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第2章 砂の国・サブルム

神子の意思。

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ゼフラさまがサブルムの側室たちから聞いた話を伝えてくれた。
その内容はあまりにも、横暴で、許せなくて、しかし、俺が今までの人生で決してかなわなかったものだ。

「バハルの神子は、実の兄で、自分の言うことは何でも聞いてくれる」
そう、だな。地球ではそうせざるを得ない関係だった。そうしないと、生きていけなかったから。

この世界に来ても、俺はミクモの都合のいい道具なのか。

ミクモが都合良く動くための奴隷のような存在なのか。

そう思うと、悔しい。
地球にいたころはそんな感情も徐々になくなっていって、何も考えないように、ミクモの機嫌を損ねないように、ただ空気のように存在していた。

でもこの世界に来て、優しさに触れて、温もりを与えられて、だんだんと凍り付いていたものが温かさを取り戻してきたのだ。

俺は、また、感情のある人間に戻れたのか。
ぐっと、拳を握れば、ゼフラさまがその上に手を重ねて、そして続けてくれる。

「この要求を呑まなければ、バハルは今後一切の支援を打ち切り、今まで支援した分を一括で要求すると。自分が頼めば、兄は必ずそのようにバハル王に取りなしてくれる、ですって」
その勝手すぎる言葉に、思わず呆然としてしまった。

「何を勝手な話をっ」
そして声をあげたのは、アルダ王だった。
アルダ王の声が、いつもより低い。怒ってるっ。

「我が国の支援に関しては、我が国が決めること。他国の神子にそのようなことを勝手に決められるゆわれはない」
アルダ王は、揺るがぬその海のようなその瞳で告げる。

「神子は確かにこの世界で大切にされるべき存在で、正夫の地位につくことが決まっている。だが、他国の政治に介入していいわけではない。そしてそれは王の正夫としても認められない行為。むしろ、神子自身も王室の一員となる以上、そのようなことは禁じられている。そして支援については無償のものも多くある。それを今さらサブルムに払わさせる?支援については、国同士の条約を結んでいる。そんなのは国際条約違反だぞ」
「えぇ。それに、サブルムとバハルの2国間で結んだ条約について、サマーァが横やりを入れる権利などありませんね」
ユルキさまもアルダ王の言葉に続く。

「それに、ユラを何だと思っているのだ。ユラにはユラの意思がある。例え兄弟であろうがなかろうが、どうしたいかはユラの決めること。そして私は夫として、ユラの意思を尊重し、最大限叶えるぞ」
「あ、アルダっ」
そんなことを言ってくれるのは、この世界の、いや、このバハルの、ハーレムのみんな、宮殿のひとたちだけだ。セナも、セナについて俺の世話を担当してくれる人たちも、俺の意思を尊重してくれる。

他の側室のゼフラさまたちも、俺のやりたいこと、食べたいもの、聞きたいことに、応えてくれる。

今まで、こんな優しい世界はなかった。

「久々に、そう呼んでくれたな、ユラ」
そして、気が付けばアルダがにこりと微笑んでいた。

「あ、あの、すみません」

「謝るな。むしろそれでいい」
「は、ぃ、アルダ」
何だか、そう呼ぶべきだと感じたのだ。

「うむ。そしてユラはどうしたい?」
「あの、俺が意見を、サマーァの神子の意思に反することを望んでも、バハルは、サブルムも大丈夫なんですよね」

「あぁ、もちろんだ。我らバハルの王家は荒くれ者どもの跋扈する海賊を纏めあげた大海賊。おかに上がったからといってその勢いも力も衰えん。むしろ守るものが増えてますます強くなった。国も、兄弟のサブルムも守れるくらいにな」
バハル王室も、海賊の子孫!?しかも大海賊って、すごそう。
でも何だか、アルダには海が似合うから、分かるかも。

「俺は、今までずっと、この平凡な容姿と、学力と、運動能力でずっとミクモの下に見られてきました。親も、周囲も、同級生も、みんなミクモがイエスと言えばイエスと答えました。容姿も整い、優秀な頭脳と身体能力を持つ、カリスマ性溢れるミクモ。そんなミクモの言葉に扇動された親や周囲の人々によって俺はいわれのない中傷や、虐めや、暴力を受けました。だから俺には誰もいませんでした。味方も、友だちも。いつもミクモに脅え、周囲に脅え、逆らわないように、息を殺して、心を殺して、……生きていました。心は死んでいたも同然かもしれません」
「ユラちゃんっ」
声が、震える。涙がこぼれ落ちそうだった。ゼフラさまが優しく抱きしめてくれて、続きを口に出すことができた。

「でも、ここにはみなさんがいるから。ひとりじゃないって思えたから」
ミクモの言動に怒り、ノーと言ってくれた人は今までにもいた。けれどすぐにいなくなり、結局はミクモの側についた。
なんらかの弱みを握られ、脅されたのだろう。

でも、この人たちはきっと、そんなものには屈しない。そんな気がしたんだ。

「俺は、ミクモのいいなりになる気はありません。サブルムへの不当な要求は許せない」
アセナさんの、涙を見たからだろうか。

みんな必死で、生きてきたんだ。
国のため、他国のハーレムに嫁いでまで。
生きていくために。国民が食べていくために。

「アルダ。いえ、アルダ王。どうかサブルムに対して必要な支援と、今後の商談をお願いします」
「……呼び捨てはもう終わりか。しかし、この場ではそれが相応しい。任せよ、我らがバハルの神子よ。サブルム王には私から話し、誤解を解こう。そして、これからのバハルとサブルムについても、双方に良き関係を築いて行けるよう、とりはからう」

「はい!」
俺を迎えてくれた王が、旦那さまがアルダで、本当に良かった。
俺は初めてこの世界に召喚した神に、感謝した。
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