鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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三章 廻転

十二.春の胡蝶

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 桜の白さが日に透けて美しい四月。
信長の弓矢の練習を見ている所に、帰蝶と犬姫(五歳)と市姫(八歳)、喜六郎きろくろう秀孝(十四歳)までもが来る。
「ど、どうされました?!」
翔隆が驚いて立ち上がって駆け寄る。
と、帰蝶はにこやかに言う。
「翔隆、春になりましたよ」
その帰蝶の言葉に、翔隆は更に驚いた。
「…え、アレ本当にやるんですか…。喜六郎様は…?」
「何やら、お市がしきりに誘うので参ったのだ。蝶々が沢山見られる、と」
そう翔隆に言ってから、喜六郎は信長を見る。
「兄上さま、こ奴は父上の葬儀の時に居た鬼ですよね?」
「…うむ。早う行って参れ」
「兄上さまは行かないのですか?」
「虫の事は見ているから良い」
「の…お屋形様」
素っ気ない信長に、翔隆が耳打ちする。
(喜六郎様は、共に見て回りたくて参られたのですよ)
まことか?」
クルッと喜六郎を見て聞く。
「…はい?」
当然聞こえている筈もなく、分からなさそうに首を傾げた。
そんな喜六郎を見て笑い、信長は弓を置く。
「ん、では参るか」


供として前田犬千代と池田勝三郎、佐々内蔵助、丹羽長秀、塙直政、森可成を連れて行く。
歩いていくと、早速白い蝶々が飛んできた。
「あれは?」
犬姫が翔隆に聞く。
「白蝶…あ、紋があるように見えるからモンシロチョウですよ」
「子供はどれ?」
「えーと…確かナズナとかアブラナとか…ああ、ほらこれですよ」
そう言ってヒョイと手の平に転がして見せると、やはり犬姫は驚いて逃げた。
「きゃあ! 動いてる!」
「どれ」
濃姫がじーっと見てから、去っていくモンシロチョウを見る。
「…随分、羽が大きくなるのですね」
「お濃の方様は、あちらのアゲハでしょうね」
翔隆が言う目線の先にアゲハ蝶がいる。
「そうですね…では、暇そうな殿に、まだ赤子である妾の化身を探してきて頂きましょうか」
帰蝶が言うと、信長はあくびをしながらアゲハ蝶を見る。
「…とび」
「虫の事は見て知っている…そう申されましたな」
〝翔隆〟と言おうとしたのを遮って帰蝶が言うと、信長はクッと喉を鳴らして笑う。
「ああ言ったな…」
そう言いながら、信長はその辺の草から青虫を拾ってきた。
「これは」
そう言って見せてきたのは大きな茶色い芋虫。
「あー…」
翔隆は言っていいのか悪いのか迷いながらも言う。
「それは、夜になると動き出すヨトウムシです…蛾になります」
そう言うとゴンとゲンコツをもらった。
「何故そんなモンが分かるのじゃ!」
「その、睦月に習いまして…小さい頃に、虫を育ててたら、教えてくれましたので…。ずっと物陰に隠れていて、夜になると葉を盗んで食べるから夜盗虫ヨトウムシなのだ、と…」
「………」
信長は何も言わずに芋虫を捨てる。
育てたのなら、確実に分かるのだろう。
「アレは、どんな虫だ」
信長が不機嫌に言う。
「その…だいだいの葉っぱを食べます」
そう聞いて、皆で見に行く。
すると、黒いのや茶色い虫、縞模様の青虫も居た。
「ああ、これがお濃になるのか」
そう言って信長が木の枝を持つと、青虫は橙色の触覚を出して威嚇し、辺りに微妙な臭さが漂う。
「臭…え? 橙の匂い?」
喜六郎秀孝が仰ぎながら言う。
「…妾は角など出さぬが?」
何やらこちらも不機嫌そうだ。
「姉上さまはあちらの胡蝶の方でしょう? 見たいと言っておいて怒るのは、こ奴が可哀想ですよ」
笑いながら喜六郎秀孝が言ってくれたので、険悪さは無くなった。
虫ばかり見てはつまらないだろうと思い、翔隆はナズナの葉を切れないように下にめくって犬姫の前でクルクルと回す。
「あ、待って、音がする!」
「中々面白いでしょう?」
その様を見て、市姫も真似をしてみた。
「ふふ…可愛い音」
そこに、信長がやってきて手に丸まったダンゴムシを持って見せる。
「ほら、遊べるぞ」
「…なにこれ…」
「きゃあ足いっぱい!」
市姫が逃げて帰蝶の足に抱き着く。
犬姫はそのダンゴムシを地面に置いたり突付いて丸めたりしている。
どうやら犬姫の方が好奇心旺盛なようだ。

その後は、シジミチョウや他の虫などを見た。
春の花を見て香りを楽しんだり、笹で小舟を作って小川に流したり、花を摘んだり胡蝶の後を追いかけて小川にはまったりしながら城に帰った。

翔隆はそのまま姫達の伽をする事になった。
伽と言っても、寝付くまでのお伽話をする役だ。
「そうですね…昔、オタマジャクシがカエルになる所を見たくて、樽に入れて寝てたんです。そしたら朝に小屋中でカエルがぴょんぴょん跳ねてしまって、捕まえるのが大変で!」
「うふふふ」
「あははは」
その夜は、部屋の外まで姫達の楽しげな笑い声が聞こえていた。
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