83 / 261
三章 廻転
二十一.武田義信の初陣
しおりを挟む
それから翔隆は、また武田家に向かった。
武田義信(十八歳)が、初陣で信州の伊那郡を攻めたからだ。
〝戦には必ず参戦する〟という約束が果たせなかったので、そのお詫びに行ったのだ。
躑躅ヶ崎館に着くと、火焼間に通される。
正座をして待っていると、武田晴信(三十五歳)と義信父子がやってきた。
「お久しゅうござりまする」
翔隆は深々と頭を下げた。すると、晴信は苦笑して言う。
「うむ。面を上げよ。真に律義な奴よ」
「恐れ入りまする」
翔隆は顔を上げて、ニコリと微笑む。そして、義信を見つめた。
「初陣、おめでとうござりまする」
「ん…」
義信は、どこか照れくさそうに言う。
すると、晴信が茶を飲んで翔隆を見た。
「そういえば、仕えろと言っておきながら、何にするか決めていなかったな」
「は?」
「小姓で良いか?」
位の事である。
翔隆は、ああ、と今更気付いて苦笑した。
「小姓…ですか。俺はもう二十歳ですが…」
「二十歳? 十四・五にしか見えぬが…そうか。ならば近習だな」
晴信は驚きながらも言った。
小姓も近習も似たようなものだが…と思いながらも、翔隆は平伏する。
「はっ。しかし…いつも来られるとは限りませぬが…」
「分かっておる。織田が一の主家であろう?」
「はい」
自信を持って答えると、晴信も義信も苦笑した。
「堂々と言うものだな」
義信が言うと、翔隆は微笑む。
「始めに晴信様に申し上げました故…。何もやましい事はございません」
翔隆がキッパリと言うと、晴信は更に苦笑した。
「…そうであったな。ゆるりとするがいい」
そう言い、晴信は間を後にした。
二人きりになると、義信は茶を飲んで外を見た。
「…初陣といってもな、さして褒められもしない」
突然、言葉にした。まだ晴信は、四郎の方を溺愛しているようだ。
「義信様………」
何と言っていいか、分からなかった。
励ましや慰めなど、言った所でどうにもなりはしないからだ。
「済まんな、こんな愚痴など…」
「いえ……」
翔隆は眉を寄せて答える。…こんな時に、気の利いた言葉が出ない…。
〈嫡子だというのに…晴信様も、かつての信秀様のように…弟の方が可愛いのだろうか…〉
そう思い、翔隆は悲しくなった。
晴信は父親に疎んじられていたから、気持ちは分かる筈なのだが…。
「義信様」
「ん…?」
「どうか、気を落とさないで下さいませ。かつて、晴信様も初陣では叱責された、と教わっておりまする。大事なのはこれから、ではございませんか?」
真面目に言うと、義信は微笑んだ。
「ん………そうだな…。礼を言う」
「いえ…。義信様でしたら、良き当主になられまする」
穏やかな笑みで言うと、義信も微笑した。
それから、しばし話をして四郎にも会って話をして甲斐を出た。
〈…大丈夫だ。きっと…〉
そう思い、尾張に帰った。
武田義信(十八歳)が、初陣で信州の伊那郡を攻めたからだ。
〝戦には必ず参戦する〟という約束が果たせなかったので、そのお詫びに行ったのだ。
躑躅ヶ崎館に着くと、火焼間に通される。
正座をして待っていると、武田晴信(三十五歳)と義信父子がやってきた。
「お久しゅうござりまする」
翔隆は深々と頭を下げた。すると、晴信は苦笑して言う。
「うむ。面を上げよ。真に律義な奴よ」
「恐れ入りまする」
翔隆は顔を上げて、ニコリと微笑む。そして、義信を見つめた。
「初陣、おめでとうござりまする」
「ん…」
義信は、どこか照れくさそうに言う。
すると、晴信が茶を飲んで翔隆を見た。
「そういえば、仕えろと言っておきながら、何にするか決めていなかったな」
「は?」
「小姓で良いか?」
位の事である。
翔隆は、ああ、と今更気付いて苦笑した。
「小姓…ですか。俺はもう二十歳ですが…」
「二十歳? 十四・五にしか見えぬが…そうか。ならば近習だな」
晴信は驚きながらも言った。
小姓も近習も似たようなものだが…と思いながらも、翔隆は平伏する。
「はっ。しかし…いつも来られるとは限りませぬが…」
「分かっておる。織田が一の主家であろう?」
「はい」
自信を持って答えると、晴信も義信も苦笑した。
「堂々と言うものだな」
義信が言うと、翔隆は微笑む。
「始めに晴信様に申し上げました故…。何もやましい事はございません」
翔隆がキッパリと言うと、晴信は更に苦笑した。
「…そうであったな。ゆるりとするがいい」
そう言い、晴信は間を後にした。
二人きりになると、義信は茶を飲んで外を見た。
「…初陣といってもな、さして褒められもしない」
突然、言葉にした。まだ晴信は、四郎の方を溺愛しているようだ。
「義信様………」
何と言っていいか、分からなかった。
励ましや慰めなど、言った所でどうにもなりはしないからだ。
「済まんな、こんな愚痴など…」
「いえ……」
翔隆は眉を寄せて答える。…こんな時に、気の利いた言葉が出ない…。
〈嫡子だというのに…晴信様も、かつての信秀様のように…弟の方が可愛いのだろうか…〉
そう思い、翔隆は悲しくなった。
晴信は父親に疎んじられていたから、気持ちは分かる筈なのだが…。
「義信様」
「ん…?」
「どうか、気を落とさないで下さいませ。かつて、晴信様も初陣では叱責された、と教わっておりまする。大事なのはこれから、ではございませんか?」
真面目に言うと、義信は微笑んだ。
「ん………そうだな…。礼を言う」
「いえ…。義信様でしたら、良き当主になられまする」
穏やかな笑みで言うと、義信も微笑した。
それから、しばし話をして四郎にも会って話をして甲斐を出た。
〈…大丈夫だ。きっと…〉
そう思い、尾張に帰った。
10
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~
bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる