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五章 流浪

十五.山中鹿介

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  それから翔隆は一応、山中鹿介幸盛に会う為に月山富田がっさんとだ城に向かった。
 毛利の軍勢が、そのまま白鹿しらが城を落とし、山中幸盛は見事に殿しんがりを務めている。
主君の存亡が掛かっている大事な時に会うのも悪いとは思うが、こちらも時が無い。
会ってくれるかどうかは分からないが、行くだけ行ってみる事にした。
翔隆は森の中で影疾かげときを止めて、包帯を取る。
「山中殿に会いに行ってくるから…頼むぞ」
「はい」「あい」
樟美が頼もしく答えて、続いて浅葱まで答えた。それに頷き、翔隆は月山富田城に向かう。

〈…果たして会って貰えるだろうか…〉
そんな不安を抱えながらも、翔隆は城の前に立つ。そして、門番に会釈をした。
「拙者、篠蔦三郎兵衛翔隆と申す牢人にござる。山中鹿介幸盛殿にお目通り願いたい」
「…しばし待たれよ」
そう言って門番は、中に取り次いでくれる。一刻程待つと、三の丸の一室に通され、そこで待つように言われた。
おとなしく正座して待っていると、凛々しい若者がやってきて座った。
「おれが山中幸盛だ。そこもと、仕官に参ったのか?」
「…お初にお目にかかる。私は不知火一族が長、翔隆と申す」
「不知火の…? ふーん…」
山中鹿介幸盛(十九歳)は顎に手を当てて、じろじろと翔隆を見つめ始める。
「ほー……ふぅん、其許そこもとが、噂の…ねえ…」
「噂…?」
嫌な予感がする。そもそも噂には、ろくなものは無い。
「我が儘で尊大、不遜で不死身だとか。敵将を一人討ち取り、敵の三人を味方に付けた…とか。仲々の知将振りよな」
味方…蒼司と弓香、雪孝の事か…。
「成り行きだ。私の力などではない…」
その答えに、幸盛はニヤリとする。
「ほほう…。そこで自慢でもしておごり高ぶるようならば、一刀の下に斬り捨てようかと思うたが、心得ておるな。いや、もしや無意識か?」
「考えながら喋るのは苦手なんだ。不器用でな…。それに、味方といっても、私が頼りないから補佐してくれているだけだろう」
「……随分と情けない事を、あっさりと言うのだな。其許そこもと、おれを引き入れる為に参ったのではなかったのか?」
「そのつもりだが……」
「残念ながら、おれは〝情けない奴、心の弱い奴、価値の無い奴〟が大嫌いでな。諦めろ」
ニッと笑いながら、幸盛が言う。
実にさっぱりした性格だ。その言葉に、翔隆はニコリと笑う。
「私も嫌いだ。それに…貴殿を見れば、不知火になど関わっている暇も無い事くらい、分かるし……嫌がる者を無理矢理に巻き込んだりはしたくない」
「何?」
「…貴殿は、不知火の者と通じてはいるものの、関わっていたくはなかろう? 今の主君にぞっこん惚れ込んでいるのだから…。他の事をするなどという暇も無いくらいに…」
そう言うと、幸盛は驚いた顔をする。
「ーーーよく分かるな…」
「…私と、同じだから…」
「…?」
「少し前……私も一人の主君以外、見向きもしなかったから」
「…誰の事だ?」
「…尾張の、織田信長様さ…。とても強くて恐ろしく……この世で唯一人…箒星ほうきぼしのようなお方だ」
「…いい顔をして、話すのだな」
そう言い幸盛は、初めて笑ってみせた。翔隆は微苦笑を浮かべて話す。
「…でも、私が色んな所に仕えるから解任されてしまったよ…」
「ほお………それで、どうするつもりだ? そのまま他家に仕えるのか?」
「…いや。一番の主君はあの方しかいない。…だから…例え嫌われていても、叱られようとも、何かあれば駆け付ける………必ず!」
そう言った後、二人は話が逸れた事に気が付いて笑い合った。
同じ星座の下に生まれた者同士、妙に気が合った。
いつの間にか幸盛は酒を持ち出して、盃に注いでくれる。
〈こんな人に、これ以上一族の話は野暮やぼだな…〉
翔隆はくすっと笑って、盃を戴いた。すると、幸盛は酒を呑みながら話し出す。
「……尼子はの…この出雲にとっては、無くてはならない存在なんじゃ」
幸盛は空に輝く三日月を見つめる。
「もう八十余年も出雲を支え、築いてこられたのだ。国人も、尼子を必要としている。なのに…毛利の禿げ狸めがでしゃばりおって…っ!」
幸盛は板間をダンッと叩いて、歯軋はぎしりをする。…それが余程悔しいのだろう…。
翔隆は黙って幸盛の話を聞く事にした。三日月を見つめながら、幸盛は喋る。
「おれは武功が立てたくて、あの三日月に願った。〝願わくば、我に七難八苦を与え給え〟、とな。そして一騎打ちで菊池音八を討ち取ったのだ。先祖代々よりの兜…三日月の前立てと鹿の角の脇立に恥じぬ働きを、これからもしていきたい」
「…戦いが好きなんだな」
「おう! おれは戦が好きだ…あの甲冑の音も、轡の音も蹄の音も………広い大地の上で人と人とが魂を懸けて戦う音も! 血が騒いでうずうずする。何より…尼子の為になると思えば、尚の事!」
その興奮は、よく分かる。
「尼子は確かに、毛利のように強くはない。だがおれは、どうしようもなく尼子が好きなんだ。民草が必要とし、出雲や…おれも他の重臣方にとっても必要不可欠な尼子が!」
翔隆はただ黙って頷く。事情もよく知らなければ、その尼子義久という人物が、どのような器の人か分からないからだ。
だが、魅力ある人物であり、出雲を築き上げてきたというのは分かった。
微笑んで見ていると、幸盛は喋り過ぎたのに気付き、何やら照れ臭そうにする。
「すまぬ……つい、おればかり喋り過ぎたようだな…」
「いや、構わないよ。そういう話は好きだから」
そう言って、翔隆は酒を注いでやる。
「……一族とやらの事は…この辺りの頭である忍坂おしざかに聞いてはいるが……」
「いいよ、分かっている」
「だが、何かあれば力になろう。其許そこもととは気が合うからな!」
「…かたじけない。そろそろ退出するよ。調略と勘違いされては困る故」
翔隆は酒を飲み干し、盃を置いて立ち上がる。
「……一つ、聞いても良いか?」
「何じゃ?」
「万が一にも……尼子が滅びてしまったら…貴殿はどうする?」
そう聞くと、幸盛は真顔になった。
「おれには尼子しかない。故に、この命ある限りお家再興の為だけに、戦い続けるさ!」
「そうか…」
翔隆は微笑して頷き、立ち去った。
 …永遠に一人の主君に、一つの御家に忠誠を誓い命を懸ける…………それがどれ程大変で…そして生きる支えとなるか…翔隆は身を以て知っている。
 とても羨ましい生き方だ。
だが、不知火一族の長として歩き始めた自分と、尼子の為だけに生きる山中幸盛では、立場が違い過ぎる。
 自分は、そうは生きられないのだと再認識して、翔隆は城を後にした。


 それから、子供達を連れて忍坂おしざかの下を訪れて、今までしてきたように口説いた。
忍坂おしざかは戸惑いながらも、上泉こうずみを助けた事を知っていて承知してくれた。
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