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【2】黒鬼とは。

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「……しゃべれるな」
うん、しゃべれる。生まれて暫く立って、身体が動かせるようになれば、普通にしゃべれた。声は小学生くらいの甲高い男の子の声だ。性別は前世と同じ男らしい。ふぅ。

「あー、あ――――……」
声を出してみるが、あまり出さないほうがいいのは分かる。黒鬼の言葉は言霊だ。

時には聞くものすべての心を、身体を本人の意図せぬところで奪う恐ろしい力。
それを俺は、知ってる。

しかし、それを黒鬼は当然のことだと告げてくる。

鬼は黒鬼に従い、その心も身体も黒鬼に捧げるものなのだと。だからこそ、言霊は些細なもの。矮小なものどもの感情などどうでもよいと。

そして人間も、黒鬼の言霊には逆らえない。
もしも不敬な人間がいれば、それを言霊で征するのは当たり前だと告げてくる。
ドンッだけ、ドライなの黒鬼さんよぉ~~。いや、俺が当代の黒鬼なのだけども。

だからこそ、黒鬼は人間にも恐れられる。鬼の元に黒鬼が誕生したことは、恐らく人間の元にも届いているだろう。

きっと人間は、その知らせに恐怖しているはず……。

そして強い退鬼師たいきしの誕生ををこいねがう。ん、退鬼師ね。鬼を退治しようとする、退治できる力を持つ人間。まぁ黒鬼にとってはたいした存在じゃぁない。

人間たちが退鬼師を使い、鬼の領土を犯そうとしたときは、代々力を持つ鬼が追い払っていたし、黒鬼がいる時代……不在のことは次代が生まれるまでのほんの数ヶ月程度だからほぼいるが、軽く追い払ってきた。

黒鬼なら手を軽く動かすだけでいける。
何なら言霊で捩じ伏せる。この黒鬼の言霊に抗った退鬼師など、指を折って数えるほどしかいない。

それにそのほとんどは、黒鬼の本来の力の前では何もできずに塵になってゆ……

いやコワイコワイ!黒鬼コ~ワ~イ~ッ!
んもぅっ!俺は平和主義なんだかんねっ!自分自身にそう訴えかけつつも……。

そういや、俺の生まれる数ヶ月前には、別の先代の黒鬼がいたんだものな。それも、知ってる。

俺はその先代黒鬼本鬼ほんにんではないが、代々の黒鬼が踏襲してきた考え方や知識ならこの魂に根付いている。

「……屋敷の中を探索でもするか」
このままずっと自問自答してても仕方がない。
そこはどでかい布団の上だった。こんな皇帝サイズの布団は初めて見た。

部屋は畳。しかも皇帝サイズの布団何十枚敷けるんだと言うほどの広さ。畳が延々と続き、左手にはずらりと続く障子しょうじ、反対側にはずらりと続くふすま

俺以外にひと……いや鬼もいない。ガランとした和室には俺以外には誰もいない。

何だか、寂しいな。これは多分前世日本人の感覚。しかし鬼の本能は俺は黒鬼なのだから当然のことだと告げてくる。

そしてこの屋敷は黒鬼のための屋敷。望めばものも食べ物も生贄でも何でも捧げられるが、天下の黒鬼さまの屋敷に呼ばれもしないのにあがるような不敬な鬼はいないと分かった。

さらに掃除も自動的にきれいになる不思議。まぁファンタジーの世界だし、黒鬼のための特別な屋敷はそうだと決まっているのだから仕方がない。

そしてここに住む鬼も……いない。みな黒鬼に恐れをなして動けなくなってしまうのだ。特に生まれたばかりのころは、身体を動かせるようにはなれど、感情を表すだけでも威圧となる。

――――――運命の、たったひとりの花嫁以外は。

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