チートな男装令嬢は婚約破棄されても気にしない

いちみやりょう

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18 憧れと恋

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『この間私、ベル様に話しかけられたのよ』
『えっ!? うそぉ、羨ましいわ』
『俺もこの間軍馬を手入れしているときに、“良い手入れがされている”って褒めてもらったんだぜ』
『この間、怪我した猫を治癒魔法で助けているのを見たわ』

訓練所で働く従業員の会話だ。
ベルガリュードはその怖い見た目とは裏腹にあちこちで良い噂が回っている。
ルーナストはそんな噂を聞くたびに、自分が褒められたように嬉しくなり、そしてそれと同時に何故だか胸がモヤモヤする感覚に目覚めた。

(あの人の役に立てる人間になるためには、一体どれほど頑張らなければいけないんだろう)

ルーナストは今まで、ただ楽しいから戦ってきた。
動けるようになる過程が楽しいから、体を鍛えてきた。

「私は、元帥閣下の右腕になりたい……」

訓練場の周りを教官が“よし!”と言うまで走り続けるという精神訓練の最中、ポツリと呟けば隣で走っていたショーンがギョッとした目でルーナストを見た。

「そんなこと言ってるルート、初めて見た」
「……私もこんな気持ちになったのは初めてだよ」
「へ~」
「でも、私の将来の夢はお姫様を守る騎士だった訳だし、その夢からはあながち離れていないよね」
「そうだね、“姫”かどうかはかなり重要なポイントだと思うけどね」
「分かってるよ。閣下は私よりもはるかに強い。現に今私は右腕になるどころか小指の先ほども役に立つことはできないからね」
「僕が言ってるのはそう言うことじゃないけど……。あ、ルートの“姫”が見に来てるよ」

そう言ってショーンが指さしたのは、訓練場の柵の向こうから笑顔で手を振っているリンローズだ。ルーナストはそれを確認して顔をしかめた。

「あれは私の姫じゃなく、モルガン殿下の姫でしょう」
「でもあの子が手を振ってるのは間違いなくルートでしょ? 殿下はもっと後ろの方で走ってるし……。振り返してあげたら?」
「いや……。まぁ、あの子のことは嫌いじゃないんだけど、また後で殿下に難癖つけられたら面倒だから」
「確かにそれはある。でも嫌いじゃないんだ? あの子のせいで婚約破棄されたのに」
「ショーンも知っての通り、もともと乗り気じゃなかったからね。今が楽しいから結果オーライ」

ルーナストはそんな会話の最中もちらりとベルガリュードを見た。
この訓練の担当教官はベルガリュードではなかったが、訓練場の角の方で訓練生を睨みつけるように監視しているのだ。

「やっぱ、かっこいい」
「かっこいいけど、あの顔は怖いよ」
「はぁ……。早く閣下の護衛ができるほどに強くなりたい」
「……まるで恋する乙女だね。まぁ、恋する乙女の努力の方向性とは違うみたいだけど」
「そっか。恋する乙女はこんな気持ちなのか。まだ恋をしたことがなかったから知らなかった。恋というのは憧れの軍人に対する気持ちと似たようなところがあるんだね」

ショーンはルーナストのその言葉に一瞬呆れたような顔をした後、曖昧に笑って返事を返してはくれなかった。

(どうして閣下を見るとこんなに落ち着かない気持ちになるんだろう)

ルーナストは不思議な気持ちだった。

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