鸞翔鬼伝 〜らんしょうきでん〜

紗々置 遼嘉

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一章 天命

十八.謀略〔二〕

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 五日後。
織田信秀の居城、末森城から使者が来た。

 しかも信長にではなく翔隆に、である。

翔隆は、一室で使者と対面する。
「それで、何の御用でしょうか…?」
正座して改まって聞くと、使者は無表情で言う。
「直ちに末森城へ馳せ参じる様にとの大殿の御下知! 一人で、参られよ」
それだけ告げると、使者は行ってしまう。残された翔隆はポリポリと頭を掻いて座ったまま。
〈何で俺に〝来い〟だなんて………。どうしてだろう…? …考えてても分からないな。行くか〉
肩を揺らして立ち上がると、翔隆は小刀を背にして部屋を出た。
すると、そこに塙直政がやって来る。
「どうかしたか?」
「はあ…何だか良く分からないんですけど…先刻、信秀様の使者の方が見えてお呼びだから…俺、末森城に行って来ます」
「何? 大殿の呼び出し!?」
塙直政は驚いてうぅむと唸る。
〈何やら嫌な予感がするのぉ…翔隆を呼び出すなどと……拙者の思い過ごしであればいいのだが…〉
塙直政が不安に駆られて、引き止めようと向いた時には翔隆はもう塀の上に立っていた。
「翔隆…」
翔隆は、明るく笑って言う。
「信長様に、〝心配なさらないで下さい〟とお伝え下され!」
そして、風と共に消えてしまった…。
塙直政は、溜め息を吐いて苦笑する。
「取り越し苦労であればいいが……」
呟いて、空を見上げた。


  那古野城を後にした翔隆は、一刻も経たぬ内に末森城に着いた。
 門番に通してもらって玄関に着くとまず、小姓がやって来て小刀を預かる。
刀を取られて何やら落ち着かないが、こればかりは仕方がない。
そう思って待っていると、織田信勝が出迎えてきたのだ!
〈……え?〉
家臣ではなく大名の子息直々の出迎えなどと、只事ではない。
「…よう参ったな、篠蔦。…父上がお待ちじゃ、早う」
そう言う信勝の顔色は、少し蒼冷めて見えた。翔隆は一礼して、信勝の後に続く。
〈…何だ? 信勝様…様子がおかしい〉
信勝はやたら汗を拭っているし、目を合わせようとしない。城内も、ただならぬ緊迫感に満ちている。
 襖の陰、庭などに、武装した者達の姿がちらほらと見えていた。
〈嫌な空気だ…まるで敵陣の中に入った様な…。……まさか〝暗殺〟なんて事、ないよ…なぁ……?〉
段々不安になってきた。
「ここじゃ」
と、止まった所は本丸の広間。
そこには重臣達が十四・五名程ずらりと居並び、奥の座には信秀が居た。
〈………やはり、やな感じだな…。〝軍議〟とか〝謁見〟っていう…〉
考えて、心で苦笑した。信秀に〝謁見〟に来たのだった…。
 それにしては、厳重な警備……警戒心が剥き出しの重臣達……。何かが、おかしい。
「入れ」
重々しい、信秀の声。
「は、はい」
翔隆は眉をひそめながら中に入って、正座した。そして、塙直政に習った作法通りに両拳を前に一礼する。
「篠蔦三郎兵衛翔隆、大殿の御下知により、馳せ参じました。いかなる御用にござりましょうか?」
臆する事なく堂々として言うと、信秀は厳しい顔付きで口を開いた。
「―――…そなた、今川の乱破だそうだな」
唐突な、言葉…。
「今川……?!」
余りにも唐突に、出鱈目でたらめな事を聞いて翔隆は言葉を失った。信秀は更に続ける。
「そなたが、今川の者であるという確たる証が、これじゃ」
そう言って見せたのは、義成の文…。
「…この文は、〝今川義成〟と申す者より、信勝が受け取った物」
それで、信勝は分が悪そうな顔をしていたのか…。
「これには、そなたが今川より離反したとある。それに、相違ないな?」
「…!!」
一瞬にして事態を把握した。
 義成の策に、〝見事にはめられた〟のだ!
 …あの時正装していたのは、信勝に会っていたから―――
翔隆を陥れる〝罠〟を、仕掛ける為に!!
「ち、違いますっ!!」
「どこがどう、〝違う〟というのだ? 証ならばまだあるぞ。そなたの事は、林佐渡守に調べさせた。その〝義成〟なる者と共に、暮らしていたそうだな。訳の分からぬ族とも居たと聞く…今川の〝細作〟をこの尾張に置く訳にはゆかぬ。疾く去ね」
「お…お待ち下さいっ!」
「…去らぬとあれば、即刻その首、この場で刎ねる!!」
威厳に満ちた声で、そう告げられた…。
 義成と、暮らしていたのは事実…。だが知らなかったのだ!

  〝今川〟の者だったなんて!!

 だが……だが………っ!!
〈駄目だ! 幾ら何を言っても、言い訳にしかならないっっ!!〉
幾らどんなに足掻いても、逃れられない!
 まさか、こんな事になるなんて…。
まさか信頼する義成に、こんな形でまで裏切られるなんて!!
翔隆は、込み上げてくる悲しみや空しさなどの感情を堪えて、言う。
「た…ただ……一つだけ、申し上げます…」
「何じゃ!」
この声からして、信秀がかなり立腹している事は分かる…。
それでも、翔隆はじっと悲しげに信秀を見つめた。
「…その書状、まともにお受けなさるのですね?」
「何?」
「その〝やから〟の事を受け入れていれば、尾張は壊滅の道を辿る事となりましょうなあ!!」
怒りを込めて、そう言ってのけた。
「なっ…!」
「こ奴!」
と重臣の一人、金森長近(二十七歳)と佐久間信盛(二十歳)が刀を抜いて斬り掛かろうとする。
――――が、翔隆は風の如き速さで消えた…。
信秀達にしてみれば、信長にしろ、翔隆にしろ掴み所のない、恐ろしい奴…と、思わざるを得なかった。



〈―――ちくしょう…っ!!〉
翔隆はやり場のない怒りを抱きながら、野を駆けていた。…小刀はちゃんと奪ってきていた。

 おかしいとは思ったのだ…。

急に、睦月達が攻めてくるなんて…!

 あれは、義成達が末森城に居る事を知られない為だったのだ!

何故気が付かなかったのだろう……己は、なんて間抜けなのだろう!

  気が付けば、いつも遊んでいる蟹江川まで来ていた。
「ハア…ハア…」
乱れた息のまま、翔隆はバシャバシャと川の中に入っていく。
 そして、両膝を撞いた。
〈何故だ!? 何故っ! ……何もかも、こうも上手くいかないっ!! どうしてこんな目に遭わねばならないんだっ…?!〉
翔隆は己が運命を呪い、拳で川面を叩いた。
だが、空しいだけで余計、苛立たしさが増すばかり。
はあ…と、溜め息を吐いて苦笑する。
「駄目だな俺は…。こんな事くらいでいきり立って…落ち込んで。…総て、やると…決めたばかりだというのに………」
呟いて岸に上がると、突然狭霧の者が現れ、翔隆を取り囲む。数は二十…あろうか。
つくづく、思う。
  いつもこうだ、と…。
 いつもこんな、まごまごしている内に敵が攻めてくる。敵は待ってはくれないのだ…と。狭霧は皆、手に武器を構えてじりじりと間合いを詰めている。これでは、刀を抜くその瞬間に斬られるだろう。…こんなに震えた手では、刀も抜けるか分からない…。
〈くそったれ…考える余裕すら与えぬのかっ!〉
一族、織田家から追い詰められる中、翔隆は自分自身と葛藤していた。

   もう、ムダな抵抗はよせ…

戦う事に恐怖を抱き、投げやりな気持ちになっている自分が言う。
 だが、このまま一族を〝見捨てて〟いいのか?
このまま死んで、信長の側にいられなくなっても、いいのか…?!

  「諦めるのかっ!?」

心の中の義成の叱咤の、声。
〈……何の為に、義成に刀術を習っていた……?!〉
こんな時の為ではないのかっ?!
ただの護身ではなく、〔不知火一族〕として、〔狭霧一族〕と戦う為ではないのかっ!?
何を思ったか、翔隆は刀を捨ててギッと周りを睨む。
「死にたくば掛かって来い!! 貴様ら、ぜいっいん! ぶっっ殺してくれるわッ!!」
その気迫だけで、旋風が起こった。その風に乗じて、翔隆は怖じ気付いた一族を手刀や蹴りで打ちのめし、風で薙ぎ払う。戦う内に、翔隆は正気を失っていた。
いつの間にか刀を手に、向かい来る敵を討っていたのだ。
「うおああああああああ―――――!!」
 血が吹き出し、内臓が飛び散り、それらが己の顔や体に掛かっても平然としてその場に
〝生きる〟者を血祭りに上げていく………。

  その姿は見る者によって、戦場の猛者、とも…魔性の野獣、とも映るだろう。

そう思う者が、遠くから見ていた。
 信長と塙直政、丹羽長秀、佐々内蔵助、池田勝三郎……。
「凄まじい…」
勝三郎が、蒼然として呟く。
「良しッ!」
突然、信長が言う。
見ると信長は満面に笑みすら浮かべている。
 魔と化す方もそうだが、その有り様を見て満足げに笑う方も修羅だ。
「こうでのうては、わしの〔軍師〕は務まらぬわッ」
そう言うと、信長は河原に馬を歩かせた。
  …無残な、バラバラ死体……。
 その中で翔隆は血まみれになって、立っていた。
その目は放心し、宙を見つめている。正気か、狂気か、などお構いなしに、信長は馬上から翔隆に手を差し延べる。
「翔隆、来い」
…無論、返事はない。信長はそのまま翔隆の襟首を引っ掴み、自分の前に乗せた。
そして、いきなり馬を走らせる。
「はあッ!」
「あっ! 殿、お待ちを!」
慌てて五人も後を追った。



  馬は、野を駆け畑を越え川を渡り……清洲城の側の…〝翔隆の小屋〟のある森を抜けていく。
暫く駆けると小高い丘へと、辿り着いた。
そこは、とても見晴らしが良く村や畑を、四方一里(三.九キロ)は見渡せる場所である。
信長はそれを一望して、ニヤリとする。
「ここはのぉ…〝秘密の地〟じゃ。わしと家来共だけが知っている。だが、お主も知っていたようじゃな」
「………」
「―――今だけは、許す。…城に帰る頃には、正気に返れ」
「………」
「さもなくば解任じゃッ!」
本気ではない言葉だった。が、翔隆はピクリと反応する。
〈そうだ……! こんな呆けている場合じゃないっっ! 俺は―――!〉
正気に返ってバッと顔を上げ、振り返る。
「おっ」
「信長様! 俺、信秀様に……」
言い掛けると信長は首を横に振ってうなずき、翔隆の腰に手を置く。
「判っておる。…捨て置け。何も案ずるな」
「…信長様…」
とても…今の翔隆にとって、心強い言葉であった。
「殿!」
追い付いた丹羽長秀が、急に怒鳴った。
「何じゃ」
「…その手は、何にござる…?」
丹羽長秀は信長が翔隆の腰に手を回している事で、むくれっ面をして妬いているのだ。
信長は、膝を叩いて大笑いする。
「アッハハハハハハ! そうか、妬いたか!」
「そっそんな事ではござりませぬ!!」
「殿っ!」
丹羽長秀も池田勝三郎も赤くなった。
「まあいい。―――帰るぞ!」
笑いながら、信長は馬の向きを変えた。

  ―――この時代、男女関係無く主君の〝寵愛〟を受けるという事は何より大事なもの。
〝夜の伽〟ともなれば、羨ましい限りなのだ。後々出世して武将となっても、小姓の頃に寵愛され伽をしていたとなれば、他の武将から〝羨ましがられる〟程なのである。

 翔隆は馬上でじっと血まみれの自分の手を見つめていた。
〈…俺が、殺した…〉
あんなに無惨に……そう思うと全身に悪寒が走り、震え出す。
それに気付いた信長が、前を見据えながら話し掛ける。
「…恐いか」
「………」
翔隆は信長を見てから俯く。
「俺…刀で、人を殺すのは…初めてで……―――」
「――――」
それを聞き、信長は初陣を思い出した。


  信長は元服した翌年の十四歳の時に、三河の吉良大浜を攻めた。
 ただ、そこは織田と友好の高い水野氏の領地。
嫡子に万が一の事が無いようにとの、父の計らいであろうが…。
それでも信長にとっては、初めて一軍を任された戦。
何もせずにはいられなかった。
そこで、標的を吉良大浜にしたのだ。
 紅筋の入った頭巾を被り、新調墨絵の羽織を着て、馬には面・平頸、胴に皮・金紙の鎧を着けて出陣した。それは見る者を虜にする程、鮮美なものであった。
 軍勢は八百程。
対して駿河から今川勢が二・三千程が偵察に出てきていたであろうか?
傅役の平手政秀や林美作守通具、青山三右衛門、内藤勝介らが猛反対する中で、信長は今川を追い払う事に決めたのだ。
…どうしても、何かを成し遂げてから帰国したかったのだ。
  〝嫡子〟として。
 …男として。
「火を放てぇい!!」
「殿! 幾ら何でも…」
「うるさい! 文句なら今川に言えッ!」
そう言い、自ら先陣に立って大浜にある羽根城に火を放ち野営を張った。
 激しい戦いになる―――。
そんな不安と期待があったが、水野氏がこっそり援軍に来ていたらしく、翌日には帰る事にした。
…がっかりもしたが―――正直、ほっとしたのも事実。
初めての〝戦〟に、緊張していたのだから…。

〈…ふっ〉
信長は心中で苦笑して、翔隆の頭を撫でてやる。
「わしも、そうであった」
「えっ…?」
思わず振り向くと、信長はちらりと後方を見る。…誰も追い付いていない。
「倍以上の軍勢が駿河より来たと聞いて、功を逸った……」
「…それで?」
「斬り合いにはならずに、そのまま帰った。…あの時、今川が攻めて来ていたら……どうなっていたか…。陣中で、わしはただ…震える手を握り締めて、〝今奇襲されたら、どうすればいいか〟と―――そんな事ばかり考えた」
信長は想いを馳せるような表情で、前を見つめて言う。
そんな顔を見て、翔隆は手を握りながらも前を見つめる。
〈…殺すか、殺されるか…――――〉
この世界には、その二つのどちらかしか無い。
〈――――父さん…〉
自分を庇って死んだ父を、想う。

  お前は死んではならんのだ!

血を吐きながらも、そう言った志木…。
〈俺は、もう逃げない…絶対に!〉
そう誓って、翔隆は前だけを見つめた…。


 その夜、信長は塙直政に末森城への〝使者〟を命じた。
言うまでもなく、翔隆の事である。
「解任せよと申すなら、この信長、乱心し何をしでかすか分からぬぞ」
という伝言を伝える為である。


「…との事。もし、これが五郎左衛門にせよ内蔵助にせよ、我が君は同じ事を仰有られるでしょう。何しろ…我が君は、有望な家臣を手放す様なたわけた事は、なさりませぬ故」
塙直政は淡々として言った。
すると信秀は勿論、重臣の寺沢又八、千秋秀光なども額に血管を浮かせて、怒りを露わにした。
それにも構わず、塙直政は涼しげな顔で続ける。
「この〝儀〟により、我が君はお怒りにござりまする…。故に…近々、何か成されるやもしれませぬなぁ…?」
「!?」
「では御免!」
そう言い塙直政は刀を向けられる前に、早々に立ち去った。いつもながら、信長もその家臣達の言動は、的確迅速である。
が、腹立たしい……。


「ハハハ、そうか! 親父は白目を剥いて怒りおったか!」
信長は楽しげに笑いながら、膝を叩く。
「良しッ大儀であった! 戻って休むが良い!」
「はっ」
塙直政は一礼して、本丸を後にする。…と、信長はちろりと翔隆を見た。
「勝三郎、内蔵助、控えい」
「…はっ」
言葉の意味を悟って、二人は表に出て障子の前に控える。
二人共、目を合わせてクスクスと笑い合っていた。
〈何だ…?〉
何だか、一人だけ〝仲間外れ〟にされた気分だ。

  沈黙………。

 炎がゆらゆらと揺らめき、二人を照らしている。
信長を見てもニヤニヤと笑い、酒を呑むだけ。翔隆は何やら居ても立ってもいられなくなり、そわそわとし始める。
それを見て、信長は意地悪そうに言った。
「どうした?」
「あ、いえ…」
それに、ふふっと笑うと信長は盃を差し出す。
「――――ん」
〝酒を注げ〟という意味だ。
翔隆はうなずいて提子を手にして注ぐ。と、その時。
「伽をせい」
軽い口調で、言われた。
「――――は…?」
翔隆はきょとんとして、目を真ん丸くする。
信長は押し殺した笑いをして一つため息を吐くと左手で翔隆の頬を撫でる。
「あ、あの…」
「…いかに兵法や世の習いは分かっても、これは分からぬか…?」
そう言い盃を置くと、翔隆を抱き寄せた。
翔隆は分からずに、首を傾げている。
「あ、あの、信長様…?」
「良いか、別に恐れる事はない。〝言う通り〟にしておれば良いのじゃ」
「は、はあ………?」

 サワサワと草や葉のなびく音が、心地良く聞こえる。
(なあ、内蔵助)
勝三郎が、小声で喋り掛ける。
「ん?」
(…翔隆の奴、何も分からぬのだろうな)
(くっ。…そうだな。な~んにも知らんのだろーなぁ)
そう言い合うと、二人はクックッと声を押し殺して笑いを堪える。
(いっ、今に、ひ、悲鳴を上げるぞっ)
苦しげに腹を抱えながら勝三郎は言い、まだ笑う。
その内、中から呻き声が聞こえてきた。
「う…ううっ…」
(ま、まるで子犬の威嚇のようじゃ…っ)
内蔵助も笑いながら言った。そんな間に、呻きは悲鳴に変わっていく。
「どうしたっ?」
それを聞き付けた長秀が尋ねると、二人はクスクス笑いながら顔を見合わせる。
「ただの、睦言にござるよ…」
内蔵助が答えると、長秀は納得して頷き苦笑する。
「ならば心配無用だな。…余り、からかうなよ」
と言い行ってしまった。


 空が白み陽が上ると、濃姫が侍女の里見、綾芽、似推里らと共に本丸にやってきた。
「これはお方さま」
佐々内蔵助がうやうやしく言う。
「殿はまだ、お休みかえ?」
「はい。何分、お疲れの様ですので」
「何を申す。殿は疲れ知らずじゃ…どれ、わらわが起こして進ぜよう」
「おっ、お待ち下され」
「殿!」
濃姫は構わずに、カラリと障子を開ける。
 寝所の床には、翔隆がすやすやと寝息を立てて眠っている。
信長はといえば、もう小袖に着替えており、むにゃむにゃと餅を食っていた。
濃姫はくすりと笑って侍女を待たせ、静かに中に入る。
「これはこれは。タベはよう楽しまれたようですなぁ」
「フッ」
「可愛い寝顔ですこと」
「そうか? ハハハハ」
「濃とどちらが〝美人〟でしょうねぇ…」
「さあてなぁ」
惚ける様に言った。
「うふふふふふ」
濃姫は嫉妬する様子もなく、楽しげに翔隆を見つめた。
その声で、翔隆はやっと目を覚ます。
「うん……? 濃姫様っっ!?」
と、慌てて飛び起きるとハラリと掛けていた着物がずれ落ち、ふんどし姿をさらけ出してしまう。
「うわっ!」
慌てふたむき着物を着る翔隆を見て、濃姫は口に袖を当てて笑う。
「ホホホホホ…その様に焦らずともわらわは怒りませぬよ、翔隆。それよりも、今日は妾と共に〝茶の湯〟を学ぶ約束ですそ」
「は、はいっ! すぐ、行きます」
翔隆は真っ赤になって信長に一礼し、濃姫と共に歩いていった。
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