鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

文字の大きさ
168 / 261
五章 流浪

十六.上泉

しおりを挟む
  街道沿いに伯耆に入り、集落を訪れてみるが頭の深瀬は留守だった。
どうやら上泉こうずみの所に行っているらしいとの事。
そこで翔隆は目の包帯を取り、影疾かげときの轡を取って走って美作みまさか上泉こうずみがいる集落を目指した。


 集落に着くと、すぐに上泉こうずみのいる小屋に案内される。 
「翔隆様……!」 
上泉が驚いて立ち上がる。
その場に居る他の六人の者も驚愕して立ち上がった。
「ここに……深瀬がいると聞いて来たのだが………」
見れば、深瀬以外に因幡いなばの頭領である常葉いくは但馬たじまの頭領である柚木ゆのき、丹後・丹波の頭領である流合はぎえ相賀おうがまで揃っていた。
「…どうした? 何かの軍議か?」
「何を呑気な! 貴方が尾張を追い出されたと聞いて、今何処を探すかを話し合っていたのですよ!」
上泉こうずみが怒鳴るように言う。
「あ……済まん。書状をしたためていなかったな…………」
「すまんで済めばこんな会議をしたりしません! どれだけ心配をかけているか、お分かりかっ!」
叱り付けられて、翔隆はキョトンとして上泉を見た。
それを見ていた常葉いくはが吹き出して笑う。
「あっはははは!」
「常葉! 何がおかしい!」
「いや、済まない……つい、母御のようで…」
「母…っ!」
上泉が言葉を詰まらせると、皆が笑った。
「こうして無事だったのだし、良いではないか。もう陽も暮れる……子供らが腹を空かせているだろ」
相賀おうがが浅葱と樟美を見て言う。すると、浅葱は既に座り込んでいた。
「ああ、済まん………急いで来たものだから…飯もろくに食わせてなくて………」
翔隆が慌てて浅葱を立ち上がらせようとすると、柚木ゆのきが浅葱を抱き上げた。
「飯の支度、だな」
「う、うむ…」
気が抜けた上泉こうずみは、急いで夕餉の支度をさせた。

  夕餉が終えると浅葱は早々に眠りにつき、樟美は翔隆の後ろで眠い目を擦りながらも正座をして大人達の話を聞いていた。
半ば酒宴と化した中で、翔隆は皆と話をしながら、一族宛に文を書く。
そして酒を呑みながら、流合はぎえが喋る。
「いや、上泉こうずみから聞く話で我々も認めようと思ってきてみたら、上泉が真っ青な顔でウロウロとしているから何事かと皆を呼んだのだ」
「そうか…本当に済まなかったな上泉」
「い、いえ………初めから知らせて戴けていれば、私とて怒鳴ったりはしませんでした」
上泉は、少し恥ずかしげにしながらも冷静に言った。
「さっきまでどうしようかと不安がっていたくせに」 
相賀おうが!」 
そんな様子を見ながら、翔隆はくすりと笑う。
〈…仲が良いのだな…〉
頭領同士で連絡しあい、連携を取るのはとてもいい事だ。翔隆は文を書きながら話す。
上泉こうずみ
「はいっ?」
「四国と九州はどうにかなった。ここ一帯は狭霧が多いが、戦は慎重に、な……」
「はい…狭霧が多いのは事実。しかし、向こうの大将は出てきません」
「……弓景と志磨しま、だったか?」
「はい、よくご存じで……」
「弓景とは一戦交えた。志磨という男は口で下の者を動かすらしいな」
「そこまで……」
この旅で、翔隆は本当に一族の事を調べて回っているのだ、と皆 改めて感心した。
「何かあれば、尾張の邸に家臣達がいるから…援軍を要請すれば竹中や飛白かすりに知らせてくれる。安心してくれ」
「はい」
答えて、上泉こうずみは翔隆を見つめる。
以前、援軍に来て貰った時に陽炎と戦っていた翔隆の姿を思い出したのだ。
〈……この機に、迎えに上がりはしないのだろうか……?〉
その時の翔隆と陽炎からは、兄弟の事には何も触れないで欲しい、という思いが伝わってきた。
あの後から調べて、翔隆の養父・志木しぎを陽炎が目の前で殺し、翔隆をも殺そうとしたと知った。
それから、陽炎を憎み戦っているのだ、とーーーー。
〈…気持ちは……分からない訳では無い。しかし、戦いでしか………………いや?〉
上泉こうずみはふと、先代の羽隆うりゅう修隆おさたかを思い出す。
確か、羽隆はよく弟の清修せいしゅうと共に修隆に会いに行って、連れ出して遊んでいたと聞く……。
それは羽隆、すなわち〝嫡子〟からの接触だったから、戦わずに済んだのだ。
ならば、翔隆から陽炎に会いに行けばいいのではないか?
〈…いや……殺す為に乗り込もうとしていたと聞く……それでは駄目だ………〉
殺したい程憎い相手を、わざわざ味方にしようなどと、誰が説き伏せても聞き入れはしないだろう。
〈だから……か?〉
翔隆が憎むから、陽炎はあの掟を知られたくは無かったのではないのか?
 では、陽炎はどうなのだろうか?
陽炎も、翔隆を憎んでいるのだろうか………?
上泉こうずみ?」
ふいに声を掛けられて、上泉は皆を見た。
「えっ? な、何か……?」
「いや、何か悩み事か? 先程から呑んでいないが…」
翔隆が優しく聞いた。上泉は微苦笑して酒を呑む。
「いえ、何でもありません…」
そう言い、皆との話に耳を傾けた。
あの時の…ゾッとする陽炎の冷たい目を思い出し、何も聞けなくなってしまったのだ。

  翌日、翔隆ら一行は集落を出た。
上泉こうずみは複雑な心境で、その後ろ姿を見つめていた…。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...