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二章 変転

十二.飄羅

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 翔隆は十二月から、ずっと山や野を駆け回っていた。
 
修行と視察を兼ねて、美濃中を虱潰しらみつぶしに見て回り記憶しているのだ。
無論、ただ走り回るだけではない。
 逆立ちで過ごしたり、脚力を鍛える為に岩山を駆け上がったりと、色々な訓練をしながら時を過ごしたのだ。
 
 翔隆が明智城に戻ってきたのは、既に年を越していた。


  一五五二年(天文二十一年)正月。

 城下ではあちらこちらから、賑やかな芸や宴の音が聞こえてくる。
雪が降り積もる中、翔隆は急いで城に向かった。その時、
「わーっ!!」
と、突然城内から悲鳴が上がる。
〈…!?〉
何事かと思い翔隆が門を飛び越えて見ると、そこには、正月らしからぬ光景があった。
血の海、女・子供の無残な死体…。
〈…非道い……!!〉
血のりはずっと続いている。まだ生きている者もいた。よく見れば、死体の中に白茶の髪の者がいる。
〈狭霧!〉
気付いた時、本丸から喧騒の声がした。翔隆は、舌打ちしてすぐ様走る。
三ノ丸、二ノ丸の犠牲者は約六十名近く。
「光秀!!」
一気に塀を飛び越え、叫ぶ。と、そこには数名の小姓の死体と向かい合っている二つの影があった。光秀達一門衆と小姓達十数名と、もう一つは狭霧の者十数名…。
「………っ!」
あの時―――竹中源助の信頼を得る為に狭霧の集落を襲った時に、殺し損ねた一族の一団がそこに居た。
その中の頭領らしき者が、翔隆を返り見て冷笑する。
「遅かったな、不知火の小伜こせがれ…」
「…よくも、やってくれたな……貴様も京羅の手の者かっ!」
「オレは京羅が三男、飄羅ひょうらだ。よろしくな」
厭味ったらしく言うが、翔隆は何も答えずに走って光秀達の前に立つ。
「ご無事で何より!」
「うむ。狭霧の者と交えるのは久方振りで、少々手こずったが大事ない」
光秀は、そう言って笑ってみせた。
…そんな事はない、と翔隆は思った。
あれだけの者を殺されているのだ。
翔隆は悔しさを堪え、一族に向き直る。
「目的は、俺の首か!」
「無論、仇討ちよ。オレの居ぬ間に集落を奪ってくれた礼参りに、な」
「成る程……」
憎しみが沸き上がってくる。
が、向こうとて大事な集落を一つ失ったのだから恨みもしよう。
最近、やっと実感した事は〝敵も同じ人間だ〟という事。
故に様々な感情を持っているのだ…という、当たり前の事に気が付いたのだ。
翔隆は挑発するかの如く嘲笑し、わざと阿呆らしいといった表情をしてみせる。
「では、掛かって来い。…悔しければな!!」
すると飄羅ひょうらは自尊心を傷付けられて、カッとする。
「この小童がぁ!!」
(ふ…)
〝掛かったな〟と思った。

 「挑発して乗じるような相手ならそうしろ。相手が冷静さを失った時に、虚を突いて倒せ」
 「いかなる敵にも冷静に、そして全力を尽くして戦え!!」
というのが、光秀に習った事だ。
「その思い上がった顔を、二目と見られぬようにしてくれるわ!!」
そう言い、飄羅は猛獣の如く激しく襲い掛かってきた。
…冷静さを失った分、その動きが必然的に見えてくる。
〈…この戦法は、俺が冷静になれる時だけ使えるな〉
そう思いながら攻撃を躱し、隙を衝いてすかさず反撃する。
飄羅ひょうらにとっては、それが余計に小憎たらしくて、平静さを見失わせていた。
「どうした! 狭霧の一門の力はその程度か!!」
「この…っ!!」
ついに切れたか、飄羅は眉を吊り上げて暴走し始めた。
その間にも他の一族達は、光秀らを狙って戦っている。
〈まずいな…早く終わらせねば〉
翔隆は、あくまでも冷静に努めんと考える。
 そして思い付いたのは〝大将を倒す〟事。
だがこの場合には、配下の反応が二つある。
大将が、人望に厚ければ部下は死ぬまで戦う。
だが信頼が薄いのなら、逃亡する…いや、人望が厚くとも主の生命を優先として、共に退散するだろう。
悩んでいる時ではない。翔隆は防戦しつつ、更に慎重に隙を窺った。
その時、飄羅が大きく刀を振り上げた。
 
  今だ!
 
絶好の機に、翔隆は渾身の力を込めてその腹に峰打ちをした。
「ぐぶっ…!」
飄羅は、呻いて前のめりに倒れた。
飄羅ひょうら様!」
途端に一族達が敗北に気付き、駆け寄ってくる。
翔隆はすぐ様、飛び退いて見下す。
「そいつを連れて、さっさと去ね!!」
その言葉に気迫負けした一族は、飄羅を連れて去っていった。
それを見送り溜め息を吐くと、翔隆は剣に付いた返り血を拭い、縁側に行く。
「光秀…光安様、光久様、申し訳ございません。俺の注意が至らないばかりに、こんな…」
そう言い頭を下げると、光秀は優しく微笑む。
「良い、気に至すな。それより、殺さなくて良かったのか?」
「ええ…あの様子から見ると、信頼されている主君のようですし…殺しては家臣が可哀相で」
それを聞くと、光秀は苦い顔をした。
「そう、だな。……だがな、翔隆。いつかその考えは捨てねばならんぞ。命取りになる…心しろ」
「…はい」
いつどんな時にでも、光秀はこうして指摘してくれる。だが、いつまでもそれに甘えている訳にはいかない、と思った。
翔隆は、考えた末に光秀に頭を下げる。
「光秀…俺、やはりここを出ます」
「ん…?」
「…俺がいれば、また奴らが襲ってくるでしょう。そうすれば、またご迷惑をお掛けしてしまうから…」
「…しかし、行く宛はあるのか?」
光秀が心配そうに尋ねた。
「―――敵情視察をしますよ」
そう言う翔隆の目は、悲しげだが〝大丈夫、心配無用〟と語っていた。
光秀も寂しげに笑って、頷く。
「体を、厭えよ」
「はい!」
明るく言うと、光久が苦笑して言う。
「全く、突然に来て突然出て行くとは…何と慌ただしい事か」
「済みません…」
「また、遊びに参れ」
光忠が言う。
「困った奴よ。お屋形さまに、なんと言えば良いか…」
「あ…………」
光安の言葉に、翔隆は俯く。
お屋形とは、道三の事だ。
〝出仕する〟と約束したというのに…。
真剣に悩んでいると、光安が笑い出した。
「ははは、嘘じゃ。何も案じずとも良いわ。お屋形さまならば、分かって下さる」
すると、光春が苦笑して言った。
「全く……父上もお人が悪い。からかっては可哀相ではありませぬか。…翔隆、お主の居る間、誠に楽しかったぞ。色々な事も学べた…礼を言う。…ありがとう」
〈…っ!〉
優しくそう言われて、翔隆はぐっと両拳を握り締め涙を堪える。
その手に、桜弥がそっと触れた。
「翔隆様、お体はお厭い下さいませ。この桜弥、翔隆様が何処にいらしても、必ず出仕しに馳せ参じまする故!」
「桜弥…すまん……ありがとう……っ!」
その小さな体を抱き締め、涙を堪える。
そして立ち上がると、深々と一礼した。
「では、お世話になりました」
そう言い、振り向きもせず立ち去った。
 
 ここで習った事…楽しかった日々。
 
…まだ、習いたい事はいっぱいあった。
 
 楽しくて、居着き過ぎてしまう程に…―――。
だが、いつまでも甘えてばかりはいられないのだ……。

 そう、言い聞かせ翔隆は走った。
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