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第1章 海の国・バハル

【Side:アルダ】月夜の晩餐。

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「今夜は美しい満月ですね、我が王」

 夜空を眺めながら、宮殿の一角で酒を嗜んでいたアルダの元に、すぅっと闇から現れたのは、アルダの側室のひとり、トゥーリであった。

「何だ、口説いているのか?トゥーリ」
 王は妖艶に微笑む。――――――が、

「……はぁ?」
 トゥーリが滅多に動かさない表情筋を無意識に歪める。

「露骨に嫌そうな顔をするな。傷付くぞ」

「今日はコテンパンでしたね」
 トゥーリは表情筋を元に戻し、王の正面の席に腰掛ける。

「分かっているなら、慰めたらどうだ。お前も私のつまだろう」
 そう告げ、アルダが余っていた盃に酒をぎ、トゥーリに差し出せばトゥーリもそれを受け取り口をつける。

「政略的な理由で、部族の存亡を賭けて義務としてつまとなっただけなので」

「はっきり言うな、お前は」

「ですが、事実では?」

「確かに、そうだが」

「俺もリュヤーさまも、部族のために嫁ぎました。リュヤーさまは側室の座になど興味ないし、正夫せいさい の座なんてもってのほか。セゼンを側室に迎えて保護するためにユルキさまとゼフラさまとじゃんけんで正夫せいさい を決めるほど。そして自らが正夫せいさい とならずとも、自身の部族を黙らせる実力を持っています」

「そうだな。でなければ、もともと戦闘部族だとはいえ軍で元帥などやってはいないだろう。だがそれはトゥーリもだろう?」

「まぁ、そうですね。一族の中で一番実力があるのは俺です。だから一族は、兄弟は俺があなたに選ばれたことを怨むことはあれど、部族として俺に正夫せいさい 座をと迫ることもない。まぁ、部族の目論見をねじ伏せてもいいのだと知ったのはリュヤーさまを見ていて……ですが。それまでは、いくら部族一の実力でも部族の掟は絶対でした。一生あの中の柵に囚われながら、それでも俺は部族のためにあなたに嫁がざるを得なかった」

「お前にも窮屈な思いをさせたか」
「いいえ。むしろ、俺は自由になりましたよ。リュヤーさまに出会って、強いのだから実力で部族を黙らせていいと学びましたから」
「お前は何てものを学んでるんだ、リュヤーに」

「けど、そのお陰で……あの神子に対する部族の一部から上がった偏見は押さえつけることができます」
「……ほう?それはバハルのものが何よりも忌避してきたことだというに。何を言ってきた」

「我らは影に潜む部族。新たにバハルの神子となったものの情報は一番に掴みます。直接手は出しませんでしたが。ーー神子にふさわしい容姿ではないと、異なことを」
「全く失礼なことだな。だが手を出さなかったことは褒めてやる。手を出したらお前とリュヤーに叩かれる。むしろリュヤーの部族が優位に立つだろうしな」

「えぇ。そうなれば俺を嫁がせた意味がなくなる。バハルの太陽と月。双璧は対等であればこそ」

「そうさな」

「まぁ、リュヤーさまが正夫せいさい になっていたらその均衡は崩れたでしょうが」
「無事にユルキがなったのだから、問題はない。そして現在の正夫せいさい はユラであり、あのこが間違いなく、バハルの神子だよ」

「その通り。少しつつけばいつ壊れてもおかしくないようなこです。文句を言ってきたものたちは神子には近づけません。あれらは部族内で冷遇されることになりますが、バハルに益もたらす神子を侮辱したのですから……その恩恵を受けることすらおこがましい」
「ふん、当然だ」

「あぁ、言っときますが、大切に扱うのは神子です。まずはあの神子が壊れぬよう、今まで以上に警護を固くします。現に最初の元侍従たちがやらかしたわけですから。
セナには睨まれますが、それも神子を守るためです。王は二の次なのでよろしくお願いします」
「ははは、そうだな。あゆつには申し訳ないが、ユラに関しては二重、三重に警備を回す。あのこはそれを知ったら遠慮するだろう?だから気づかれぬようにな。……まぁ、ユラ警護体制についてはそれでよいが……私に対して冷たすぎないか、おまえ
「そうですか?ゼフラさまは愛に溢れているではないですか」

「いや、確かにそうだが、あれはどちらかと言えば母性ではないのか」

「えぇ、まぁそうですね。俺は親からの愛情なんてないようなものでしたから。いくら実力のある部族であっても、強すぎる力をもてばその中でも化け物としか見られない。俺の力に脅えた母の顔を見て、俺はそこら辺のものを諦めました。でも、今があるのはゼフラさまのお陰です」
「だろうなぁ」

「あと、ユルキさまも」
「あれはどちらかと言えば恐夫きょうさい、ではないか」
「お似合いでしたよ。あ、でも側室になったとはいえ、神子は危なっかしい。恐夫きょうさいモードは継続だと思います」

「うぐっ!!お前たちは本当に、少しは私に優しくしようと思わないのか」

「ですが、この間お父さんの日に、セゼンからプレゼントをもらったのではないのですか?うちの子たちと一緒に絵を描いたと」
「いや、セゼンはまだ子どもとは言え、つまからお父さんの日にプレゼントをもらって、複雑な気分になったぞ」

「え?それは王はまだ子どものセゼンを性的な目で見ていると言うことですか?」

「それはないと説明しただろうっ!?しれっと暗器を構えるな」
「冗談ですよ」
 トゥーリはわざと月の光に反射させたそれを隠した。
「お前の場合、目が笑ってないのがどうかと思う」

「口元だけでしたら、やろうと思えば」
「それはそれで子どもが泣くぞ」
「ゼフラさまは褒めてくださいましたよ。上手になったと」
「……そうか。ゼフラはひとを褒めるのがうまいからな」

「そうですね。だから、ゼフラさまに任せれば、神子も大丈夫だと思います」
「できれば、私もユラを愛でたいのだが」

「見事に空回りしていなさる」

「そうだな。うん、何故だろうな。何故ゼフラにばかり懐くんだろうな」
「ゼフラさまは別格です。ゼフラさま以上になろうだなんて、おこがましいですよ。無理です。恥を知れ」

「酷くないかさすがにいぃぃっ!!もういいっ!完膚なきまでに叩きのめそうとするな!まぁ、ゼフラにはかなわないと諦めるにして」
「ユルキさまにもでしょう?」

「まぁ、そう言うことにしよう、今だけだがなっ!」
「諦めが悪いですね」

「当然だ。ここを踏ん張らないでどうする」

「本気、なのですか。神子はあなたの言葉を全く理解していないと言うか誤解していると思いますが」
「誤解とはなんだ、誤解って」

「他人の感情を読むのは、特技なので」
「まぁ、お前たちの十八番だからな。だが、私はユラを愛しているぞ」

「多分、それすらもあなたが王で、自身が神子で、それ故に正夫せいさい になったことへの義務だと思っていらっしゃるのでしょう」
「義務だと思ったことなど、ないと言うのに。私はユラをひと目見た瞬間恋に落ちたぞ」

「全く伝わっていないですがね」
「だから、お前たちはもう少し私に優しくできないのか」

「でも、本来の後宮なんてこんなものです。ギスギスした、受け男子の戦いのその。凌ぎを削りあい、美や芸を競いあい、時には他の側室を破滅に導くことだってある」

「確かにな」

「サマーァの王太子の正夫せいさい になった神子は、王太子のハーレムから、元正夫を含めた側室全員を追い出したそうですし」
「そのようだな。まぁ、その分他の王子に嫁がせたりとあの国も慌ただしくなっている」

「本来ならば、神子は正夫せいさい になればそこまでも権力を持つ存在です」
「だが、ユラはそのようなことをするたちではないし、お前たちもこの世界のことをまだあまり知らないユラのことをく支えてくれると思っている」

「そんなハーレムも稀ですよ。神子は神子だからこそ、特別扱いを受けます。どんなに嫉妬を受けようとも。そして王は神子に危害を加える側室を追い出すこともできます」
「それは事実だが、国内外の勢力バランスの問題もある。おいそれとそんなことはできないだろう。それに……過去の神子たちの中には元正夫せいさい やハーレムが存在する意味を駆け違えているものがいるようだしな」

「あの神子なら、サマーァのような間違いをおかすことはないでしょう。しかしそれを知らずとも、あの神子は我慢するのでしょうね。王の本心には鈍感なのに、妙なところで聡い。まぁサマーァの神子はそうし、王太子もそれを呑まざるを得なかったそうですが」

「そうだな。でもお前たちなら、その心配もない。国のために、部族のために私に嫁ぎ、その役目を果たしてくれている」

「そうですね。王が私の兄弟ではなく、私をつまに選んだのは、王の恋の応援のためにも、英断でした」
「珍しく褒めるじゃないか。トゥーリ」

「今夜は、慰めるために一緒に寝てあげましょうか?それを知ったら神子はまた誤解するでしょうが」
「持ち上げた後しれっと破滅する案を出してくるんじゃない」

「そうだ、それとリュヤーさまがセナから仕入れた情報ですが、今夜は神子を真ん中にして、ゼフラさまとセゼンがその左右に寝ているそうです」

「うぐっ!私の時はゼフラを真ん中にしないとユラが一緒に寝てくれないのにっ!」

「もう一杯、いかがですか」
「も、もらおう」

 アルダはトゥーリに注いでもらった強い酒を、悲しみをまぎらわすかのように一気に煽った。
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