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天降る天使の希い
終の月 その四
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普段から慌ただしい御膳部が今日は一段と賑やかさを増していた。
今日は揚餃子の皮作りの日だ。
王妃は餃子の好みを言えば、それで事足りるのだがソルーシュはどうしても自分でも作ってみたかった。
オーランを連れて御膳部へと向かう道すがら、紅希も合流することになった。
紅希は彼の師である、ソルーシュと変わらないほど大柄な男の横でいつにもまして小さく見えた。
師の名前は鄭琳と言う。
オーランに言われ彼の経歴を調べた墨夏だったが、依然として謎の多い人物だった。
紅希はソルーシュを見つけると駆け寄ってその足に抱きついた。
「父上! どちらにいかれるのですか?」
「明日の冬至祭の準備で御膳部に向かうところです。紅希様は?」
「ボクは……」
言い淀んだ紅希が後ろにいた鄭琳を見上げた。つまらなさそうな顔をしてた鄭琳は自分に視線が集まると、すぐに顔に張り付いた笑みを浮かべた。
「今日の講義は終わりましたから、ご自由にどうぞ。ではわたくし、ここで失礼いたします」
それだけ告げるとさっさと踵を返し、もとの道へ戻っていった。
強く握られていた足から力が抜けていくのがわかった。
――鄭琳のことが苦手なのだろうか?
小さい子どもは大きな大人の男を嫌がる傾向にある。オーランの妹も最初はソルーシュを怖がっていた。
しかし、初対面からソルーシュに懐いていた紅希がそれだけでここまで怖がるだろうか?
不思議に思いながらもソルーシュは紅希を抱き上げた。
「紅希様も御膳部へ参りますか?」
「御膳部は、汚いところではないのですか?」
汚い、という言葉の意味をソルーシュが捉え違えしているのではないかと思うほど、紅希はさも当然のような顔をしていた。
「御膳部が汚い? そんなはずがありません。ワタシたちの食事を作ってくれる大事なところです。行ったことはありませんか?」
紅希は首を振って答えた。
舜櫂に目を向け答えを求める前にオーランが紅希の袖を引っ張った。
「嫌なら来るな! 誰に言われたか知らねぇけど、その小さい頭で少しは考えろ!」
「オーラン! 紅希様はまだ五歳なのですよ? そんな言い方はっ」
「五歳だからなんだ? 俺の四歳の妹だってもう少し頭使って喋っていたぞ!」
「環境が違えば育ち方も違うのですよ? まして紅希様は王になる方で――」
オーランを叱るソルーシュの声は、紅希の泣き声でかき消された。
「ごめんなさ、いっ、ごめんなさい。ボクがおかしいことを言ったから、父上、オーランとケンカ、っ……。ごめんなさい」
尋常ではない怯え方に、ふたりは毒気を抜かれた。
「ケンカじゃないです、大丈夫。大丈夫」
「でも、父上、怒ってる……」
「怒ってはないですよ。これは叱っているのです。オーランが心無い言葉を使いましたからね」
紅希をなだめ、その小さな身体を包み込むとソルーシュは声を落としてつぶやいた。
「――けれど、御膳部が汚いところだと教えた人には怒っています」
なんとか泣き止んだ紅希とともに御膳部を訪れるとそこは既に準備が整っていた。
「生地は仕込んでおいたぞ」
景超がにかっと笑って大きな白い固まりを台の上に置いた。
「これはなんですか?」
「これが餃子の皮になるのですよ。さ、紅希様も餃子の皮作りをいたしましょう」
人数分用意された小さな伸ばし棒。景超が小さく切った固まりを丸く伸ばしていく。
慣れているオーランが薄く伸ばしていくのに対し、ソルーシュも紅希も賢高のものよりも分厚く、形もいびつなものを作っていた。
「そんなんじゃ意味ねぇだろ!」
「これとても難しいですね……」
肩を落とすソルーシュの隣で、紅希もしょんぼりとしていた。
「がははは! まるで本当の親子みたいだなっ!」
その姿に景超が笑う。
言われたふたりはお互いの餃子の皮になるはずだった、謎の固まりを見て吹き出した。
「父上と同じです!」
「本当ですね」
ふたりの顔は粉まみれで、そんなところまで似ていた。
「はぁ……。お前ら包むほうやれよ。それくらいならできるだろ?」
呆れたオーランの言葉に、餡を包みだしたふたりだったがやっぱり出来たものはいびつだった。
今日は揚餃子の皮作りの日だ。
王妃は餃子の好みを言えば、それで事足りるのだがソルーシュはどうしても自分でも作ってみたかった。
オーランを連れて御膳部へと向かう道すがら、紅希も合流することになった。
紅希は彼の師である、ソルーシュと変わらないほど大柄な男の横でいつにもまして小さく見えた。
師の名前は鄭琳と言う。
オーランに言われ彼の経歴を調べた墨夏だったが、依然として謎の多い人物だった。
紅希はソルーシュを見つけると駆け寄ってその足に抱きついた。
「父上! どちらにいかれるのですか?」
「明日の冬至祭の準備で御膳部に向かうところです。紅希様は?」
「ボクは……」
言い淀んだ紅希が後ろにいた鄭琳を見上げた。つまらなさそうな顔をしてた鄭琳は自分に視線が集まると、すぐに顔に張り付いた笑みを浮かべた。
「今日の講義は終わりましたから、ご自由にどうぞ。ではわたくし、ここで失礼いたします」
それだけ告げるとさっさと踵を返し、もとの道へ戻っていった。
強く握られていた足から力が抜けていくのがわかった。
――鄭琳のことが苦手なのだろうか?
小さい子どもは大きな大人の男を嫌がる傾向にある。オーランの妹も最初はソルーシュを怖がっていた。
しかし、初対面からソルーシュに懐いていた紅希がそれだけでここまで怖がるだろうか?
不思議に思いながらもソルーシュは紅希を抱き上げた。
「紅希様も御膳部へ参りますか?」
「御膳部は、汚いところではないのですか?」
汚い、という言葉の意味をソルーシュが捉え違えしているのではないかと思うほど、紅希はさも当然のような顔をしていた。
「御膳部が汚い? そんなはずがありません。ワタシたちの食事を作ってくれる大事なところです。行ったことはありませんか?」
紅希は首を振って答えた。
舜櫂に目を向け答えを求める前にオーランが紅希の袖を引っ張った。
「嫌なら来るな! 誰に言われたか知らねぇけど、その小さい頭で少しは考えろ!」
「オーラン! 紅希様はまだ五歳なのですよ? そんな言い方はっ」
「五歳だからなんだ? 俺の四歳の妹だってもう少し頭使って喋っていたぞ!」
「環境が違えば育ち方も違うのですよ? まして紅希様は王になる方で――」
オーランを叱るソルーシュの声は、紅希の泣き声でかき消された。
「ごめんなさ、いっ、ごめんなさい。ボクがおかしいことを言ったから、父上、オーランとケンカ、っ……。ごめんなさい」
尋常ではない怯え方に、ふたりは毒気を抜かれた。
「ケンカじゃないです、大丈夫。大丈夫」
「でも、父上、怒ってる……」
「怒ってはないですよ。これは叱っているのです。オーランが心無い言葉を使いましたからね」
紅希をなだめ、その小さな身体を包み込むとソルーシュは声を落としてつぶやいた。
「――けれど、御膳部が汚いところだと教えた人には怒っています」
なんとか泣き止んだ紅希とともに御膳部を訪れるとそこは既に準備が整っていた。
「生地は仕込んでおいたぞ」
景超がにかっと笑って大きな白い固まりを台の上に置いた。
「これはなんですか?」
「これが餃子の皮になるのですよ。さ、紅希様も餃子の皮作りをいたしましょう」
人数分用意された小さな伸ばし棒。景超が小さく切った固まりを丸く伸ばしていく。
慣れているオーランが薄く伸ばしていくのに対し、ソルーシュも紅希も賢高のものよりも分厚く、形もいびつなものを作っていた。
「そんなんじゃ意味ねぇだろ!」
「これとても難しいですね……」
肩を落とすソルーシュの隣で、紅希もしょんぼりとしていた。
「がははは! まるで本当の親子みたいだなっ!」
その姿に景超が笑う。
言われたふたりはお互いの餃子の皮になるはずだった、謎の固まりを見て吹き出した。
「父上と同じです!」
「本当ですね」
ふたりの顔は粉まみれで、そんなところまで似ていた。
「はぁ……。お前ら包むほうやれよ。それくらいならできるだろ?」
呆れたオーランの言葉に、餡を包みだしたふたりだったがやっぱり出来たものはいびつだった。
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