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番外編

バハルの聖者。③

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「そんな傷、焼いとけば塞がる」
にっこりと告げたリュヤーさんの手元に浮かぶ魔法の赤。
その光と共に腕を落とされた男が断末魔のように絶叫する。

「やはり……あ、くまの目……っ」
脅えながら告げる男に、
「お前らがやろうとしたことよりはましだろう?」
リュヤーさんが吐き捨てる。

そうだね……。海風に乗って運ばれてくる波のように何重にも積み上げられた……嘆きよりは。

聖地の男たちが連行されていく中、アルダ王がぼくのもとにやって来て膝をつく。

「さて、急なことだが君は、私のつまになった。まだ理解はできぬと思うが、これは君を守るために仕方がなかったことだ」

「ですけどアンタ。子どもに手を出したらただじゃおきませんよ」
その時、アルダ王の正夫せいさい が告げる。
「そうよ!頬が腫れるまでビンタの刑よ!」
「ゼフラまで何を……っ」
アルダ王の声を無視し、キレイな男の……ゼフラさまがむぎゅったぼくを抱き締めた。

「とにかく、今晩は島に泊まりますが……ハーレム会議ですから」
「うぐっ」
何だか正夫せいさい さんからただならぬ空気を感じた……。

「それにしても、聖者の魔法。たまたま使っちゃったって聞いたけど、しっかりと操れてるのが不思議ね」
ゼフラさまの言葉にアルダ王が頷く。
「確かに……」

「あの時は……でも今は……教えてもらった」
『誰に?』
2人の顔がきょとんとしていて、父さんと、母さんも……?

「だから……」
再び口を開こうとした時だった。
「今はいい、ただ休みな」
頭にぽふりと乗った手は、誰のものかは分かっていた。
それと同時に安堵する溜め息が聴こえ、ぼくの意識は海の凪のようにすうっと吸い込まれていった……。

※※※


「だけど……戻って来られなかった……」

「今は……」

「まだ、完全には戻れない……まだあそこに……聖地に囚われているの……」

「行っちゃうの……?」

「いつか……いつか還れる、それだけを祈って……願って……それでも神は、答えてはくれない」

頬を一筋の涙が伝った。

「セゼン、ここにいた」
島を離れてやって来たのは、アルダ王の宮殿と言うところ。

ぼくはそこで暮らし始めた。
母さんと父さんは島での仕事があるから、週末に会いに来ることしかできないけど……それでも一番上の兄さんと、一緒だから。まだ、寂しくない。

ユルキさまの息子のシャロンは弟みたいでかわいい。ぼくは末っ子だったから、弟ができたみたいで嬉しい。
みんなが忙しい時はシャロンや、それからリーシェとも遊んでる。リーシェは生まれたばかりでちっちゃいから、遊んであげてるといっても、母さんの真似をして歌ったりするくらい。
あれ……でもリーシェは生まれたばかりなのに……島にまで一緒に乗り込んできたリュヤーさん……バイタリティーありすぎないかな……。

だけど、何だかんだで、ぼくは恵まれて過ごせてる……んだと思う。

でも……寂しくなる。

そして、その寂しさと別れと共にやって来たのは。

「リュヤー、さん……さま?」
「さまはいいよ。『さん』で充分」
「……うん」
こくんと頷くと、また頭をぽふんとされる。

「還っちゃう」
「いつか、還れるよ。きっとね……」
「サブルムのこたちと、一緒?」
この宮殿には、隣国から嫁いできた妃がいる。その妃たちは、隣国の王の妃。必要なものをもらうために、この国に身を売るしかなかった。

「……そうだね」
リュヤーさんがどこか寂しそうに頷いた。

「寂しがらないで。あの方たちも、望まない。一度繋がってしまえば、それはもう元には戻せない。けれど……同じ思いはさせられない。それが……願いだったから」
2度とこの地に、還って来られなかったから。

せめてぼくだけはと、望んでくれた優しいひとたち。

そしてその願いを叶えたのはアルダ王だ。

「今度マヒナから神子さまが来る」
「……神子、さま」
そろそろ次の代の神子が召喚されると言う噂と期待が流れる中、今現在ただひとり生存する、神子さま。

「セゼンに神子のこと、聖者のことを教えに来てくれるんだよ」
「……ぼくに?」

「そうだね、それが本来のこの世界の、あり方だ」
「……リュヤーさんは、何を知ってるの……?」

たまにこのひとは、ひとと違う世界を見ているような気がしてしまう。

「ただ、何も。でもきっと、セゼンは同じかな。山と海、離れていようとも、その祖は同じ」
赤い瞳を持つ……
精霊の加護を持たなかったもの。
精霊たちが畏れたもの。
それは……精霊とは違うものを映したから。

「ぼくは、不気味?」
たまに何もないところに向かってしゃべっていると噂されてるのは知ってる。聖者だけど、不気味な子。

「そう言う噂流すやからは後でシメるけど」
今さらっと恐いこた言わなかったか、このひと。

「セゼンはまだまだかわいい子どもだよ」
ぽふぽふと頭を撫でる手は大きくて、温かい。

「でもアルダに嫌らしい視線送られたら言うんだよ~~。シメるから」
また、しれっと恐いこと言ったな……。王さま相手に。まぁ、ぼくはアルダ王に側室の一員と迎えられた。理解は……たくさん話して、しているつもり。ぼくから故国を奪わないために。家族と会えるように。そのために聖地から守ってくれたのだ。

「でも……その、それは、ないよ。あの……あのひとは……王さまは……あのね」
リュヤーさんの耳元に口を持っていく。何となくほかのひとに聞かれたら困るかなと思って。

「(お父さんみたいなの)」
こちらでのお母さんがゼフラさまとユルキさまなら、アルダ王はもうひとりの、宮殿でのお父さんのようだ。

「ぶはっ!はははっ!それ、それは……うん、それはそれでいいかもねぇ」
リュヤーさんが大爆笑する中。『セゼン?』とぼくの名前を呼ぶ声に振り向けば。

「兄さん」
「こら、何こんなところで爆笑してんですか。サボってんじゃないですよ、ぐーたら上司」

「ひどいな。別にサボってないよ。行くから行くから」
そう言うとリュヤーさんは笑いを抑えながらも、ぼくと兄さんに手を振って…、またお仕事へと向かって行った。



――――――そして、また。

時が過ぎ。神子が召喚されたとの知らせを……運んできた。

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