことない!!ねぇねぇ、魔導師は魔法士とは違うの?…あ!もしかしたら魔法で狩りとかを教える先生!?」

「うーん。まあ、はずれとも言えない…、かな?わかりやすく言うと、とにかく魔導師と魔法士の大きな違いは、魔法士は、魔法を一部分しか知らないんだ」

「え…魔法士だと一部分しか知らないの?」

「いや、じつはその一部分を習得しゅうとくするだけで、すごく大変なんだ。ニゲルが考えるよりもずっとね」

「昔、お母さんに本で読んでもらった時は、魔法士しか出てこなかったよ…」

「それはそうさ、今や誰も知らないけど、この国は昔、当たり前のように沢山の魔法士がいたんだ」

「あれは、やっぱりおとぎ話じゃなかったんだ…」

「私を見ているニゲルは、魔法士はいる!と信じられるけど、今の多くの人は作り話だと思っているだろうね」

 話をしていて、はたとニゲルは疑問に思った。

 なぜ、魔法士は居なくなってしまったのだろう。
 素晴らしい技が使えるのに。

「魔法士は得意な部分だけをもっと上手く使えるように訓練して使っているかんじかな。不得意な部分は頑張ってもなかなか覚えられないからね。人には得意不得意があるだろう?剣が得意な人が剣士になるのと同じで、炎を操るのが得意な人は、炎の魔法士に、音を操るのが得意な人は、音の魔法士になるんだ」

「炎の魔法士…炎が出せるの?」

「出せるよ。様々な形で、温度も色々変えたりもする。燃やせないものがないくらい巨大な炎を出すこともできれば、小さなロウソクの火を灯したりもする」

「じゃあ、音の魔法士は?」

 サフィラスは昔を思い出すかのように、沢を見つめた。
「そうだな…耳が壊れるくらいの音を出したり、遠くの人と話をすることができたり、辺り一帯に音波おんぱを飛ばして、広範囲に攻撃もできる」

「…じゃあ、魔導師は?」

「魔導師は、さっきも言ったけど、火や水、風、光、音、鉱物、つまり自然界にある、ありとあらゆるものから発生させることが出来る魔法の、その全てを体得した者だ」

「…ぜんぶ!??」

「そう。全部だ。つまり、魔導師とは、魔法の成り立ちから、発生した魔法の力の行き着く先、その全てを知っていて、全てを使うこともできれば、新たな魔法を生み出し、自在にあやつることができる人」


 ニゲルはこの世界に、自分の知らないとんでもない世界があるのだと、驚愕に瞳を見開いていた。


「魔導師がそれをできるのは、魔法を生み出す元となるものや、魔法が起こる原理を知っているからだ。…だから、息を吸うように技を使う事ができる。もちろん、人に教えられるほど、全ての魔法を極めていると言う事だよ」

「…そんなにすごい人なの!?」
 
 ニゲルは、驚きと羨望せんぼうの眼差しでサフィラスを仰ぎ見た。

 サフィラスはクスクスと笑うと、誰にも秘密だよと言った。

「うん、誰にも言わない。約束する」

「妹や弟にも?」

「うん。本当はサフィラスのこと、話したかったけど、止める…」

「本当に?」

「だって、そんなすごい人なら、約束破ったらきっと居なくなっちゃうでしょ?」

 やや黙ってから、お兄さんはふっと笑った。
「あぁ、正解だ。よく分かったね」
「ちゃんと約束守るよ!そのかわり、サフィラスは先生なんでしょ?僕にも色々教えてよ!」

 ニゲルは、にじり寄ると、そのキリリとした顔を見上げた。
「先生!お願いします!がんばります!」

 サフィラスはその必死な姿にぷっと笑うと、目を細めて眩しそうに、ニゲルの自慢の金色ふわふわ毛を優しく撫でた。

「そうだなぁ……。お母さんには怒られそうだけど、わかったよ」

 ニゲルはついに喜びで立ち上がり、こぶしを上げてピョンピョンはねずにはいられなかった。
「やった!やった!じゃあ、50日居てくれる?」

 サフィラスはうなずいた。
「正確には今日を入れて後48日だ。初日はここに来るまでに迷ってしまってね、…今日は与えられた50日から3日目。…もう2日過ぎている」

「わかったよ。じゃあ、48日」

「…ところでニゲルは私から何を教わりたいんだい?」

 サフィラスは真剣な眼差しをニゲルに向けていた。

「僕は、妹達を食べさせていかないといけないから、とりあえず釣りや狩りとかをもっと上手くなりたいんだ」
「…なるほど。釣りに狩りだな。お安い御用だ。早速コツを教えてあげよう」
「まって!…まだある」

 ニゲルはもじもじと指いじりをしながら、真剣に考えるそぶりをした。

「えっと…その、サフィラスがウサギを捕まえるときに出してた短い矢みたいなやつ、あれも出せるようになりたい…」

「……。それよりも、弓はどうかな?狩りには弓があれば充分だしね。私は魔導師とはいえ、元々弓もかなり得意だよ」

 いたって真面目に、自信ありげにそう言った。

「え!弓ができるの!…あ、でも、弓もやりたいけど、やっぱり、その、もできるならやってみたい…サフィラスみたいに、魔法を使ってみたいんだ!だめ!?」

サフィラスはニゲルに見つめられて、渋い顔をした。
「…うーん。怪我をするかもしれないよ?」

「大丈夫…がまんする…」

「けど、厳しい修行をしないといけない。第一、みんながみんな修行すれば必ず出来るというわけではないんだ」

「でも、やってみないとわからないじゃないか!」

 そうして食いつくニゲルだったが、サフィラスは首を縦には振らなかった。

「それにね…例えばニゲルが運良く技を使える様になった時が来たとする。その時、そうしようと思わなくても、間違って誰かを酷く傷つけるかもしれない。そういう危険なものだ。それでもやりたい?」

「そんなに危ないの?」

「そうだよ。ウサギが死んじゃうくらいね。を操作するにはまずは自分の心と身体をきたえないといけないんだ。そうして力をコントロールするんだよ。もしも上手くできなかったりして間違って当たったら、もちろん人も死んでしまうよ」

 ニゲルは言葉を失った。

 死ぬ?
 間違って当たったら、死んじゃうの?


「弓なら、君の今の体じゃ、小さな動物を仕留めるのがせいぜいだろう。力もないしね。でも、アレはちがう。ニゲルのような小さき者でも、大きな熊、大男でも、仕留められるくらいになる。それも、一瞬で同時にね。…もちろん、死ぬくらい強い、凄まじい威力いりょくだ。はたからみれば、とても恐ろしいだろう。それでも、やるかい?」

「……」

 サフィラスは、じっとニゲルの表情をみている。ちょっとの動きも見逃さないような、強く鋭い目つきだ。

「…でも、サフィラスは、なんでそれを使えるようになったの?誰かから教えてもらったんでしょ?」

 サフィラスはその言葉に、思わずきょを突かれたかのように驚いた顔をした。


「そうだ。教えてもらった」

 ーーー私の導師に。

 サフィラスは遠い目をして、一言、そうつぶやいた。

「おんなじ事、言われたの?」

「そうだよ、言われた。もっと厳しくね」

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

こわがり先生とまっくら森の大運動会

蓮澄
絵本
こわいは、おもしろい。 こわい噂のたくさんあるまっくら森には誰も近づきません。 入ったら大人も子供も、みんな出てこられないからです。 そんなまっくら森のある町に、一人の新しい先生がやってきました。 その先生は、とっても怖がりだったのです。 絵本で見たいお話を書いてみました。私には絵はかけないので文字だけで失礼いたします。 楽しんでいただければ嬉しいです。 まんじゅうは怖いかもしれない。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

あだ名が242個ある男(実はこれ実話なんですよ25)

tomoharu
児童書・童話
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!数年後には大ヒット間違いなし!! 作品情報【伝説の物語(都道府県問題)】【伝説の話題(あだ名とコミュニケーションアプリ)】【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】【トモレオ突破椿】など ・【やりすぎヒーロー伝説&ドリームストーリー】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。 小さい頃から今まで主人公である【紘】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね! ・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。 頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください! 特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します! トランプ男と呼ばれている切札勝が、トランプゲームに例えて次々と問題を解決していく【トランプ男】シリーズも大人気! 人気者になるために、ウソばかりついて周りの人を誘導し、すべて自分のものにしようとするウソヒコをガチヒコが止める【嘘つきは、嘘治の始まり】というホラーサスペンスミステリー小説

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

9日間

柏木みのり
児童書・童話
 サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。  大事なのは最後まで諦めないこと——and take a chance! (also @ なろう)

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

処理中です...