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第三章「侍女ですが、○○○に昇格しました。」
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『陛下に近付きたかったのなら無駄な努力だ。あの方はいずれ帝王に相応しい姫君を娶ることになるだろうからな』
ドミニクはアルフレッドの呪いを知らないのだろう。元々側近数人しか知らない極秘事項だ。それゆえいつか愛妾なり、妃なりを娶ると疑いもしない。
だが――。
「……」
思わずぎゅっとアルフレッドにしがみつく。
「ソランジュ?」
――先日、また地下の研究室に呼び出され、レジスに血を提供してきた。
冷たく薄暗い部屋の片隅には、以前なかった木箱がいくつか置かれていた。どの箱にも人一人分ほどの大きな物体が無造作に放り込まれ、見えないよう上から襤褸布を欠けられている。
うち一箱から糸のようなものが零れ落ちていたので、何気なく引っ張ってみて「……?」と首を傾げた。その長く緩やかに波打つ金髪の一筋は、どう見ても自分の髪だったからだ。
前回来たとき抜け落ちて埃に混じって飛ばされでもしたのだろうか。
それはそれとして箱の中身も妙に気になった。
『レジス様、あの木箱には何が入っているんですか?』
『ああ、あれは実験に使った失敗作ですよ。見苦しいのでああしています』
はて、何を失敗したのかと首を傾げる。
『ゴミが出たなら持っていきますが……』
『いやあ、お嬢さんには重いでしょうから』
聞けば一箱につき細身の女性一人分くらいの重さがあるので、自分以外の男手が必要になりそうなのだという。
『これを抱えて階段を上るのは大変ですからね。後で下男を呼びますからご心配なく』
なら、自分には無理だなと手伝うのは諦め、レジスに促されて採血を行った。この世界には注射器などないので、メスで肘の裏付近を軽く切って、流れ落ちる真紅の鮮血をビーカーに汲み取る。
奥方に折檻されて慣れていたので痛みは我慢できるが、毎度それなりの量を取られるので近頃少々貧血気味だった。
『お嬢さんの血液のおかげでいくつか判明したことがありまして』
レジスはソランジュの血を抜きながら語った。
あれから解呪の研究を続けているが、先日可能性のある方法を見つけたかもしれないという。
『ほっ、本当ですか……?』
『ええ、ただ、お嬢さんには更に協力していただくことになりそうで』
『構いません。なんでもします!』
思わず身を乗り出して頷くと、その一言にレジスの暗紫色の目が細められた。
『なんでも、ですか? 本当に?』
『はい、アルフレッド様が助かるならなんでも』
『……その一言がほしかった』
レジスは顔を傾けソランジュの目を覗き込んだ。
『やはりお嬢さん本人でなければならないようです。準備が整い次第またお呼びしますから。それまでにも陛下と愛し合うようにして、採血に来てくださいね』
――現在、待機中で今か今かと解呪の手伝いを心待ちにしていたが、アルフレッドは呪いが解ければどの女性も愛せるようになる。今はこうしてそばに置いてくれるが、飽きられ、疎まれたらどうすればいいのか。
「……」
コツンと筋肉質の肩に額を乗せる。
「ソランジュ?」
更にアルフレッドの両脇に両手を差し入れた。
ずっとこうしていられればいいのにと思う。
頬を擦り寄せ身を預けると、大きな手の平が傷跡のある背を優しく撫でた。
「……お前が甘えてくるのは初めてだな」
更に深く逞しい胸に抱き締められる。繋がったままであるだけに、よりアルフレッドの熱を感じられた。
「ソランジュ」
ソランジュは耳元で名を呼ばれながら瞼を閉じて乞うた。
「今夜は……このままずっと……離さないで……」
アルフレッドが解放され、幸福になれるのならそれでいい。こうして出会えたことすら奇跡で、神様に感謝してもし足りないのだから。
だが、こうして体を重ねている時だけは自分だけを見つめていてほしかった。
「俺に火をつけたな」
漆黒の双眸が強く煌めく。
「……離すものか」
直後、アルフレッドが懇願に応えるようにソランジュの細腰をぐっと掴んだ。
「あんっ……」
ぱしゃりと湯が跳ねる音とともに、再びか細い喘ぎ声が浴室に響き渡った。
☆☆☆
アルフレッドの熱から解放されたのは翌日の明け方間際のこと。
目覚めるとその寝室のベッドに寝かされていた。
窓際のテーブルに真新しいお仕着せや下着、朝食のパンとチーズ、リンゴが置いてある。アルフレッドが使用人に命じて持ってきてくれたのだろうか。
ありがたくいただき、その後身だしなみを整える。
まずは、採血のためにレジスの元に行かねばならない。
寝起きだからかますます貧血気味なので少々辛いが、アルフレッドの解呪のためなのだと思うと気合いが入った。
「……よし」
カツを入れて思い切り扉を開ける。そして次の瞬間、思い掛けない人物と鉢合わせになり全身が凍り付いた。
「どっ……ドミニク……様?」
ドミニクはアルフレッドの呪いを知らないのだろう。元々側近数人しか知らない極秘事項だ。それゆえいつか愛妾なり、妃なりを娶ると疑いもしない。
だが――。
「……」
思わずぎゅっとアルフレッドにしがみつく。
「ソランジュ?」
――先日、また地下の研究室に呼び出され、レジスに血を提供してきた。
冷たく薄暗い部屋の片隅には、以前なかった木箱がいくつか置かれていた。どの箱にも人一人分ほどの大きな物体が無造作に放り込まれ、見えないよう上から襤褸布を欠けられている。
うち一箱から糸のようなものが零れ落ちていたので、何気なく引っ張ってみて「……?」と首を傾げた。その長く緩やかに波打つ金髪の一筋は、どう見ても自分の髪だったからだ。
前回来たとき抜け落ちて埃に混じって飛ばされでもしたのだろうか。
それはそれとして箱の中身も妙に気になった。
『レジス様、あの木箱には何が入っているんですか?』
『ああ、あれは実験に使った失敗作ですよ。見苦しいのでああしています』
はて、何を失敗したのかと首を傾げる。
『ゴミが出たなら持っていきますが……』
『いやあ、お嬢さんには重いでしょうから』
聞けば一箱につき細身の女性一人分くらいの重さがあるので、自分以外の男手が必要になりそうなのだという。
『これを抱えて階段を上るのは大変ですからね。後で下男を呼びますからご心配なく』
なら、自分には無理だなと手伝うのは諦め、レジスに促されて採血を行った。この世界には注射器などないので、メスで肘の裏付近を軽く切って、流れ落ちる真紅の鮮血をビーカーに汲み取る。
奥方に折檻されて慣れていたので痛みは我慢できるが、毎度それなりの量を取られるので近頃少々貧血気味だった。
『お嬢さんの血液のおかげでいくつか判明したことがありまして』
レジスはソランジュの血を抜きながら語った。
あれから解呪の研究を続けているが、先日可能性のある方法を見つけたかもしれないという。
『ほっ、本当ですか……?』
『ええ、ただ、お嬢さんには更に協力していただくことになりそうで』
『構いません。なんでもします!』
思わず身を乗り出して頷くと、その一言にレジスの暗紫色の目が細められた。
『なんでも、ですか? 本当に?』
『はい、アルフレッド様が助かるならなんでも』
『……その一言がほしかった』
レジスは顔を傾けソランジュの目を覗き込んだ。
『やはりお嬢さん本人でなければならないようです。準備が整い次第またお呼びしますから。それまでにも陛下と愛し合うようにして、採血に来てくださいね』
――現在、待機中で今か今かと解呪の手伝いを心待ちにしていたが、アルフレッドは呪いが解ければどの女性も愛せるようになる。今はこうしてそばに置いてくれるが、飽きられ、疎まれたらどうすればいいのか。
「……」
コツンと筋肉質の肩に額を乗せる。
「ソランジュ?」
更にアルフレッドの両脇に両手を差し入れた。
ずっとこうしていられればいいのにと思う。
頬を擦り寄せ身を預けると、大きな手の平が傷跡のある背を優しく撫でた。
「……お前が甘えてくるのは初めてだな」
更に深く逞しい胸に抱き締められる。繋がったままであるだけに、よりアルフレッドの熱を感じられた。
「ソランジュ」
ソランジュは耳元で名を呼ばれながら瞼を閉じて乞うた。
「今夜は……このままずっと……離さないで……」
アルフレッドが解放され、幸福になれるのならそれでいい。こうして出会えたことすら奇跡で、神様に感謝してもし足りないのだから。
だが、こうして体を重ねている時だけは自分だけを見つめていてほしかった。
「俺に火をつけたな」
漆黒の双眸が強く煌めく。
「……離すものか」
直後、アルフレッドが懇願に応えるようにソランジュの細腰をぐっと掴んだ。
「あんっ……」
ぱしゃりと湯が跳ねる音とともに、再びか細い喘ぎ声が浴室に響き渡った。
☆☆☆
アルフレッドの熱から解放されたのは翌日の明け方間際のこと。
目覚めるとその寝室のベッドに寝かされていた。
窓際のテーブルに真新しいお仕着せや下着、朝食のパンとチーズ、リンゴが置いてある。アルフレッドが使用人に命じて持ってきてくれたのだろうか。
ありがたくいただき、その後身だしなみを整える。
まずは、採血のためにレジスの元に行かねばならない。
寝起きだからかますます貧血気味なので少々辛いが、アルフレッドの解呪のためなのだと思うと気合いが入った。
「……よし」
カツを入れて思い切り扉を開ける。そして次の瞬間、思い掛けない人物と鉢合わせになり全身が凍り付いた。
「どっ……ドミニク……様?」
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