43 / 45
番外編
海のしるべ。
しおりを挟む神に祈ろうとも、
神に願おうとも、
神を怨めども、
神は答えることはない。
聖地は言う。
聖者として目覚めたあなたを迎え招いたのだと。
それは違う。
私は故国から拐われた。
ある日突然、溢れ出した聖なる治癒の力に、聖者だと判明した。そして連れ去られた。
お父さま、お母さま、お兄さま。みなにお別れも言えぬまま。聖地は覆いなる力を用い、私を影と引き剥がした。
私はひとりで聖地と言う異郷の地に囚われた。
両親にも、兄にも、2度と会うことはない。聖地に故国の聖者が聖地にいる限り、故国の王族は聖地に入れない。入れるのは、神子が召喚されて迎えに来る時のみ。しかしその時ですらも、故国とは別の国に出され、会うことはかなわない。
そして故国から拐われた聖者は、2度と故国の土を踏めない。
聖者を聖地が逃がさないための、愚行。蛮行。
何のために聖者を聖地に閉じ込める。神子を閉じ込めることができないから、代わりに聖者がと言うのか。聖者は……神子の生贄なのか。
故国の青い海の色。
王族の色を持たぬ、私でも。
故国の魂の証。大海原の中でも輝く生命を表す赤い瞳。
その赤い目は魔物の目。故国の神子が召喚された時のため、サマーァと言う国に閉じ込めるため。
その赤い瞳をくり貫かれた。血の涙を流してもなお、聖者の力はその血を塞いだ。
――――――私は目を失い、故国の証を失った。
どうして……どうしてこんな目に遭わなくてはいけないのか。神子と言う特別な存在のために捧げられる、生贄だから。
世界は残酷だ。
ただ聖者と言う役割を押し付けられただけなのに。
こんな世界など滅びてしまえばと何度思えども、瞼の裏に浮かぶ海の色が思い止まらさせる。
ならばせめて、あの海に還りたい。
けれどそれは決して誰にも届かず遮られる。神の声も聴こえない。誰の声も聴こえない。何も見えない。
使えなくなった私は、聖地が必要としなくなった私は、折り重なるように積み重ねられた聖者たちの骸の上にうち捨てられるだけ。
――――――もう2度と……バハルの海には戻れない。バハルへ帰るための光を……私は失ってしまったから。
ただ神子の召喚を告げる神の声は聴こえども、
聖者たちの嘆きに答えてはくれない。
神子の持つ神器の青い輝きが灯された時。
もう2度と見えない思っていた、
バハルの海の色を運んだ。
そして頬にたれたのは、流れないはずの冷たい感触だった。
※※※
どのくらいの時が経っただろうか。
もう聴こえないはずだと思っていた。けれどごうごうと響いてくる聖者たちの嘆きが、静かになる。
鼻腔をかすめるのは、懐かしい汐の匂い。もう2度とそこにはいけないはずなのに。けれど導かれるように汐の匂いは濃くなって……。
触れてしまえばもう元には戻れない。けれど……。
また聖地は、私たちから海を奪おうとしていた。
どんなに悲しんでも、神子は怨むまい。
神子は神に呼ばれ、おのが世界から引き剥がされる。
それでもなお、神子がいなければこの世界は滅びの道を行くだろう。
神器の海の色が、バハルの海を潤す。
私は2度と祖国の地を踏めずとも、
異界から運ばれ、神器の海の色と共に、バハルの海を守るために、この地を旅立った神子。
それを見送ることしかできない。
――――――それでも、神子が私の海を守ってくれるのなら。
私は願う。神子の安寧を。
そして神子が役目を終えたことを、神器の色が告げてもなお。
再び役目を背負ってくるであろう、神子への祈りを。けれど……。神子の役目が巡るなら、聖者の悲劇もまた、繰り返される。
私たちは……目覚めゆくことを止められない。だからこそ運ばれてきた警鐘は、神のものでもなく、神子のものでもない。
はるか昔に多くのものたちが失ってしまったもの。忘れてしまったもの。どうして精霊たちに追い出されてしまったのか。それ以上のものを、映したから。
――――――それを何と呼んだだろうか。
分からない。もう、忘れてしまった。
それでも……
来てくれた。
懐かしい、深い海の色。見えないけれど、連れてきてくれた。2度と会えないのだと思っていた。
そして私たちの一番末の聖者。
やっと、守ることができたから……。だからまだ、私たちは聖地に囚われ還れなくとも……。
あなたがこちらに来ないことが、私たちの救いになる。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
88
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる