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天降る天使の希い
更の月 その三
しおりを挟む「まだお許しにならないのですカ?」
蒼鷹を追い返した夜から一週間が過ぎていた。
忙しいのか蒼鷹からの訪いもなかった。
長いようで短い期間、顔を合わせていないことに不安はあるが、ソルーシュはまだ気持ちの整理がついていなかった。
「蒼鷹の様子はどうですか?」
「心配ならご自分でお会いになればよろしいのに……。お忙しいようですが、まぁ大丈夫そうですヨ」
大丈夫なら良いと思いつつ、不安なのは自分だけなのかと思うとまた心がざわついた。
――自分でまいた種なのに、わがままだな。
舜櫂が帯を結び終え、その形を整えるのを見下ろしながら、ソルーシュは小さく息を吐いた。
この頃ため息が増えたことに、またため息をつきそうになりぐっとそれを呑み込んだ。
舜櫂は茶の準備をはじめると、さも今思い出したような口ぶりで
「あぁ、ソルーシュ様にお会いに慣れないことで多少いらついているので峰涼は迷惑しているようですが」
と告げた。
「分かってて言っていますね。舜櫂は存外意地が悪い」
「おや? 拙の意地が悪くないときなどありましたカ? 拙は陛下がソルーシュ様にお伝えしていないのだろうと分かって戦の話をしましたヨ」
「ワタシたちが仲違いするのも、分かってたのですか?」
卓に蓋碗をふたつ並べると、舜櫂も同じ卓についた。
朝の茶の時間に舜櫂が座ることはめったになく、ソルーシュに許可なく座ることはなかった。
どうしたのかと訝しむソルーシュをよそに、舜櫂は茶碗を傾けた。
茶ではない甘い香りが漂った。
ソルーシュが蓋を開けて見ると中には茶葉ではなく乾燥した果物が数種、中にはソルーシュの好きな棗も入っていた。
一口飲んだ舜櫂は茶碗を置くと、肘をついて組んだ手に顎を乗せた。
「ソルーシュ様の心の広いことはよく存じておりますが、ここは怒っていい場面です。ソルーシュ様は王妃で、拙は臣下です。茶の相伴どころか着席することも問題がありますヨ」
「舜櫂は臣下ですが、ワタシの師でもあります」
「その師がいつも正しいとは限らないのですヨ。拙が鄭琳のような人間でないと、言い切れますカ?」
射すくめられてソルーシュは言葉が出なかった。
――言い切れるか……って?
舜櫂は墨夏が連れてきた官吏で、犀登出身だ。
これまでずっとソルーシュの身の回りを世話してくれて、この国やこの東の大陸を教えてくれる師でもある。
知識も経験も豊富で、見た目や身のこなしだって申し分ない。
後宮に詳しく、過去に蒼鷹と関係があった、かもしれない。
ソルーシュに生まれてはじめて嫉妬という感情を与えた人で、ソルーシュにとってはなくてはならない人、でもある。
――言い切れるか…って。
「当り前じゃないですか。舜櫂は鄭琳とは違います。これまで教えてくださったことは、ワタシが王妃になるため、蒼鷹を支えるために必要なことばかりです」
「拙の良いように教えてる、とは考えませんカ?」
「教えられて、ワタシは変わりましたか? 舜櫂から見てワタシはあなたの望む王妃になりましたか?」
舜櫂は髪を掴んで考える仕草をした。赤い唇に黒い髪はやけに映えるのを、ソルーシュは何度も見ている。
「いいえ――。ソルーシュ様は最初から拙の望み通りの王妃でしたから」
「最初から?」
「拙の髪型も、異国出身であることも驚きはしても否定はされませんでした」
「舜櫂の髪は独特ですが、おかしいわけでもないですし、ワタシ自身異国の出身ですから」
ソルーシュの答えに舜櫂は首を振った。
「賢高は性別、出自を問わず官吏になれますが、差別がないわけではありません。それに自分が湯殿で害を受けているにもかかわらず、女官や宦官が職を失うことに憂いておられました」
あれは、と言い掛けて舜櫂の手で制された。
「ただし、罰は罰として与えることも上に立つ者には必要なことです。今の拙の態度に注意するのも、陛下にお仕置きをするのも、ですネェ」
「そこにつながるのですか?」
「大事なことですヨ? 陛下はソルーシュ様を甘くみられておいでですから、少しは灸をすえてよろしいのですヨ」
それから、と言って舜櫂はすっと音もなく立ち上がり大袖を頭上に掲げ頭を下げた。
「ソルーシュ様、拙に茶の相伴を許可いただけますでしょうカ?」
いまさら問う舜櫂に、ソルーシュは笑って「許す」と答えた。
少し冷えた八宝茶は、乾いた喉を潤すのに丁度いい甘さになってソルーシュの身体に染み渡った。
「今夜……、いえ明日の朝餉をご一緒できるかどうか、蒼鷹……いえ、峰涼に聞いてもらえますか?」
「おや、今晩じゃなくてよろしいので?」
「……やはり、舜櫂は意地が悪い」
飲み終えた茶器を片付ける舜櫂がカラカラと笑うのを聞きながら、ソルーシュは疲れているであろう蒼鷹のことを思った。
おそらく夜では「仲直り」だけでは済まないことは確実だった。
あと一日くらい一人寝をするくらい、自分も我慢が出来る。
午前の講義の最中、鄭琳がいなくなりしばらく一緒に受けることになった紅希が「父上、今日は機嫌が良さそうで、良かったです」と言われ、自分もだいぶ周りに迷惑を掛けていたことを知り、顔を赤らめた。
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