16 / 21
第16話 王国の神殿
しおりを挟む
ポチャン……ポチャン。
水滴の落ちる音がする。空から落ちる雨の音ではなく、天井からの雨漏りに近い音だ。
大変だ。自分の部屋が水浸しになってしまう――。
イーリスが目覚めると、背中に硬く冷たい感触と、ロウソクの燃えるにおいがした。
服装は昨日着ていたワンピースのまま。着替えずに寝てしまったのだろうか。
(まだ目を開けたくない。……なんだか怖い)
頭を手でなでてみた。その拍子に、ジャラジャラと金属音がする。その聞き慣れない音よりも、髪の毛をしばっていた若草色のリボンがなくなっていることが気になった。
それだけで気持ちが落ち込む。お気に入りのリボンだったのに。
視線を移すと、人と目が合ったような気がした。
いや、人ではない。
(水の女神の像……?)
石でできた彫刻だ。下向きの顔は笑っているようにも見える。肩に壺を乗せて立っていて、壺からは水が滴り落ちていた。
女神の周りの泉は、宝石のエメラルドのような色が広がる。
床に手を触れると大理石だった。その上に寝ていたから、背中が冷たいわけだ。こんな高級感のある場所は、自分の家はもちろん闇の薬屋にもない。
(待って。闇の薬屋じゃないなら、ここはどこ?)
思い出してみるも、灰色の男たちとロマニオに会ってからの記憶がなかった。
(そうよ! ロマニオに眠らされたんだわ)
その事実を思い出し、イーリスは目を見開いた。
「お目覚めかい?」
声が反響する。ロマニオが上からのぞきこんでくる。目が合うと、彼は笑った。貴婦人から好かれると自分で言っていた笑顔だ。
今は彼の顔は見たくない。
視線をそらせて、景色を眺めてみたら今まで見たことのない場所だとわかった。
「ここは……?」
「王国の神殿だ。君をお粗末には扱えないからね」
「神殿……?」
見回すと、高くそびえる柱が何本も立っていて、その一つの柱に鎖が巻かれていてイーリスの腕を捕らえていた。手を動かすとそれにつられて金属のこすれる音がする。さっき気になったのはこの鎖の音だったのか、と納得する。
無理やり連れてこられて、まるで人質みたいだ。
「一つ教えてくれるかな? 黒猫になる呪いをかけられた、大魔法使いを知っているかい?」
「それは……」
知っている。けれど、それをこの人に話してしまってもいいのだろうか。
まさか、この人の狙いは……。
ロマニオを見つめ返すと、彼の茶色の瞳から目が反らせなくなった。
頭がぼうっとしてくる。
「知っている……わ……」
イーリスはポツリポツリと言った。話したくないのに、口が勝手に動く。
ぼんやりとした頭で、ロマニオからの質問に答えさせられてしまうのだとわかった。
そして、大魔法使い――黒猫のスレーのことは絶対に話してはいけないことも。でも、内緒にしたくても口が動いてしまうだろう。抵抗しても無駄に違いない。
「そうか。予想が当たったな。では、その大魔法使いはどこにいるの?」
「……」
スレーは闇の薬屋にいる。でも、それをロマニオは知らないようだ。
「闇の薬屋よ」という言葉は出なかった。イーリスの口はチャックが締められるように右から左へ閉じる。何かの力が作用したようだ。
ロマニオはイライラしたように、眉をひそめた。
「もう一度聞く。大魔法使いの居場所は?」
「……」
イーリスの口は固く閉じられた。
ぼんやりとした頭で、よかった、と安堵した。
ロマニオは何度か質問を繰り返したものの反発があって、イーリスから聞き出すのを諦めたようだ。
「話せないのなら仕方がない。魔法使いは見つけ次第処刑しないといけないが、君の命だけは助けてあげる。……その代わりに、黒猫の大魔法使いを捕まえるための囮になって?」
黒猫の魔法使い、スレーを王国に差し出せばイーリスの命は助かるという。イーリスには他に選ぶ手段はなかった。
(こんなところにいたくない。誰か助けて……そうよ、シヴァン)
玄関が開いたままになっているから、イーリスがいないことに気づいているかもしれない。
でも、その考えはすぐに打ち消した。
(……ピンチのときだけ助けてほしいなんて、都合が良すぎる。甘すぎる)
シヴァンと口喧嘩したまま薬屋を出たため、助けに来てくれるはずがないと思った。
「……わたしが断ったとしても、囮にするのでしょう?」
「そうだね、そのとおりだよ」
「わたしはあなたの言うようにするしかないわ」
「君はかしこいな」
「……」
そう褒められても、全然嬉しくなかった。
水滴の落ちる音がする。空から落ちる雨の音ではなく、天井からの雨漏りに近い音だ。
大変だ。自分の部屋が水浸しになってしまう――。
イーリスが目覚めると、背中に硬く冷たい感触と、ロウソクの燃えるにおいがした。
服装は昨日着ていたワンピースのまま。着替えずに寝てしまったのだろうか。
(まだ目を開けたくない。……なんだか怖い)
頭を手でなでてみた。その拍子に、ジャラジャラと金属音がする。その聞き慣れない音よりも、髪の毛をしばっていた若草色のリボンがなくなっていることが気になった。
それだけで気持ちが落ち込む。お気に入りのリボンだったのに。
視線を移すと、人と目が合ったような気がした。
いや、人ではない。
(水の女神の像……?)
石でできた彫刻だ。下向きの顔は笑っているようにも見える。肩に壺を乗せて立っていて、壺からは水が滴り落ちていた。
女神の周りの泉は、宝石のエメラルドのような色が広がる。
床に手を触れると大理石だった。その上に寝ていたから、背中が冷たいわけだ。こんな高級感のある場所は、自分の家はもちろん闇の薬屋にもない。
(待って。闇の薬屋じゃないなら、ここはどこ?)
思い出してみるも、灰色の男たちとロマニオに会ってからの記憶がなかった。
(そうよ! ロマニオに眠らされたんだわ)
その事実を思い出し、イーリスは目を見開いた。
「お目覚めかい?」
声が反響する。ロマニオが上からのぞきこんでくる。目が合うと、彼は笑った。貴婦人から好かれると自分で言っていた笑顔だ。
今は彼の顔は見たくない。
視線をそらせて、景色を眺めてみたら今まで見たことのない場所だとわかった。
「ここは……?」
「王国の神殿だ。君をお粗末には扱えないからね」
「神殿……?」
見回すと、高くそびえる柱が何本も立っていて、その一つの柱に鎖が巻かれていてイーリスの腕を捕らえていた。手を動かすとそれにつられて金属のこすれる音がする。さっき気になったのはこの鎖の音だったのか、と納得する。
無理やり連れてこられて、まるで人質みたいだ。
「一つ教えてくれるかな? 黒猫になる呪いをかけられた、大魔法使いを知っているかい?」
「それは……」
知っている。けれど、それをこの人に話してしまってもいいのだろうか。
まさか、この人の狙いは……。
ロマニオを見つめ返すと、彼の茶色の瞳から目が反らせなくなった。
頭がぼうっとしてくる。
「知っている……わ……」
イーリスはポツリポツリと言った。話したくないのに、口が勝手に動く。
ぼんやりとした頭で、ロマニオからの質問に答えさせられてしまうのだとわかった。
そして、大魔法使い――黒猫のスレーのことは絶対に話してはいけないことも。でも、内緒にしたくても口が動いてしまうだろう。抵抗しても無駄に違いない。
「そうか。予想が当たったな。では、その大魔法使いはどこにいるの?」
「……」
スレーは闇の薬屋にいる。でも、それをロマニオは知らないようだ。
「闇の薬屋よ」という言葉は出なかった。イーリスの口はチャックが締められるように右から左へ閉じる。何かの力が作用したようだ。
ロマニオはイライラしたように、眉をひそめた。
「もう一度聞く。大魔法使いの居場所は?」
「……」
イーリスの口は固く閉じられた。
ぼんやりとした頭で、よかった、と安堵した。
ロマニオは何度か質問を繰り返したものの反発があって、イーリスから聞き出すのを諦めたようだ。
「話せないのなら仕方がない。魔法使いは見つけ次第処刑しないといけないが、君の命だけは助けてあげる。……その代わりに、黒猫の大魔法使いを捕まえるための囮になって?」
黒猫の魔法使い、スレーを王国に差し出せばイーリスの命は助かるという。イーリスには他に選ぶ手段はなかった。
(こんなところにいたくない。誰か助けて……そうよ、シヴァン)
玄関が開いたままになっているから、イーリスがいないことに気づいているかもしれない。
でも、その考えはすぐに打ち消した。
(……ピンチのときだけ助けてほしいなんて、都合が良すぎる。甘すぎる)
シヴァンと口喧嘩したまま薬屋を出たため、助けに来てくれるはずがないと思った。
「……わたしが断ったとしても、囮にするのでしょう?」
「そうだね、そのとおりだよ」
「わたしはあなたの言うようにするしかないわ」
「君はかしこいな」
「……」
そう褒められても、全然嬉しくなかった。
8
あなたにおすすめの小説
9日間
柏木みのり
児童書・童話
サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。
(also @ なろう)
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
生まれたばかりですが、早速赤ちゃんセラピー?始めます!
mabu
児童書・童話
超ラッキーな環境での転生と思っていたのにママさんの体調が危ないんじゃぁないの?
ママさんが大好きそうなパパさんを闇落ちさせない様に赤ちゃんセラピーで頑張ります。
力を使って魔力を増やして大きくなったらチートになる!
ちょっと赤ちゃん系に挑戦してみたくてチャレンジしてみました。
読みにくいかもしれませんが宜しくお願いします。
誤字や意味がわからない時は皆様の感性で受け捉えてもらえると助かります。
流れでどうなるかは未定なので一応R15にしております。
現在投稿中の作品と共に地道にマイペースで進めていきますので宜しくお願いします🙇
此方でも感想やご指摘等への返答は致しませんので宜しくお願いします。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
児童書・童話
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
ローズお姉さまのドレス
有沢真尋
児童書・童話
*「第3回きずな児童書大賞」エントリー中です*
最近のルイーゼは少しおかしい。
いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。
話し方もお姉さまそっくり。
わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。
表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成
こちら第二編集部!
月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、
いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。
生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。
そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。
第一編集部が発行している「パンダ通信」
第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」
片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、
主に女生徒たちから絶大な支持をえている。
片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには
熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。
編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。
この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。
それは――
廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。
これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、
取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。
先祖返りの姫王子
春紫苑
児童書・童話
小国フェルドナレンに王族として生まれたトニトルスとミコーは、双子の兄妹であり、人と獣人の混血種族。
人で生まれたトニトルスは、先祖返りのため狼で生まれた妹のミコーをとても愛し、可愛がっていた。
平和に暮らしていたある日、国王夫妻が不慮の事故により他界。
トニトルスは王位を継承する準備に追われていたのだけれど、馬車での移動中に襲撃を受け――。
決死の逃亡劇は、二人を離れ離れにしてしまった。
命からがら逃げ延びた兄王子と、王宮に残され、兄の替え玉にされた妹姫が、互いのために必死で挑む国の奪還物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる