152 / 261
四章 礎
五十四.美濃の攻防〔二〕
しおりを挟む
北に回った光征と忠長は、辺りを警戒しつつ、集落を見張る。
と、ふいに忠長が《思考派》で光征に話し掛けた。
⦅なあ⦆
「…お…っ!?」
光征は左手で口を覆い、忠長を睨んで小声で言う。
(…お前…そんな術を身に付けているならいると言え! …驚いた…)
⦅わ、悪ぃ…そんなに驚くなんて思わなかったから…⦆
逆に忠長も驚きながら謝ると、光征はプッと笑う。
(…お陰で緊張が解けた。…それで、何が聞きたい?)
⦅弓栩羅ってのは、そんなに強いのか?⦆
(ああ、強いな。兵法に長け、異国の刀を持って戦っていた…)
⦅…俺達じゃ、どうしても足手まといなのか…?⦆
それを聞いて、光征は苦笑した。
(…それか……。翔隆様が陽炎と戦う時に、我らがいてお役に立つと思うか?)
それには、忠長も首を横に振る。
桶狭間の折でも、あの睦月が苦戦していた…。
(お一人の方が、誰の身を案ずる事なく戦いに集中出来る…そうだろう?)
言われて忠長は苦笑して頷いた。
東に回り込んだ蒼司と雪孝は、集落と前後に気を配りながら潜伏する。
(雪孝…)
(何だ?)
(…あの弓栩羅が来て……もしもの事があったら…妻と生まれくる子を、頼む)
唐突な蒼司の言葉に、雪孝は唖然とした。
(なっ……何を言うかっ! もしもなどとは有り得ぬ! どうしたのだ、お前らしくもない!)
詰め寄って言うと、蒼司は真顔で集落を見つめる。
(…翔隆様を信じている! ……信じていても…っ! あ奴の恐ろしさは…分かるであろうが!)
(………っ!)
蒼司の恐怖は、雪孝にもよく分かる…。
自分達はただの見回り役しかなかった頃から、弓栩羅は副将として活躍していた…。
自ら、色々な武器や兵糧、着物に至るまでをも作り出しては、大人達…宿老のような存在の人達に褒められ、己との差をまざまざと見せつけられていた…。
あの陽炎や清修でさえも弓栩羅を認めていたのだ。
実力主義の中で、二人はそれぞれ違う立場から、しかし同じように彼を妬み、嫉み、憧れ…そして畏怖した………。
しかし、今は違う。
今は〝翔隆〟という絶対的な主君に仕えて、実力も付けているのだ。
いつでも、危機に陥っても助けてくれる温かい手があるのだ。
………孤独だった頃とは、まるで違う。
二人は見つめ合って頷く。
(…我々は、翔隆様が家臣…)
(…共に、胸を張って戦おう!)
そう言い、二人は拳をコンと合わせて微笑んだ。
西に潜伏する疾風の下に、緋炎がやってくる。
(! いつの間に…)
『グウウ…』
(そうか…狼の援軍を連れてきてくれたのか)
疾風は微笑んで緋炎の顎を撫でる。
稲葉山に追い込む時に、狼と共に走れば効果的だろう。
(あ………しかし、味方だと分かるかどうか…)
(分かるでしょう)
ふいに声がした。後ろを見ると、狼の群れに囲まれた重虎が立っていた。
(こんなに尻尾を振って懐かれても、困りますがね)
(あ…しかし、蒼司達にも…)
すると、重虎が疾風の隣りにしゃがむ。
(心配無用。今、知らせに行かせました故に。…援軍到着まで、あと一時……一気に攻めて、弓栩羅をおびき出します)
(………承知)
予定通りに、西は信濃の援軍、東は近江の援軍が到着。
頃合いを見て、重虎が叫んだ。
「掛かれえぇいっ!」
その号令と共に三方から攻めて、一気に稲葉山の方角へと追い込んでいく。
――――と、北から攻め立てていた忠長の首に、革紐のような物が巻き付いた。
「ぐっ…!」
「忠長!」
すぐに光征がその長い鞭を刀で切り、庇うように身構えた。
…後ろに、弓栩羅が立っていたからだ…。
不敵な笑みを浮かべ、両手に異形な武器を持っている。
「忠長、走れ!」
「嫌だっ………けど行くぜ!」
今回ばかりは、我が儘を言っていられない。
これは主君・翔隆の〝策〟なのだ……失敗させる訳にはいかないのだ。
光征は、両手にそれぞれ刀を持って対峙した。
「おや? お前は狭霧か……ふふふ…面白い獲物を見付けましたねぇ」
「……………」
光征は、何も言わずに慎重に間合いを取り、動向を見極める。
「何か、お話ししないんですか? 逃げた童は…どうでもいいですけれどねえ…ええ、罠に掛かっていなければ」
「!」
つい、その言葉に張り詰めていた〝気〟を四散させてしまう。
〈――――しまった!〉
思うと同時に、弓栩羅が鎌のような物を投げてきた。
ギィン… それは目前で弾かれ、目の前に翔隆が現れる。
「早く行け!」
「はい!」
答えて振り返る間もなく、光征は走り去った…。
すると、弓栩羅は甲高い笑い声を響かせる。
「ふふ…あはは…アーッハハハハハハハッ!」
「…雪辱、晴らさせてもらうぞ!」
そう言い翔隆は一気に弓栩羅の懐に入り込み、鋭く斬り付けていく。
弓栩羅は楽しげに笑ったまま、それを左手に持った幅広の短刀のような物で弾いていった。(ジャマダハル。インドの武器)
右手には何か木切れのような物を持っている…。(ブーメラン)
何に使う物か………。
「ふふふ…また、逢えましたねえ……不知火の嫡子」
「大将はどうした? 不在か? 金華山か」
翔隆は珍しく戦いながら喋る。
「ご想像に、お任せしますよ」
「もはや、お前らの拠点は落ちたぞ」
「そのようですねえ。一人で、私のお相手をして下されるのですか?」
…どれ程の切り込みや突きをしても、弓栩羅は微笑を消さずに弾いている。
陽炎を相手にするのとは、勝手がまるで違う…。
ただがむしゃらに戦うのではなく、次の一手を考え、相手の武器と動きに注意しながら戦うなどと、初めての事だ…。
翔隆は冷静に徹するよう努める。
「私が相手では不服か」
「いいえ、恐悦至極ですよ!」
笑って弓栩羅は反撃してきた。
左手一つで、しかも二本の鉄の棒に付けたような刃は、突きに適しているようだ。
翔隆は咄嗟に剣を捨て、両手に短刀を持って応戦する。
「インドの民族の武器ですよ…一つ、陽炎殿が持ち帰ってくれましてねえ!」
「陽炎が…」
「名は知りませんがね、使い心地は良いですよ」
また改良した武器のようだ…その鋭い刃は触れるだけで切れる…。
接戦しての攻防……それは、互角であった。
「……おや? お仲間ですか…?」
弓栩羅の言葉に、ちらりと後方を見ると、待機している蒼司と雪孝の姿が見えた。
「―――!?」
一族を稲葉山に追い込み、弓栩羅との戦いには決して近寄るなと命じた筈…!
「あれは嵩美と椎名の末っ子………いい獲物ですね!」
弓栩羅はニヤリとして、右手に持った木切れのような物を投げた。
それは回転しながら円を描き、蒼司と雪孝を薙ぎ払った。
翔隆は離れる為にバッと地を蹴り宙に舞うが、弓栩羅も同じように飛び、ぴったりとくっついてきた。
「くっ…!」
「足元が隙だらけですよ!」
そう言い弓栩羅は翔隆の足に縄を引っ掻け、そのまま落下させる。
「――――っ!」
このまま地面に叩き付けられたら負ける!
そう思った時、蒼司と雪孝が左右から弓栩羅に切り掛かり、注意を逸らしたので翔隆は足の縄を切って地に降り立つ。と、二人が前に立つ…。
「何故来た! さっさと退け!」
翔隆が怒鳴るが、二人は間合いを取ったまま動こうとしない。
「こ奴の武器は、我々の方が見知っています!」
「我らは貴方様の家臣、盾なのですよ!」
蒼司と雪孝が叫ぶと、疾風と緋炎も駆け付けてきた。
「兄者! 今だ!」
そう言い疾風はピーッと口笛を吹く。
すると、先程の狼達が今度は弓栩羅目掛けて突っ込んでいく。
⦅富士に追うのならば今が好機ですぞっ!⦆
そう《思考派》が聞こえ、前方を見ると槍を持った重虎と光征がいた。
皆、厄介な弓栩羅は富士に追い込もうという意志を知っていて、それぞれに援護しにきたのだ…。
〈馬鹿共が…〉
万が一にも、死ぬかもしれぬというのにも関わらず……翔隆は、微苦笑を浮かべながらも、狼達と共に走り出す。
「…各々役目を見極めよ!」
「はっ!」
答えてそれぞれが弓栩羅の逃げ場を塞ぎ、そのまま信濃に入った。
弓栩羅は追われる事すら楽しんでいるかのように狼を殺しながら、木切れを投げて薙ぎ払う。
その合間に疾風や光征、翔隆、重虎らが交互に弓栩羅に切り掛かり、蒼司は《炎》を投げ、雪孝が短刀やくない等を投げ付けていく。
その内に、弓栩羅の表情から笑みが消える。
「…名残惜しいですが、ここでお別れです」
そう言い、弓栩羅は旋風を起こし目を眩ますと、姿を消した…。
「奴の逃げ場を追え!」
疾風が緋炎に言い、緋炎が狼達と共に匂いを辿って走っていく…。
翔隆らは、立ち止まってそれを見送った。
まだ油断はならない…それぞれに警戒しつつ翔隆の下に集まる。
「諏訪郡の集落で待ちますか? それとも―――…」
重虎が聞くと翔隆はフッと笑う。
「いや、美濃に戻るぞ」
それに頷き、翔隆達は忠長が待つ集落へと戻った。
美濃の集落に着くと、忠長が出迎える。
「翔隆様! ご無事で!」
それに真顔で頷くと、翔隆は振り返り疾風達を《風》で薙ぎ払って怒鳴る。
「独断で加勢に来て、私が喜ぶと思ったか?!」
「申し訳、ございません!」
疾風と蒼司、雪孝、光征がひれ伏し、重虎が膝を撞く。
「申し開きの仕様もござらん。されど、全ては主君を案じての事。…お叱りならば如何様にも、覚悟の上にござれば」
重虎が言うと、皆頷いて平伏した。
…その様を見て、翔隆は苦笑する。
その気持ちも言動も、己が一番身に染みて良く分かるからだ。
「…もういい。よく、やったな」
「翔隆様…」
「一人でやろうとした私にも責がある。さ、緋炎が戻るのを待つぞ」
そう言って翔隆は笑って小屋に入っていく。皆は再度一礼し、それに続いた。
緋炎が戻ってきたのは一時後。
弓栩羅は策通りに富士に入った…。
残る狭霧は皆、稲葉山城にいるとの事。
これで、制圧間近だ…。
翔隆は事後処理をした後、重虎を残して尾張に帰った。
と、ふいに忠長が《思考派》で光征に話し掛けた。
⦅なあ⦆
「…お…っ!?」
光征は左手で口を覆い、忠長を睨んで小声で言う。
(…お前…そんな術を身に付けているならいると言え! …驚いた…)
⦅わ、悪ぃ…そんなに驚くなんて思わなかったから…⦆
逆に忠長も驚きながら謝ると、光征はプッと笑う。
(…お陰で緊張が解けた。…それで、何が聞きたい?)
⦅弓栩羅ってのは、そんなに強いのか?⦆
(ああ、強いな。兵法に長け、異国の刀を持って戦っていた…)
⦅…俺達じゃ、どうしても足手まといなのか…?⦆
それを聞いて、光征は苦笑した。
(…それか……。翔隆様が陽炎と戦う時に、我らがいてお役に立つと思うか?)
それには、忠長も首を横に振る。
桶狭間の折でも、あの睦月が苦戦していた…。
(お一人の方が、誰の身を案ずる事なく戦いに集中出来る…そうだろう?)
言われて忠長は苦笑して頷いた。
東に回り込んだ蒼司と雪孝は、集落と前後に気を配りながら潜伏する。
(雪孝…)
(何だ?)
(…あの弓栩羅が来て……もしもの事があったら…妻と生まれくる子を、頼む)
唐突な蒼司の言葉に、雪孝は唖然とした。
(なっ……何を言うかっ! もしもなどとは有り得ぬ! どうしたのだ、お前らしくもない!)
詰め寄って言うと、蒼司は真顔で集落を見つめる。
(…翔隆様を信じている! ……信じていても…っ! あ奴の恐ろしさは…分かるであろうが!)
(………っ!)
蒼司の恐怖は、雪孝にもよく分かる…。
自分達はただの見回り役しかなかった頃から、弓栩羅は副将として活躍していた…。
自ら、色々な武器や兵糧、着物に至るまでをも作り出しては、大人達…宿老のような存在の人達に褒められ、己との差をまざまざと見せつけられていた…。
あの陽炎や清修でさえも弓栩羅を認めていたのだ。
実力主義の中で、二人はそれぞれ違う立場から、しかし同じように彼を妬み、嫉み、憧れ…そして畏怖した………。
しかし、今は違う。
今は〝翔隆〟という絶対的な主君に仕えて、実力も付けているのだ。
いつでも、危機に陥っても助けてくれる温かい手があるのだ。
………孤独だった頃とは、まるで違う。
二人は見つめ合って頷く。
(…我々は、翔隆様が家臣…)
(…共に、胸を張って戦おう!)
そう言い、二人は拳をコンと合わせて微笑んだ。
西に潜伏する疾風の下に、緋炎がやってくる。
(! いつの間に…)
『グウウ…』
(そうか…狼の援軍を連れてきてくれたのか)
疾風は微笑んで緋炎の顎を撫でる。
稲葉山に追い込む時に、狼と共に走れば効果的だろう。
(あ………しかし、味方だと分かるかどうか…)
(分かるでしょう)
ふいに声がした。後ろを見ると、狼の群れに囲まれた重虎が立っていた。
(こんなに尻尾を振って懐かれても、困りますがね)
(あ…しかし、蒼司達にも…)
すると、重虎が疾風の隣りにしゃがむ。
(心配無用。今、知らせに行かせました故に。…援軍到着まで、あと一時……一気に攻めて、弓栩羅をおびき出します)
(………承知)
予定通りに、西は信濃の援軍、東は近江の援軍が到着。
頃合いを見て、重虎が叫んだ。
「掛かれえぇいっ!」
その号令と共に三方から攻めて、一気に稲葉山の方角へと追い込んでいく。
――――と、北から攻め立てていた忠長の首に、革紐のような物が巻き付いた。
「ぐっ…!」
「忠長!」
すぐに光征がその長い鞭を刀で切り、庇うように身構えた。
…後ろに、弓栩羅が立っていたからだ…。
不敵な笑みを浮かべ、両手に異形な武器を持っている。
「忠長、走れ!」
「嫌だっ………けど行くぜ!」
今回ばかりは、我が儘を言っていられない。
これは主君・翔隆の〝策〟なのだ……失敗させる訳にはいかないのだ。
光征は、両手にそれぞれ刀を持って対峙した。
「おや? お前は狭霧か……ふふふ…面白い獲物を見付けましたねぇ」
「……………」
光征は、何も言わずに慎重に間合いを取り、動向を見極める。
「何か、お話ししないんですか? 逃げた童は…どうでもいいですけれどねえ…ええ、罠に掛かっていなければ」
「!」
つい、その言葉に張り詰めていた〝気〟を四散させてしまう。
〈――――しまった!〉
思うと同時に、弓栩羅が鎌のような物を投げてきた。
ギィン… それは目前で弾かれ、目の前に翔隆が現れる。
「早く行け!」
「はい!」
答えて振り返る間もなく、光征は走り去った…。
すると、弓栩羅は甲高い笑い声を響かせる。
「ふふ…あはは…アーッハハハハハハハッ!」
「…雪辱、晴らさせてもらうぞ!」
そう言い翔隆は一気に弓栩羅の懐に入り込み、鋭く斬り付けていく。
弓栩羅は楽しげに笑ったまま、それを左手に持った幅広の短刀のような物で弾いていった。(ジャマダハル。インドの武器)
右手には何か木切れのような物を持っている…。(ブーメラン)
何に使う物か………。
「ふふふ…また、逢えましたねえ……不知火の嫡子」
「大将はどうした? 不在か? 金華山か」
翔隆は珍しく戦いながら喋る。
「ご想像に、お任せしますよ」
「もはや、お前らの拠点は落ちたぞ」
「そのようですねえ。一人で、私のお相手をして下されるのですか?」
…どれ程の切り込みや突きをしても、弓栩羅は微笑を消さずに弾いている。
陽炎を相手にするのとは、勝手がまるで違う…。
ただがむしゃらに戦うのではなく、次の一手を考え、相手の武器と動きに注意しながら戦うなどと、初めての事だ…。
翔隆は冷静に徹するよう努める。
「私が相手では不服か」
「いいえ、恐悦至極ですよ!」
笑って弓栩羅は反撃してきた。
左手一つで、しかも二本の鉄の棒に付けたような刃は、突きに適しているようだ。
翔隆は咄嗟に剣を捨て、両手に短刀を持って応戦する。
「インドの民族の武器ですよ…一つ、陽炎殿が持ち帰ってくれましてねえ!」
「陽炎が…」
「名は知りませんがね、使い心地は良いですよ」
また改良した武器のようだ…その鋭い刃は触れるだけで切れる…。
接戦しての攻防……それは、互角であった。
「……おや? お仲間ですか…?」
弓栩羅の言葉に、ちらりと後方を見ると、待機している蒼司と雪孝の姿が見えた。
「―――!?」
一族を稲葉山に追い込み、弓栩羅との戦いには決して近寄るなと命じた筈…!
「あれは嵩美と椎名の末っ子………いい獲物ですね!」
弓栩羅はニヤリとして、右手に持った木切れのような物を投げた。
それは回転しながら円を描き、蒼司と雪孝を薙ぎ払った。
翔隆は離れる為にバッと地を蹴り宙に舞うが、弓栩羅も同じように飛び、ぴったりとくっついてきた。
「くっ…!」
「足元が隙だらけですよ!」
そう言い弓栩羅は翔隆の足に縄を引っ掻け、そのまま落下させる。
「――――っ!」
このまま地面に叩き付けられたら負ける!
そう思った時、蒼司と雪孝が左右から弓栩羅に切り掛かり、注意を逸らしたので翔隆は足の縄を切って地に降り立つ。と、二人が前に立つ…。
「何故来た! さっさと退け!」
翔隆が怒鳴るが、二人は間合いを取ったまま動こうとしない。
「こ奴の武器は、我々の方が見知っています!」
「我らは貴方様の家臣、盾なのですよ!」
蒼司と雪孝が叫ぶと、疾風と緋炎も駆け付けてきた。
「兄者! 今だ!」
そう言い疾風はピーッと口笛を吹く。
すると、先程の狼達が今度は弓栩羅目掛けて突っ込んでいく。
⦅富士に追うのならば今が好機ですぞっ!⦆
そう《思考派》が聞こえ、前方を見ると槍を持った重虎と光征がいた。
皆、厄介な弓栩羅は富士に追い込もうという意志を知っていて、それぞれに援護しにきたのだ…。
〈馬鹿共が…〉
万が一にも、死ぬかもしれぬというのにも関わらず……翔隆は、微苦笑を浮かべながらも、狼達と共に走り出す。
「…各々役目を見極めよ!」
「はっ!」
答えてそれぞれが弓栩羅の逃げ場を塞ぎ、そのまま信濃に入った。
弓栩羅は追われる事すら楽しんでいるかのように狼を殺しながら、木切れを投げて薙ぎ払う。
その合間に疾風や光征、翔隆、重虎らが交互に弓栩羅に切り掛かり、蒼司は《炎》を投げ、雪孝が短刀やくない等を投げ付けていく。
その内に、弓栩羅の表情から笑みが消える。
「…名残惜しいですが、ここでお別れです」
そう言い、弓栩羅は旋風を起こし目を眩ますと、姿を消した…。
「奴の逃げ場を追え!」
疾風が緋炎に言い、緋炎が狼達と共に匂いを辿って走っていく…。
翔隆らは、立ち止まってそれを見送った。
まだ油断はならない…それぞれに警戒しつつ翔隆の下に集まる。
「諏訪郡の集落で待ちますか? それとも―――…」
重虎が聞くと翔隆はフッと笑う。
「いや、美濃に戻るぞ」
それに頷き、翔隆達は忠長が待つ集落へと戻った。
美濃の集落に着くと、忠長が出迎える。
「翔隆様! ご無事で!」
それに真顔で頷くと、翔隆は振り返り疾風達を《風》で薙ぎ払って怒鳴る。
「独断で加勢に来て、私が喜ぶと思ったか?!」
「申し訳、ございません!」
疾風と蒼司、雪孝、光征がひれ伏し、重虎が膝を撞く。
「申し開きの仕様もござらん。されど、全ては主君を案じての事。…お叱りならば如何様にも、覚悟の上にござれば」
重虎が言うと、皆頷いて平伏した。
…その様を見て、翔隆は苦笑する。
その気持ちも言動も、己が一番身に染みて良く分かるからだ。
「…もういい。よく、やったな」
「翔隆様…」
「一人でやろうとした私にも責がある。さ、緋炎が戻るのを待つぞ」
そう言って翔隆は笑って小屋に入っていく。皆は再度一礼し、それに続いた。
緋炎が戻ってきたのは一時後。
弓栩羅は策通りに富士に入った…。
残る狭霧は皆、稲葉山城にいるとの事。
これで、制圧間近だ…。
翔隆は事後処理をした後、重虎を残して尾張に帰った。
20
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる