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早すぎる再会
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しおりを挟む「えっと……謝桑陽です。よ、よろしくお願いします……」
三人に注目されて緊張がピークに達したのか、最後の方は消え入るような声だった。それでも声を震わせながらなんとか言い切り、謝桑陽は少しだけほっとした表情を浮かべた。聞けば呉宇軒と同じ経済学部だという。
「じゃあ一緒の授業だな。分かんないことがあったら何でも聞けよ! あと変に畏まんなくて良いから」
こいつらを見てみろよ、と指差せば、未だにどれを食べるか迷っている王茗が氷粉を前に難しい顔をして悩んでいた。呂子星はというと、とっくに自分の分を取って食べ始めている。
自由すぎる二人を見て、謝桑陽がふふっと小さく笑みを漏らした。少しは緊張が解れてきたのか、初めの頃よりも僅かながら表情が和らいで見える。
呉宇軒は静かに椅子を滑らせてこっそり距離を詰めると、怖がらせないよう優しく尋ねた。
「好き嫌いある?」
「あっ、その……無いです!」
呉宇軒のことはまだ苦手なようで、声をかけるとピンと背筋が伸びる。まるで警戒心の強い野良猫だ。
「だったら一番美味しそうなやつあげる」
マンゴーたっぷりのココナッツミルク氷粉を謝桑陽の前にとんと置き、呉宇軒は残りの二つを背中に隠した。
「右と左どっちが良い?」
王茗はしばらく考え込むと、左!と元気よく答える。選ばれたのは白桃とライチがトッピングされた烏龍茶味の氷粉だ。呉宇軒は残った苺甘酒味の蓋を開けると、謝桑陽に差し出した。
「ちょっと食べてみない?」
「俺も食べる!」
良いよと言う前に横から王茗のスプーンが伸びてきて、苺の乗った大きな塊を攫っていく。行儀が悪いぞ!と呂子星が親のように注意するも、王茗はお構いなしにスプーンを口に運び、ひんやりした氷粉を堪能した。
「めっちゃ美味い! 彼女におすすめしよ」
氷粉のCMに採用されそうな良い笑顔だ。
好き勝手に振る舞う王茗に背中を押され、謝桑陽も恐る恐るスプーンを伸ばす。呉宇軒は彼が無事に食べたのを確かめてから器を呂子星に回した。
「苺どうだ?」
「悪くないな。俺のもいるか?」
「普通のやつは食べたことあるからいい」
王茗は言うまでもなく、呂子星の器に断りもなくスプーンを突っ込んで取っていく。言うことを聞かない王茗をジト目で見ると、呂子星は謝桑陽の方へずいと容器を向けた。
「あっ、僕も食べたことあるので大丈夫です。その、良かったらこっちもどうぞ」
謝桑陽の氷粉はザク切りの果肉が山盛りで、マンゴーソースとココナッツミルクが程よく混ざり合っている。見ているだけで涎が出るほど美味しそうだ。ここでも王茗は一番乗りして、とろける果肉にご満悦の表情を浮かべた。
一通り食べ比べが終わり、四人の話題はどれが一番美味しいかに変わる。意外にも変わり種の烏龍茶味を支持する声が多かった。
白桃とライチが乗った氷粉は、苦味を抑えたまろやかな烏龍茶がベースになっているので他のものよりさっぱりしている。デザートと言うよりフルーツティーのような味わいで、喉を潤すのにちょうどいい。今日のような暑い日には特にぴったりだ。
苺ソースと甘酒を混ぜ合わせていた呉宇軒は、写真を取り忘れていたことに気付いて一旦手を止め、ポケットから携帯を取り出した。SNS用の自撮りをして、お店の名前をハッシュタグ付きで投稿する。
「何してんだ?」
もう食べ終わりそうな呂子星が怪訝な顔をして聞いてきたので、呉宇軒は携帯の画面を見せながら答えた。
「営業活動。ついでにお店の紹介も」
投稿してすぐに秒単位でいいねが増えていく。呂子星はフォロワー数を見て目を丸くした。
「お前っ……フォロワー八百万もいんのか!? どうなってんだよ!」
「俺もフォローしてるぜ!」
「あ、実は僕も……」
王茗だけでなく謝桑陽まで名乗りを上げる。身近に二人もフォロワーがいたと分かり、呉宇軒も驚いた。普段女性からの反応が多いのであまり表立って見えはしないが、男性フォロワーも意外といるのかもしれない。
「もともと店の宣伝用だったからな。うちの店、海外のお客さん多いから全員がファンってわけじゃねぇぞ。あと業界の人とか混ざってるかも」
それから、と話を続けようとしたが、言葉を遮るようにメールの着信音が響く。画面を見ると李浩然からのメールだった。どうやらついさっき投稿した氷粉に反応したらしい。
「浩然呼んで大丈夫?」
返信をしながら尋ねると、ルームメイトたちに異論はないようで快諾された。李浩然の名前が出た途端、呂子星がニヤニヤしながら聞いてくる。
「急にどうした? 幼馴染が恋しくなったか?」
「恋しがってるのは向こうに決まってるだろ!」
ムキになって言い返すと、呂子星だけでなく王茗にまで笑われた。あいつ照れてるぜ、とこそこそと耳打ちまでしている。
二人から茶化された呉宇軒はムッとした顔のまま言い訳した。
「今あいつからメール来て、お前も食べるか? って聞いたら食べたいって返ってきたんだよ! 多分すぐ来ると思う」
ふーん、と二人は訳知り顔でにやけたまま頷いた。一人だけ事情がよく分かっていない謝桑陽はきょとんとして三人のやり取りを眺めている。
二人はしばらく呉宇軒をからかっていたが、上を向いて氷粉を掻き込んでいた王茗がふと不思議そうな顔で手のひらを見た。開いたり閉じたりを繰り返し、助けを求めるように呂子星の方へ手を向ける。
「なんか手がベタベタするぅ……」
「ほらみろ言わんこっちゃない。だらしない食い方してるからだぞ!」
すっかり世話係と化した呂子星が保冷バッグからウェットティッシュを出し、王茗の手にしっかりと握らせた。容器を置いた途端に現れたTシャツの染みを見て、呂子星の表情が一層険しくなる。
「溢してんじゃねぇか! 全くお前は……」
手を拭いたウェットティッシュをひったくり、今度は力任せにゴシゴシ擦る。ぶつくさと文句を言いながら世話をする姿は、もはや手のかかる子どもとお母さんだ。呉宇軒はさっきのお返しとばかりにニヤニヤしながら野次った。
「あんまり母ちゃんに面倒かけるんじゃねぇぞ」
「母ちゃんごめんね。怒らないで……って、痛い痛い!」
甘ったれた王茗の言葉に呂子星は拭くのをやめ、丸めたウェットティッシュで強めに叩き始めた。必死に逃げようとする王茗の腕をがっちり掴み、これでもかと恨みを込める。
ハラハラしながら見守る謝桑陽の横で自業自得だと笑って見ていると、騒がしい室内にコンコンと軽やかなノックの音が響いた。揉み合いになっていた二人の動きと声がぴたりと止まり、怪訝そうに顔を見合わせる。
「うるせぇって苦情きたかな?」
寮生がほとんど出払っているからと少し騒ぎすぎたかもしれない。
まだほとんど手を付けていない氷粉をテーブルに置き、呉宇軒は腰を上げた。
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