鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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二章 変転

十一.友

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 十一月、いつ姫の輿の一行が駿河へ旅立った。
 
翔隆は美濃、三河と回り、遠江まで護衛に付き添った。
「姫様、俺はここまでしか行けません。くれぐれもお体、おいとい下さりませ」
「…色々と、ありがとう。死ぬまでこの御恩は忘れませぬ」
「いいえ。お達者で…」
翔隆は涙を悟られないように、一礼した。
輿が持ち上げられ、垂れの隙間から藺姫が深く、頭を下げるのが見えた。
…今までの、楓との思い出が過る。いつも明るくて、優しくて大好きだった〝姉〟。
道三の養女となり、今度は今川に行ってしまう事になるなんて……!
〈姉さん……お元気で………!〉
翔隆は一行が見えなくなるまで、ずっと深く一礼していた。
 これで、良かったのだろうか…?
いっそ、一族の記憶を取り戻した方が、幸せだったのではなかろうか?
 ―――だが、一族であれば…いつまた戦うかもしれない危険が付いてくる…。
〝人〟として、生きる方が……楓には合っているのかもしれない。
そう思い、翔隆はその場を後にした。
 
 帰りは遠江から、すぐ信濃に入った。
頭に入っている情報だけでは、地理は良く判らない。
この目で見て覚えなくては、と思い遠回りして歩いて帰る事にしたのだ。
 
歩いていく内に、〝後〟を付けられている事に気が付く。
この〝気〟は、人間のものではない。
 
  ―――狭霧………不知火…?
 
いや、そのどちらでもない。
だがおかしな事に、敵意も何もない。
別段、襲ってくる気配も無く、ただ後を付けてくるだけだ。
〈…気味が悪いな…〉
そう思って振り返った瞬間、辺りの景色がいきなり変わった。
「うっ……」
 
  ここは…?
 
 …広い草原。
遠くに山々が見える。
とても、美しい所だ。
 
まさか、黄泉の国などというのではないだろうな…。
そう思った時、すぐ目の前に岩が現れた。
〈まさか、夢…?〉
白昼夢……にしてはおかしい。
眠った覚えはないし…こんな事は初めてだ。
そう思ったらその岩の上に、少年が現れて座る。
⦅どうしたんだ?⦆
少年は、ごく普通に《思考派》で話し掛けてきた。
…どこか、民族っぽい着物に、黒い髪。
ただ、瞳の色だけが藍色で………!
〈えっ?! 嫡子の証の目の色……!〉
戸惑っていると、少年はくすっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
⦅…やっと〝嫡男〟として動き出したのだな、翔隆⦆
「えぇっ?! なっ、なんで俺の名を―――っ」
⦅当り前ではないか。よく、遊んだだろう?⦆
 サアァーと景色が流れ、幼い…二・三歳の自分が見えた。
 その側には、藍色の瞳のこの少年だと一目で判る同じ歳の子がいて、二人で無邪気に虫を捕って遊んでいる。
 
「…そういえば、小さい頃によく誰かと遊んだ記憶が…お主だったのか。いつの間にか、居なくなっていたな……」
そう思い出したら景色が、戻った。
⦅また名前を忘れたのか? 仕様のない奴だなぁ…俺の名は、あ・き・は。暁の羽と書いて、暁羽だ。…いい加減に覚えてくれよ? 友垣であろうが⦆

そういえば幼いながらに
 「ともがきだぞ!」
などと、約束したような覚えがある。

「…しかしこんな…変な所で会おうとは、思いもしなかった…一体、これは何なのだ?」
⦅俺の造り出した《幻術の場所》。なんの支障も無いから案ずるな⦆
《術》で造り出した場所………ここが?!
《術》でこんな事が出来るなんて、思ってもみなかった。
しかも同じ年の暁羽あきはが、こんなに凄い術を使いこなせるなどとは…。
⦅何をそんなに驚いている? お主とてこのくらい出来るようになる⦆
そう言われても、実感が持てない。
⦅ふふ…。しかし、相変わらず無茶ばかりするな。相手が理解出来る者だったから、良かったものの…そんな事を続けていては、身が持たんし早死にするぞ⦆
とは、源助げんすけに会った時の事だ。
「不吉な事を…。ああでもしなければ、信用されなかったのだから仕方あるまい」
⦅〝仕方無い〟か……そうだな。だがな、気を付けろよ。これから先―――…一人でそんな事をやり続けていけば、大変な目に合う。…何もかもを一人でやろうと思うのは、大きな間違いであり、とんでもない事態を招くぞ?⦆
その言葉に、翔隆はムッとする。
「一人で何もかもやらねばなるまい! 誰も居ないではないかっ! 頼れる者など、誰もっ…」
それが、本音だ。
⦅…今は、居なくとも…その内現れる。いや、見付けていくのはお主だ。現に、もう二人も居るではないか。桜弥と、源助が⦆
「まだ子供だ」
⦅だが、お主よりもしっかりしている⦆
…それは、認める。
⦅お主は、何時まで経っても子供の頃のままだ。それがいい所と言えば、いい所でもあるのだが…。俺は、時折お主が羨ましく思えるよ⦆
「…どこが羨ましいものか。義成にも裏切られて…訳の分からぬまま戦って…。こんな事で、俺は本当に一族を、説得出来るのかどうか…」
一族の事すら把握していないまま、進んできてしまった。
これは弱音だ…。
暁羽は、ふっと笑って翔隆の肩を叩く。
⦅大丈夫。お主ならば出来る! もっと自分を信じろ。今は、一人でやるしかないのだろう? 信長のように、自分の力で基礎となるものを築いていけ! それがお主の〝使命〟だ⦆
「使命……」
⦅いや、天命と言ったほうがいいかな。…だがな、一つだけ気を付けろ…⦆
 
景色が、ぐにゃりと歪んでくる。
⦅主君を…持つ……よって…お主は……⦆
声が薄れて、聞き取れなくなっていく。
「? 暁羽、何を言って……」
⦅今はまだ、早過ぎたようだ…。これ以上の《力》は保てん。また、いずれ会おう……⦆
暁羽が笑ってそう言うと、徐々に景色が消えていった…。
 
 気が付くと、元の景色に戻っていた。
〈………?〉
何故か、信濃に入ってからの記憶が無い。

今まで何をしていたのだろうか?

同族の〝気〟を感じて………それから?
〈誰かに会って、何か話していたような、いないような…〉
頭の中に靄が掛かっているような感じで、思い出せない。
何だかはっきりしなくて嫌な気分だが、翔隆は首をかしげながらも歩き出した。
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