おにぎり食堂『そよかぜ』

如月つばさ

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看板犬・ぽんすけ

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 うちの店には、看板娘がいます。

 犬ですけれど。

 名前は、ぽんすけ。茶色い雑種の犬です。

 え?娘なのに何でぽんすけかって?

 出会ったときに、男の子だと勝手に思って、勢いでつけてしまったからです。

 1度、ぽんすけと呼んでしまったら、変えるわけにいきませんでした。

 だって、彼女は「ぽんすけ」と呼んだ私の声に、尻尾を力一杯ぶんぶん振って寄ってきたんです。

 その日から、ぽんすけなのです。

 因みに、ぽんすけは我が店の、第一号お客様。まずは、そのお話から。


 うちの店は酷い雨の日以外は、玄関や窓は開けっぱなし。

 開店したのは梅雨の真っ盛り。6月の半ばでした。

 その日も、3日連続で雨が降っており、お客さんも来ません。

 これからやっていく為に取り揃えた、お気に入りの食器を洗って拭いていた時です。

 しとしと雨だったので玄関は開けていたのですが、ふと見ると、茶色い塊がこちらに背を向けて寝ていました。

「こんにちは、わんちゃん」

「・・・」

「あら。無視するなんて失礼じゃないかしら?」

 その言葉が解るのか、頭をゆっくりと持ち上げ、こちらを振り向きました。

 あまり綺麗とは言えない毛並みのその中型犬は、何処かから逃げてきたのでしょうか?

「あなたの飼い主さん、心配してるんじゃない?」

「・・・」

「なにか食べる?」

「・・・」

 よし、と立ち上がり、エプロンを外して傘を手に取り外へ出ました。


「いきなり餌を分けて欲しいって、犬飼ったのか?」

 栗原さんというおじいさんは、大きな餌袋から私の持って来た袋いっぱいにドッグフードを移してくれました。

「いや、今日ふらりと店にやって来たんです。この辺で、茶色い雑種の犬を飼ってる人を知りません?まだ若い犬だと思うんですけど」

「知らんねぇ。河田さん所のうるさいコロしか。この辺は年寄りばかりだから、そんな若い犬を飼う人はおらんよ」

 栗原さんは「はいよ」と、パンパンのドッグフードの袋をドサッと私の腕に置きました。

「本格的に飼うことになったら、また取りにおいで」

「はい、ありがとうございます」

 頭を下げてそう言い、自分の店に急ぎました。


 もしかしたら、もう居なくなってたりして。

 そう思ったけど、その犬はまだ店の前で寝ていました。

「名前。何て呼ぼうかしら」

 そういえば、オスかメスかもちゃんと確認していないけれど。

「ぽんすけ!」

 人間なら聴こえないであろう距離から、思い付いた名前を叫んでみました。

 ピクッと耳が動き、こちらを振り向いたかと思うと、物凄い勢いで走ってきて、尻尾をぶんぶんと振りながら飛び掛かって顔中舐めまわします。

「あははっ。ちょっと、こらっ」

 それから、その犬の名前はぽんすけになりました。

 今思えば、私が餌を持っていたから喜んでいただけかもしれませんね。


 その日の晩、私は店の2階にある自室で、ぽんすけの飼い主探しのチラシを作る為に、似顔絵を描きました。

 夕方に一度止んだ雨が、窓の外でサーッと音を立てて降る夜でした。

 ぽんすけは、じーっと動かず私の動かす手を眺めています。

「・・・お腹すいたな」

 店の余っていたご飯で作っておいたおにぎりを、冷蔵庫から出して温め直し部屋に持ち帰ると、ぽんすけがドアを開けたところで待ち構えていました。

「ふふっ。めざといわねぇ」

 足にまとわりつくぽんすけを避けながら歩くと、うっかりバランスを崩したと同時に、おにぎりが転げ落ちたではありませんか。

 ぽんすけにしてみれば、棚からぼたもち。

 幸い、具も塩も使ってないただの米の塊なので、そのままプレゼントすることにしました。

「お客さん、来なかったからね。あなたがうちの第一号のお客様よ」

 こんな田舎町。

 人が誰も店の前を通らない事だってあります。


 ガツガツおにぎりを食べるぽんすけの背中を撫でながら、私は飼い主が見つかるまで責任もって飼うことを決めました。

「その日が来るまで。よろしくね。ぽんすけ」

 おにぎりを食べきったぽんすけは、ベランダへ出ていき、おしっこをしてしまいました。

「あ!あらら・・・ってあれ?あなた、女の子だったの?」

 座って用を足したぽんすけを見て、思わず笑ってしまいました。

 こうして、ぽんすけは『そよかぜ』の看板娘となったのです。
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