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道視点:十希
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十希が、俺に会いたがっている。
義母さんから俺のスマホに、そんなメッセージが届いた。
他の家庭に引き取られた十希のことを思い出すことは、正直あの頃のことがフラッシュバックしてしまい苦痛で、義母さんからのメッセージの中に“十希”という名前を見つけたときには、くらりとめまいがした。もちろん、義母さんのメッセージには俺を気遣って、会うのは俺の自由なのだと書かれていた。
いつかは十希と話さなければいけないと思っていたけれど、それはもっと、俺たちが大人になって、加齢臭や抜け毛などを気にするくらいの年齢になってからだと、漠然とそう考えていた。
「会うのか?」
メッセージのことを先輩に話すと、俺を気遣うようにそっと聞かれた。
「迷ってる。俺、怖くて。十希と最後に会ったのは、俺のことを“汚い”って泣いてる時だったから」
その時のことを思い出すと、やっぱりいまだに体が震える。
それを抑えるように両腕を抱くと、先輩は自分を抱いた俺をまるっと包み込むように抱きしめてくれた。
「怖くて当然だ。それに道が汚いわけがない」
「本当かな。先輩は俺の言うことほとんど全肯定だから」
「本当に決まってるだろ。道の体も道から出たものも全部舐められるくらいきれいだ」
「それは……言い過ぎ」
恥ずかしくなって横を向く俺の頭を、まるで俺を寝かしつけようとしているかのように優しくトントンと叩いた。先輩の変態ちっくな発言は本気で言っているのか分からないけど、先輩なりに俺を和ませようとしてくれているのだろう。
「先輩、俺、十希と会うことにする」
十希が大好きだった父を、兄を、幼い頃は仲の良かった家族を、バラバラにさせたのは俺だ。
だから十希に会ったら何を言われるのかが怖くて本当はすごく不安だけど。でも、今の俺には先輩も、律葉も義母さんたちもついているから。
「俺も同席しようか。それで、嫌なことを言われたらすぐにお開きにして、俺は道を抱えて寮まで走るから」
いつも通り過保護な先輩のおかげで、俺はやっとホッとできた。
「ありがとう、先輩。でも大丈夫。俺、十希と1対1でちゃんと話してくるよ」
「……分かった。なら、せめて場所はこの寮の応接室だ。横の部屋で待機しておくから、何かあったら助けを呼んでくれ」
「うん。ありがとう」
先輩が俺に対して過保護に接してくれるので、俺は当日の朝も思ったよりも緊張しなかった。
待ち合わせ時間の10分前に応接室に向かうと、十希は先にきていて、中で待っていると言われた。さすがに、ここまでくると緊張して、ノブにかける手は少し震えた。
「大丈夫だ。道、何かあったら必ず助けに入るから……がんばれ」
「うん」
先輩の言葉で自分を奮い立たせて、ガチャリとノブを回した。
「っ、道!!」
「十希……」
応接室のソファから立ち上がって俺を見ている十希は、当然だけどあの頃とは違う。
双子だけど二卵性双生児の俺たちは、高校生になってもやっぱり似てはいなかった。
10メートルほど離れていても、ソファから立ち上がった十希が、俺よりもかなり身長が高いことが分かる。緊張した面持ちの十希は顔つきも、体つきも、あの頃の無邪気な印象はない。
「道……、会ってくれて、ありがとう。座って話そう」
「……うん」
促されるままに十希の向かいに座ると、十希も腰を下ろした。
「道、元気にしてる? 道を引き取ったのは、市原さんって方だったよね」
「うん。義母さんたちはとても良くしてくれてる。それに、元気にやってるよ」
「そっか」
頷いたきり、十希は無言になった。
静かな密室は気まずくて、手持ち無沙汰で、持参したペットボトルを開けて口の中を潤す。
「十希は?」
「え?」
「十希も元気にしてるの?」
「あ、ああ。俺を引き取ってくれた人も良い人で、不自由なく生活させてもらったし元気にしてるよ」
「そうなんだ」
幼い頃、十希とはどんな話をしていたっけと思い返してみても、一つも思い出せなくて、また、部屋の中には沈黙が続いた。でも多分、あの頃はカブト虫がどうだとか、アリンコの行列の話だとか、そんな子供らしい他愛もないことを話していたんだろう。まだ何も辛いことなんて知らなかった幸せな日々を思って寂しくなった。
「十希……、ごめんね」
「っ、何が」
「俺が家族をバラバラにしたから」
「っそんなの、道のせいだなんて思ってるわけない。あの頃も、今もそんなことを考えたことなんて一度だってない、あんな家……バラバラになって当たり前なんだから」
「……そっか」
十希の返事に、胸のつかえが一つ取れたような気持ちになった。
「うん……それに。謝らないといけないのは、俺の方だよ。今日だってそのために来たんだ。あの時はショックが大き過ぎて、自分が言った言葉が、もしかしたら道を勘違いさせてるかもなんて思いもしなかった……。今まで俺、自分のことばかり考えて、あの時のことは忘れようとしてた。でも最近、父親も兄も捕まったって聞いて、昔のことを思い出して、俺が“汚い”って言った時、表情が抜け落ちた道の顔を思い出した」
俺を見る十希の瞳が揺れていた。俺はただ黙って、十希の話の続きを待った。
「……、俺は道のことを“汚い”なんて、思ってない。息子にあんなことをする父親や、兄の顔をして俺たちに接する裏側で道にあんなことをする兄に言ったつもりだった……。もちろん、あの瞬間にすぐそう思ったわけじゃないけど、でも、後から考えても、道に対してなんて言ったつもりはなくて……それに、数分しか違わないとしても、俺は道の兄なのに、道が辛い思いをしていることに気が付かずに、ただ能天気に生きていた俺自身に、嫌悪した」
「十希」
あまりにも辛そうに話すから、思わず十希の名前を呼んだ。
十希は、わずかに微笑んで俺を見た。
「今更だって分かってるけど、ごめん。言い訳ばっかりになったけど、俺は、道を今でも弟として愛してるから、それだけは、分かって欲しい」
「分かった」
「道?」
「俺も、気恥ずかしいけど……十希のことをたった一人の兄として愛してるよ。だから、十希も俺を大切に思ってくれてるって知って嬉しい」
十希に会う前は、何を言われるのか、何を話せば良いのか分からずに、ただ怖かった。
だけど、それでもやっぱり十希と話してよかった。胸のつかえは取れて、腹を割って話し合うことができたんだから。
「道……、ごめん…、ごめん……」
「もう良いって。十希も、それから俺も、きっと悪くなかった。悪かったんだとしたら、生まれた家だけだよ。俺はこれから十希だけをたった1人の兄弟だって思うことにする」
「っ、道。ありがとう」
十希はそれから最初に見た時とは別人みたいに明るい顔をして帰っていった。
そして俺も、とても晴々とした気持ちだった。
義母さんから俺のスマホに、そんなメッセージが届いた。
他の家庭に引き取られた十希のことを思い出すことは、正直あの頃のことがフラッシュバックしてしまい苦痛で、義母さんからのメッセージの中に“十希”という名前を見つけたときには、くらりとめまいがした。もちろん、義母さんのメッセージには俺を気遣って、会うのは俺の自由なのだと書かれていた。
いつかは十希と話さなければいけないと思っていたけれど、それはもっと、俺たちが大人になって、加齢臭や抜け毛などを気にするくらいの年齢になってからだと、漠然とそう考えていた。
「会うのか?」
メッセージのことを先輩に話すと、俺を気遣うようにそっと聞かれた。
「迷ってる。俺、怖くて。十希と最後に会ったのは、俺のことを“汚い”って泣いてる時だったから」
その時のことを思い出すと、やっぱりいまだに体が震える。
それを抑えるように両腕を抱くと、先輩は自分を抱いた俺をまるっと包み込むように抱きしめてくれた。
「怖くて当然だ。それに道が汚いわけがない」
「本当かな。先輩は俺の言うことほとんど全肯定だから」
「本当に決まってるだろ。道の体も道から出たものも全部舐められるくらいきれいだ」
「それは……言い過ぎ」
恥ずかしくなって横を向く俺の頭を、まるで俺を寝かしつけようとしているかのように優しくトントンと叩いた。先輩の変態ちっくな発言は本気で言っているのか分からないけど、先輩なりに俺を和ませようとしてくれているのだろう。
「先輩、俺、十希と会うことにする」
十希が大好きだった父を、兄を、幼い頃は仲の良かった家族を、バラバラにさせたのは俺だ。
だから十希に会ったら何を言われるのかが怖くて本当はすごく不安だけど。でも、今の俺には先輩も、律葉も義母さんたちもついているから。
「俺も同席しようか。それで、嫌なことを言われたらすぐにお開きにして、俺は道を抱えて寮まで走るから」
いつも通り過保護な先輩のおかげで、俺はやっとホッとできた。
「ありがとう、先輩。でも大丈夫。俺、十希と1対1でちゃんと話してくるよ」
「……分かった。なら、せめて場所はこの寮の応接室だ。横の部屋で待機しておくから、何かあったら助けを呼んでくれ」
「うん。ありがとう」
先輩が俺に対して過保護に接してくれるので、俺は当日の朝も思ったよりも緊張しなかった。
待ち合わせ時間の10分前に応接室に向かうと、十希は先にきていて、中で待っていると言われた。さすがに、ここまでくると緊張して、ノブにかける手は少し震えた。
「大丈夫だ。道、何かあったら必ず助けに入るから……がんばれ」
「うん」
先輩の言葉で自分を奮い立たせて、ガチャリとノブを回した。
「っ、道!!」
「十希……」
応接室のソファから立ち上がって俺を見ている十希は、当然だけどあの頃とは違う。
双子だけど二卵性双生児の俺たちは、高校生になってもやっぱり似てはいなかった。
10メートルほど離れていても、ソファから立ち上がった十希が、俺よりもかなり身長が高いことが分かる。緊張した面持ちの十希は顔つきも、体つきも、あの頃の無邪気な印象はない。
「道……、会ってくれて、ありがとう。座って話そう」
「……うん」
促されるままに十希の向かいに座ると、十希も腰を下ろした。
「道、元気にしてる? 道を引き取ったのは、市原さんって方だったよね」
「うん。義母さんたちはとても良くしてくれてる。それに、元気にやってるよ」
「そっか」
頷いたきり、十希は無言になった。
静かな密室は気まずくて、手持ち無沙汰で、持参したペットボトルを開けて口の中を潤す。
「十希は?」
「え?」
「十希も元気にしてるの?」
「あ、ああ。俺を引き取ってくれた人も良い人で、不自由なく生活させてもらったし元気にしてるよ」
「そうなんだ」
幼い頃、十希とはどんな話をしていたっけと思い返してみても、一つも思い出せなくて、また、部屋の中には沈黙が続いた。でも多分、あの頃はカブト虫がどうだとか、アリンコの行列の話だとか、そんな子供らしい他愛もないことを話していたんだろう。まだ何も辛いことなんて知らなかった幸せな日々を思って寂しくなった。
「十希……、ごめんね」
「っ、何が」
「俺が家族をバラバラにしたから」
「っそんなの、道のせいだなんて思ってるわけない。あの頃も、今もそんなことを考えたことなんて一度だってない、あんな家……バラバラになって当たり前なんだから」
「……そっか」
十希の返事に、胸のつかえが一つ取れたような気持ちになった。
「うん……それに。謝らないといけないのは、俺の方だよ。今日だってそのために来たんだ。あの時はショックが大き過ぎて、自分が言った言葉が、もしかしたら道を勘違いさせてるかもなんて思いもしなかった……。今まで俺、自分のことばかり考えて、あの時のことは忘れようとしてた。でも最近、父親も兄も捕まったって聞いて、昔のことを思い出して、俺が“汚い”って言った時、表情が抜け落ちた道の顔を思い出した」
俺を見る十希の瞳が揺れていた。俺はただ黙って、十希の話の続きを待った。
「……、俺は道のことを“汚い”なんて、思ってない。息子にあんなことをする父親や、兄の顔をして俺たちに接する裏側で道にあんなことをする兄に言ったつもりだった……。もちろん、あの瞬間にすぐそう思ったわけじゃないけど、でも、後から考えても、道に対してなんて言ったつもりはなくて……それに、数分しか違わないとしても、俺は道の兄なのに、道が辛い思いをしていることに気が付かずに、ただ能天気に生きていた俺自身に、嫌悪した」
「十希」
あまりにも辛そうに話すから、思わず十希の名前を呼んだ。
十希は、わずかに微笑んで俺を見た。
「今更だって分かってるけど、ごめん。言い訳ばっかりになったけど、俺は、道を今でも弟として愛してるから、それだけは、分かって欲しい」
「分かった」
「道?」
「俺も、気恥ずかしいけど……十希のことをたった一人の兄として愛してるよ。だから、十希も俺を大切に思ってくれてるって知って嬉しい」
十希に会う前は、何を言われるのか、何を話せば良いのか分からずに、ただ怖かった。
だけど、それでもやっぱり十希と話してよかった。胸のつかえは取れて、腹を割って話し合うことができたんだから。
「道……、ごめん…、ごめん……」
「もう良いって。十希も、それから俺も、きっと悪くなかった。悪かったんだとしたら、生まれた家だけだよ。俺はこれから十希だけをたった1人の兄弟だって思うことにする」
「っ、道。ありがとう」
十希はそれから最初に見た時とは別人みたいに明るい顔をして帰っていった。
そして俺も、とても晴々とした気持ちだった。
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mlh様
コメントありがとうございます!
最後まで読んでいただけて嬉しいです。
その上、他の話まで…。本当に嬉しいです。
番外編は何も考えていないのですが、十希のことをすっかり忘れていました笑
すみません!
その辺りは近いうちに書きたいと思います🙇♂️