真面目ちゃんの裏の顔

てんてこ米

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波乱の軍事訓練

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 食事を済ませてゴミを捨てると、二人は食後の運動も兼ねて湖の周りを散歩することにした。白銀に光る水面で時折魚が跳ね、ぽちゃんと水音を響かせる。

「レンギョとかいるのかな? 今度釣ってみる? お前の好きな水煮魚作ってやれるよ!」

 唐辛子をたっぷり使って作る水煮魚は李浩然リーハオランの大好物だ。これだけ広いと料理しがいのある大物が潜んでいる気がして、呉宇軒ウーユーシュェンはうずうずしながら大きな魚影を探して水面を見る。
 密猟しようと悪巧みする幼馴染に、李浩然リーハオランは眉をひそめるとため息を一つ、腕を引っ張って水辺から遠ざけた。

「怒られるからやめなさい」

「じゃあ、夜にこっそり網引いてみるか!」

 ちょうどボート乗り場があるので湖の中央までは簡単に行ける。バレなきゃ良いんだろ?と悪戯っぽく返す呉宇軒ウーユーシュェンに、李浩然リーハオランは厳しい表情でゆるゆると頭を振った。
 阿軒アーシュェン、と咎めるように名前を呼ばれ、呉宇軒ウーユーシュェンは両手を上げて降参のポーズを取る。そして怒った幼馴染が説教するよりも早く、すらすらと言い慣れた言葉を口にした。

「はいはい、分かったって。ちょっと言ってみただけ」

 諦めの悪い呉宇軒ウーユーシュェンはよく口先だけで約束するので、李浩然リーハオランはヘラヘラと笑って誤魔化す幼馴染に疑いの眼差しを向ける。朝から晩まで監視されては堪らないと、呉宇軒ウーユーシュェンは指を三本立てて改めて誓った。
 湖を離れて運動場の方へ歩いて行きながら、呉宇軒ウーユーシュェンは思い切って尋ねた。

「聞きたいことがあるんだけど……お前、高校の頃とか好きな人居たの?」

 王茗ワンミンのインタビューで好みのタイプや初恋について素直に答えてくれたので、もしかしたらと思ったのだ。今まで貝のように口を閉ざしていたが、大学に入って恋愛トークが解禁された可能性がある。
 ソワソワしながら返事を待っていると、李浩然リーハオランは俯いて地面を眺めたまま押し黙り、かなりの間を置いてからようやく口を開いた。

「……居た」

 びっくりして幼馴染の顔を見ると、いつにも増して表情が乏しい。まるで感情を押し殺しているようなその顔に、触れられたくない事を聞いてしまったかと少しだけ気まずくなる。

「あのさ、嫌だったら無理に答えなくていいけど、何で告白しなかったんだ? お前なら簡単に付き合えただろ」

 李浩然リーハオランほど完璧な男はどこを探しても居ないと呉宇軒ウーユーシュェンは常々思っていた。お金持ちで聡明な好青年、おまけに顔も良い。そんな男が想いを寄せてくれたら、普通の女の子は大喜びするに決まっている。

「好きな人には……恋人が居た。それに、そもそも俺は相手にされていなかった」

 淡々と返す李浩然リーハオランの自信無さげな言葉に、呉宇軒ウーユーシュェンははて、と首を傾げた。誰もが羨む美男子をまるで相手にしないなんて、一体どんな美女に惚れたんだと疑問に思う。呉宇軒ウーユーシュェンの周りで当てはまりそうな人物は人気モデルのLunaルナ先輩だけだが、二人はそもそも面識が無い。

「お前が相手にされないなんてあり得ないだろ! 男の俺でもドキドキするのに」

 俯きがちだった李浩然リーハオランはその言葉に驚いて顔を上げ、揺れる瞳で呉宇軒ウーユーシュェンをじっと見つめた。

「……そう、なのか?」

 ため息のように弱々しく吐き出された言葉は、静かな朝の空気に溶けて消える。
 戸惑う幼馴染の目を真っ直ぐに見つめ、呉宇軒ウーユーシュェンはもちろんと力強く頷いて熱弁した。

「そりゃあ、こんな美男子前にしてときめかない方がおかしいだろ? 前から言ってるじゃん。お前は世界一いい男だって!」

 誰が何と言おうと李浩然リーハオランは最高の男だ。賢くて親切で、それにとても家族想いの優しい性格をしている。呉宇軒ウーユーシュェンが振られて落ち込んだ時には自分のことのように寄り添って慰めてくれるし、辛い時はいつも側で支えてくれた。
 どうにか自信を取り戻してもらおうと、呉宇軒ウーユーシュェンは日頃の感謝を込めて幼馴染を目一杯褒め称えた。そして、ほんの少し表情が和らいだのを見計らって畳み掛ける。

「俺たちもう大学生なんだし、今こそお前も新しい恋をするべきだ!」

 勢いのままそう言うと、李浩然リーハオランは途端に難色を示した。
 良い流れができていたと思ったのに当てが外れた呉宇軒ウーユーシュェンは、どうしたものかと頭を悩ませる。嫌がっている相手に無理強いする訳にもいかない。

「……もしかして、女の子の口説き方が分からないのか?」

 ルームメイトと雑談していた時に、みんなが妙に恋愛話に食いつきが良かったことを思い出した呉宇軒ウーユーシュェンは恐る恐る尋ねた。高校卒業まで厳しく恋愛を禁止されていたせいもあり、大学に入って急に男女交際を解禁されても途方に暮れる生徒は多いと聞く。
 黙っているだけで女子が寄ってくる呉宇軒ウーユーシュェンにはさっぱり分からない感覚だが、清く正しい学生生活を送っていた李浩然リーハオランはモテるにも関わらず女子との交流はほぼ無かった。
 過去の苦い経験も相まって臆病になっているのかもしれない。こんな時こそ経験豊富な自分の出番だと、呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染の前に躍り出た。

「よし、任せておけ! 俺がお前を一人前の色男にしてやる!」

「必要ない」

 不機嫌さを隠しもせず、李浩然リーハオランは拒絶の意思を示す。一刀両断にされた呉宇軒ウーユーシュェンはそれでもめげずに食い下がった。

浩然ハオラン! なんでそんなこと言うんだ? 今のままだと結婚できないぞ」

 聞き分けのない子どもにするように言うも、李浩然リーハオランの表情はますます険しくなる。諦めの悪い呉宇軒ウーユーシュェンは幼馴染が否定の言葉を繰り返す前に割って入った。

「必要ないは無し! 俺が彼女の代わりをしてやるからさ、ちょっと練習してみよ?」

 女子の知り合いがほぼ居ないので練習相手には自分がなるしかない。直接指導できるから、それはそれで好都合だ。
 呉宇軒ウーユーシュェンの言葉を聞いて、ムッとして顔を背けていた李浩然リーハオランが急に振り返った。

「……君が彼女の代わりを?」

「うん。俺を彼女だと思ってやってみようよ! 俺じゃ嫌なら協力してくれる子を……」

「やる」

 まだ最後まで言い終わらないうちに返事が返ってくる。さっきまでのつれない態度はどこへやら、李浩然リーハオランは真剣そのものの目で呉宇軒ウーユーシュェンを見た。気合いは十分だ。

「……おお! 良いね良いね! 軍事訓練が終わったら、まずはデートのやり方から勉強しよう。大丈夫だって、お前は優等生だからすぐコツを掴めるよ」

 急にやる気を出した幼馴染に呉宇軒ウーユーシュェンはほっと胸を撫で下ろすと、背中をばしばし叩いて励ました。
 まずは李浩然リーハオランに自信をつけてもらい、それから可愛い彼女を紹介する。この上なく完璧な計画だった。
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