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俺、犬とお見合いします

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 ――微妙に混んでる終電の中、メッセージアプリの犬塚さんの可愛い子犬のアイコンを眺めながら、俺は電車のドア横にもたれてボーッとしてた。
 別れるまで身体がフワフワするみたいな感覚で楽しかった分、一人になって冷静になった途端、どうしたら良いのか分からなくなる。
 きっと彼が女の子だったら、俺は絶対に結婚意識してた。そのくらい心地良くて楽しかった、まるで10年来の友達と会ったみてぇに。
 地下鉄丸ノ内線の改札の前で、俺の姿が地下に入って見えなくなるまで手を振ってくれた犬塚さん。
 ウットリするくらい綺麗な人間の顔で、まだ酒が残ってるのか、白い頬を紅潮させた屈託のない笑顔で、「また会いましょうね!」って。
 誰かと、そんな風に別れたの……何年振りだろ。
 そう思ったら涙が溢れ出そうだった。
 俺……ずっと寂しかったんだろうか。
 元々友達とかも少ねぇしな……。
 なんつーか、オメガだからだとは思いたくねぇけど、相手が友人て目で見てくれねぇ事が多くて……。
 前の彼女とは就職してすぐに別れたし、誰かと二人ではしゃいだのなんて久々でさ。
 今まで生きてて、尊大な態度のアルファには幾らでも会ったことがあるけど、彼は誠実だった。
 何で婚活なんかで会っちまったんだろ。
 俺、犬塚さんと友達になりたかったよ。
 こういう場で出会った人間はどんなにイイ人でも、今後の選択肢はイチかゼロなんだもんな。
 お断りしてもう二度と会わないか、それとも真剣なお付き合いに向かって仮交際を始めるか。
 俺たちはトモダチを探してるんじゃない。人生の伴侶を、探してるんだから……。
 BLネットの決まりで、今日会ってみた結果は、それぞれが蛇の目さんに伝えることになってる。
 多分、俺のカンでは……犬塚さんの答えはYESだと思う。
 そして俺の答えは……。
 嘘ついたこととか、犬塚さんのキレイな笑顔とか、子犬がいっぱい走り回ってるあったかい家庭像とかが、頭の中でグルグルする。
 辛くなってスマホの画面を閉じようとした時、通話アプリのメッセージがパッと表示された。
『今日は本当に有難うございました。初対面とは思えないくらい、凄く楽しくて、今は少し寂しいです』
 思わず、あぁっと呻きが漏れた。
 固まったまま眺めていると、そのメッセージの下に尻尾振ってる子犬のスタンプが表示される。
 そして、続けざまにもう一つ、『次は、いつ会えますか』。
 もう、笑うしかなかった。
 お見合いの結果待ちもすっとばしてこの言葉。
 犬塚さん……これっきりだなんて一ミリも思ってねぇ。
 そんで俺も、勘違いがキッカケとは言え、一旦男とか女とかそういうこと抜きにすれば、もう一度あの人と会ってみたいのが本音で。
 会ってみたい……そんな気持ちだけでいいんだろうか。
 凄く迷う。
 男をそういう意味で好きになれないと思って生きて来た俺が、こんな半端な状態でこれ以上踏み込んでいいのか。
 もう一度スマホ画面に目を落として唇を噛む。
 いや、結論なんて多分もうとっくに出てんだ。
 俺、この画面に「ごめんなさい」なんて打てねぇ。
 ……次会った時はちゃんと本当の事を話して、嘘ついたことを謝らなきゃダメかな?
 でも……。
 「何で嘘ついたんだ」って訊かれたらどうすんだ……?
 ――「本当は女が良かったからあんなこと書いてたけど、勘違いであんたに会ってしまって、本当のことが言いづらいから嘘つきました」って……?
 じゃあ、今の俺の状況の説明は?
「始まりは勘違いだけど、今はあんたに好意を持っていて、自分が産んでもいいと思ってます」って言うのか?
 
 ダメだダメだ。俺、そこまではまだ振り切れてねぇもん。
 うーん。どうしよう。
 いいか。犬塚さん、子供にそんなこだわり無さそうだったし。俺が覚悟ついた時に言えばいいよな。そもそも、それまでにどっちかがやっぱ無理ってなって仮交際終了する可能性の方が高いし。
 だいたい俺、3年間婚活負け続けの男だし、何度か会ってる内に相手から切られる可能性だって大いにある。
 犬塚さんはいい男だから、今後も申込いっぱい来る訳で、俺なんかどうせすぐにワンオブゼムになる。……仮交際は複数同時並行オッケーってルールだから。
 切られる時には相手にとって俺なんてもう、どうでもいい人間だろうし。その時にサラッと謝るのでもいいか。
 グルグル悩んだ結果決断し、ものすごく言葉に迷いながらも、俺は返信を打ち始めた。



 二日後に蛇の目さんから結果連絡の電話が来た。
 予想通り仮交際開始って話だったんだけど、蛇の目さんは自分がお見合い大成功しちゃったかのような浮かれっぷりでちょっと引いた。
「ねっ、絶対合うと思ったのよ、まだ仮交際だけど、取り敢えず良かったわね! 次のデートも頑張って!!」
 ――なんて激励されても俺、微妙な立場なんですけど。
 まあな、俺この相談所では仮交際に発展した相手ゼロだったし。人によっちゃ十人とか並行して仮交際してるのも居るんだもんな。そりゃ鬼の婚活アドバイザーも浮かれるわ。
 複雑な気分とはいえ、次のデートの予定は実はもう決まっていて。
『次の日曜日、10時に葛東臨海公園駅の改札外の噴水の前で。俺が二人分お弁当作っていきます。少し運動したいので、動きやすい格好で来て下さいね』
 畳に敷いた薄っぺらな布団の中でメッセージアプリの画面見ながら、俺は火曜日の晩から何着てったらいいのか頭抱えてる状態だった。
 だって情けねぇ話だけど、二度目のデートなんて婚活じゃ初めてなんだぜ!?
 いっつも初回はスーツ着てってたし。
「あーもうどうしよう……」
 公園デートだとずっと外だから、あの絶世の美青年が俺の隣に並ぶってことだろ?
 うわーっ、もう想像しただけでいたたまれねぇ!
 同じ男として釣り合わなさすぎる……!
 運動って、ランニングとかするつもりなのかな。
 俺そんな走るの得意じゃねぇけど。
 犬塚さんは得意なんだろうな、犬だし。
 俺もついダウンロードしてしまったゴールデンレトリバースタンプで「了解」を送信すると、また別の可愛い犬の絵で『おやすみなさい』って来た。
 心がキューンとして、スマホを抱き締めたくなる。
 今度会った時、一回でいいからあの毛並みを触らせて貰えねぇかなぁ。頬ずりして、……キスしたい。
 って、キスって……!
 相手、犬だけど男!!
 あぁもう、この気持ちほんと何なんだろう。単に犬が好きなのか犬塚さんが好きなのかよく分かんねぇよ。自分は一体どうしたいんだ。
 次の日曜が、楽しみだけどすげぇ怖い……。
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