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第三章 夢いっぱいの入学式
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しおりを挟むイーサンは初めて見る氷粉をひと掬いすると怪しむように眺めていたが、えいっと思い切って口に入れ、驚きに目を見開いた。
「……美味しい」
ポツリと呟きもう一口、たちまちスプーンが止まらなくなる。
そこまで気に入ってもらえると奢った甲斐があったというもので、呉宇軒はニコニコしながらその光景を眺めていたが、ふと目が合うと彼は決まり悪そうな顔をした。スプーンをそっと器に置き、誤魔化すような咳払いを一つ。
「まっ……まあまあだな!」
今更取り繕ってもバレバレだ。様子を見守っていた周りの人たちも、氷粉初体験の彼が美味しそうに食べているのを見て暖かな眼差しになる。
「良いからゆっくり食べな」
呉宇軒がそう言うと、イーサンは気取った顔で上品に食べ始めたが、我慢できずにスプーンを口に運ぶスピードがどんどん早くなっていく。後から注文したというのに、彼が食べ終わったのは呉宇軒とほぼ同時だった。
甘くて美味しいデザートのお陰で機嫌もすっかり直ったのか、自信たっぷりで傲慢な態度が戻ってくる。鼻持ちならない態度が気に入らない猫奴は、また何か言いたそうにしていたが、呉宇軒の脅しが効いたのか黙っていた。
店を出ると、外にはネットの目撃情報を見て来た女子の集団が待ち構えていた。呉宇軒の出待ちをしていた彼女たちは、一緒に出てきた見慣れないブロンドの美青年に動揺してざわつき始める。
彼女たちもイーサンのことは知らなかったらしい。あの格好いい外国人は一体誰?と大盛り上がりだ。
たくさんの女子が並んでいる光景にイーサンは僅かに怯んだものの、注目を浴びて満更でもなさそうな顔をしている。そんな彼を捕まえて肩に手を回すと、呉宇軒は幼馴染に向かって携帯を投げ渡した。
「浩然、ちょっと写真撮ってくれない?」
「おい! 一体何のつもりだっ」
「良いから笑えって、プロだろ? それに、俺のアカウントに上げたらフォロワー増えるぞ?」
逃げようとするイーサンをしっかり掴んでそう言うと、彼は渋々と言った表情で抵抗を止めたものの、プライドが許さないのか笑顔だけはしてくれなかった。
二人揃ってポーズを取ると、携帯を覗き込んでいた李浩然は僅かに眉を顰めて視線を上げた。
「阿軒、少し離れて」
「こういうのは仲良しって感じで撮らないと……」
何が気に食わないのか、李浩然は厳しい声で駄目だ、と一蹴する。終いには携帯を構えるのすらやめてしまった。
「はいはい分かった、離れりゃ良いんだろ? 全く、困った幼馴染だな」
不機嫌になった幼馴染に呉宇軒は仕方なく手を戻し、隣に立ってピースサインをした。撮られた写真を見ると、二人の間にちょうど氷粉の店の名前が見える。
「ははっ、これ良い宣伝になるな! 初めからそう言えば良かったのに」
抜かりがない幼馴染を肘で小突くと、彼は何故か複雑そうな表情を浮かべた。呉宇軒は不思議に思いながらも、撮れたばかりの写真を早速SNSに投稿した。
『新しい友達ができたよ』の文字と共に彼のアカウントへのリンクも載せておく。それを横で見ていたイーサンは、書かれたコメントに抗議の声を上げた。
「友達ってなんだ! 僕はお前と友達になった覚えはないぞ!」
「もう友達で良いじゃん。ほら、通知切っておかないと煩くなるぞ」
指摘すると、投稿してものの数秒でイーサンの携帯は通知音が鳴り止まなくなる。怒涛の勢いで増えて行くフォロワーに、彼は慌てて通知を切った。
「な? これで知名度はバッチリだろ。もう勝負なんてしなくていいんじゃないか?」
人気勝負なんて全く乗り気ではなかったので、これを機に諦めてくれないかと期待したが、彼は断固として譲らなかった。何か並々ならぬ恨みがあるようだが、初対面の呉宇軒にはさっぱり分からない。
「何でそんなに怒ってるんだよ……おっ、王茗から連絡来た」
ちょうど良いタイミングで王茗からのメールが届く。たった今ミーティングが終わったので、これから鮑翠の従姉妹を連れて西館へ向かうらしい。
呉宇軒はメールの返信はせず、代わりに電話をかけた。
「あ、王茗? まだ出版サークルの人たち残ってる? ちょっと相談したいことがあって」
呉宇軒がイーサンとの経緯を説明すると、王茗の方はスピーカーにしていたのか、電話の向こうで見知らぬ男性の声が聞こえてくる。彼は何やら興奮した様子で、王茗の焦った声も一緒に聞こえてきた。
「編集長もそっち行くって。続きは向こうでいい?」
「良いよ、こっちも準備しとく。じゃ、後でな」
電話を切り、不思議そうに見ていたイーサンに目を向ける。
「お前この後時間ある? 勝負するって言ったよな? いい案出してくれそうな人がいるんだけど」
「お前、清香出版に知り合いが居るのか」
さすがにモデルをしているだけあって、サークルで雑誌を作っている清香出版については知っていたらしい。驚く彼に呉宇軒は頷いて返す。
「俺のルームメイトな。後で紹介する」
そう言って周りを見ると、電話をしている間に呂子星たちは集団で移動してしまっていた。待っていてくれた李浩然に五階のカフェへ行っていると伝言を残していたので、置いて行かれた呉宇軒はどうしたものかと考えた。
このまま王茗を待つのもいいが、出待ちをしていた彼女たちを放っておくのも忍びない。
「阿軒、俺は会場の鍵を貰ってくる。戻ってくるまでいい子で待っていて」
「心配すんなって! コイツと大人しく待ってるよ」
笑ってそう答えながら、呉宇軒は内心ほくそ笑んだ。お目付け役が不在なら何をやっても怒られない。
問題児を残していくのが不安なのか、李浩然は後ろ髪を引かれるようにして下へ降りて行った。彼は真面目なので、行った振りをして戻ってくるなどとは考えもしないのだろう。
幼馴染の姿が見えなくなったのを確認すると、呉宇軒は満面の笑みを浮かべ、早速待っていた女子たちに向き直った。
「イケメンの間に挟まれたい人!」
片手を上げてそう呼びかけると、女の子たちは嬉しそうな声でぴょんぴょん飛び跳ねて大喜びし、我先にと手を挙げる。巻き込まれたイーサンはびっくりした顔で呉宇軒を見た。
「なっ、何する気だ!?」
「ファンと記念撮影。ほら、並んで並んで! 後ろの人は代わりに撮ってあげてね」
店の前だと迷惑になるので、少し開けた場所へ彼女たちを連れてゾロゾロと移動する。
ファンとの交流に慣れている呉宇軒は親しげに肩を抱いたり腰に手を回したりとやりたい放題していたが、イーサンはこういった交流に慣れていないのかぎこちない。そんな初々しいところも好評なようで、一緒に写真を撮った女子たちは嬉しそうに彼と握手していた。
「これでもっとファンが増えるかもな」
呉宇軒は悪戯っぽく片目を瞑って見せたが、イーサンは不服なのかふんと不機嫌そうに鼻を鳴らした。
しばらくそうして撮影会をしていると、鮑一蓮と先輩らしき眼鏡の青年を連れた王茗がやって来る。彼らは撮影に割って入る気は無いようで、近くの自販機で飲み物を買って高みの見物をしていた。
後少しで撮影会も終わろうという時に、鍵を取りに行っていた李浩然が戻ってきた。彼は女子の肩を抱く呉宇軒を見るなりたちまち険しい顔になり、大股でこちらにやって来る。
「ヤバい、見つかった! 全員解散っ」
悪事がバレた呉宇軒が慌てて急き立てると、彼女たちは緊迫した勢いに呑まれて散り散りに逃げて行く。怒った李浩然が着いた頃には誰一人として残ってはいなかった。
「お前のために追い払ってやったぞ」
ニヤリと笑うと、呉宇軒はいけしゃあしゃあと言ってのける。ちっとも悪びれる様子のない幼馴染に、李浩然は呆れた顔をして彼の鼻を摘んだ。
「阿軒、また約束を破ったな?」
淡々とした声には僅かに怒気が含まれていた。これは相当お怒りだ。
ところがお説教が始まる前に王茗が飛び込んで来て、呉宇軒はすんでの所で難を逃れた。
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