1 / 14
初日 ―出会い―
しおりを挟む
リビドーの鍵。
それが実在するとは賢人は思っていなかった。
だが賢人の掌にはリビドーの鍵がある。
SM倶楽部“名無し”の客の間で噂になっていたリビドーの鍵。
肉欲と希望を叶える鍵だ。
その鍵はごく普通の一軒家に使われる鍵だった。
高い塀に囲われた、住宅街から離れた場所に建つごく普通の一軒家。
けれどその鍵を使い門扉を開いた先は、身も心も自由になれるのだ。
鍵を開けた向こう側は肉欲の世界になるという。
常識の柵や理性の頸木から解き放たれ、肉欲と欲望の限りを尽くしてもいい。
庭でも玄関でも廊下でも階段でもどこででも。
好きな場所で好きなだけ貪婪に快楽を得ても構わなかった。
賢人は三日間、このリビドーの鍵の向こう側に行く。
高鳴る心臓の音を鼓膜で拾いながら、賢人はゆっくりと門扉の鍵を開ける。
一般家庭でよく見るありふれた鍵なのに、賢人にとっては黄金の鍵以上に価値があった。
この鍵を得るのは容易くない。
まずは会員制SM倶楽部“名無し”優良会員にならなくてはならないし、客だろうがキャストだろうが、オーナーから信頼される必要がある。
しかし例えオーナーの信頼を得ても、すぐに鍵が与えられるというわけにはいかなかった。
自分の好みとプレイ内容とNGを詳細に報告し、S側とM側の希望が運良く合致した場合のみ、その鍵を受け取ることができるのだ。
教師である賢人の好みと秘めた希望は、自らの人格否定を含む被虐プレイだった。
人間扱いされなくてもいい。性欲処理のように扱われてもいい。
普段は有名な私立高校の教師というお堅い立場であり、生徒の規範となる態度を心掛けてきた。責任ある職務のストレスは計り知れず、そのストレスを自分が他人から全否定されることで発散したかったのだ。
『自分を解放なさって』と艶やかに微笑んだ女装家のオーナーから鍵を渡されたとき、賢人はそれだけでイきそうになるくらいの興奮を覚えてしまったほど。
門扉の中に入り、しっかりと門扉の鍵を掛け、賢人はついに現実の世界から乖離する。
先に来ている相手はどんな男なのか分からないが、“名無し”を通している以上は安心できる相手だと分かっていた。
喉を鳴らして家の玄関の扉を開けようとしたところで、頭に水の冷たさを感じて首をすくめてしまう。雨かと空を見上げた夏の空は雲一つなく、どこまでも澄み切った蒼穹が広がっていた。
「よぉ、こんんちは」
雨の代わりに軽めの声は頭の上から降ってきた。見上げれば二階のベランダから賢人を見下ろすように笑う、賢人と同年代くらいの青年がいる。
アッシュベージュの淡い色に髪を染め、耳にはピアスが幾つも並んだ容貌はどこか退廃的な艶めかしさがあった。
いかにも真面目な教師然とした賢人と違い、どちらかと言えば渋谷のクラブにでも居そうな風体だ。少なくとも生真面目な賢人が送る普段の生活圏内には見当たらない男だった。
「あ、あぁ……こんにちは」
まるで近所か隣人にでも接するような気安い口調と笑顔の男は、手にしていたカラフルな玩具を掲げて笑う。それは水の容量が大きな水鉄砲だった。
どうやら先ほどの水はウォーターガンによるものだったらしい。普段の教師としての賢人なら、人に向けて打ってはいけないと注意したことだろう。
けれど賢人はなにも言えなかった。
軽そうで人好きがしそうな甘い容貌が浮かべる表情の中で、その瞳だけは加虐の色を湛えていたからだ。
――淫らな呼気が漏れる。体の芯がカッと熱くなる。
ああ、この男が、この人がリビドーの相手なのだ。
「……ひ、ィッ……ッッ、いぃぃっ!」
太陽は中天を過ぎた頃。夏の空はどこまでも青く晴れ渡り、高い壁の向こうからは時おり車が走り去る気配がする昼下がり。
昼の日中で、壁一つ向こうには慣れ親しんだ規律に満ちた現実があるというのに――。
「んぁ、ア、アァァアァァッッ!」
綺麗に整えられた芝生の上、剥き出しの尻が芝生に触れてちくちくと刺激されていた。
賢人は真っ昼間でありながら、あろうことか全裸で芝生に尻を置き、ベランダに向けて大きくM字開脚状態で股ぐらを晒していた。
「的が動くんじゃねえよ、メス豚が。そら、今度も当ててやる!」
飛距離がある加圧式のウォーターガンをベランダ越しに構えた男が、先ほどからしきりに賢人を狙っていた。
ウォーターガンの標的は賢人自身。
乳首と陰茎とアナル、この三カ所を当たりと評して男はウォーターガンで狙い続けているのだ。
ウォーターガンを扱う男の腕は確かなようで、賢人の乳首や陰茎は何度も何度もウォーターガンの水流に当てられて刺激を受けていた。
ベランダで挨拶を交わしたあとににこやかに賢人に告げられたのは、『メス豚狩り』の的になれという男の嬉々とした言葉だった。
その言葉に腰砕けになった賢人は、自ら股間を晒して的になったものだ。
興奮して勃起した陰茎を見た男は嘲り笑いながら、執拗にウォーターガンの水で叩いていやらしい的を刺激する。
「チンポに水をぶっ掛けられてヨガりやがって……おら、ケツ向けろ。的が見えねえんだよ!」
ウォーターガンでびしょ濡れになった賢人がベランダに尻を向けて四つん這いになる。標的が見えるよう、尻たぶを自分でつかんで大きく拡げると、不様な格好に大きな嘲笑が聞こえた。
明るい太陽を浴びながら、賢人は始まったリビドーの三日間に脳が痺れる期待に目が眩みそうになっていた。
それが実在するとは賢人は思っていなかった。
だが賢人の掌にはリビドーの鍵がある。
SM倶楽部“名無し”の客の間で噂になっていたリビドーの鍵。
肉欲と希望を叶える鍵だ。
その鍵はごく普通の一軒家に使われる鍵だった。
高い塀に囲われた、住宅街から離れた場所に建つごく普通の一軒家。
けれどその鍵を使い門扉を開いた先は、身も心も自由になれるのだ。
鍵を開けた向こう側は肉欲の世界になるという。
常識の柵や理性の頸木から解き放たれ、肉欲と欲望の限りを尽くしてもいい。
庭でも玄関でも廊下でも階段でもどこででも。
好きな場所で好きなだけ貪婪に快楽を得ても構わなかった。
賢人は三日間、このリビドーの鍵の向こう側に行く。
高鳴る心臓の音を鼓膜で拾いながら、賢人はゆっくりと門扉の鍵を開ける。
一般家庭でよく見るありふれた鍵なのに、賢人にとっては黄金の鍵以上に価値があった。
この鍵を得るのは容易くない。
まずは会員制SM倶楽部“名無し”優良会員にならなくてはならないし、客だろうがキャストだろうが、オーナーから信頼される必要がある。
しかし例えオーナーの信頼を得ても、すぐに鍵が与えられるというわけにはいかなかった。
自分の好みとプレイ内容とNGを詳細に報告し、S側とM側の希望が運良く合致した場合のみ、その鍵を受け取ることができるのだ。
教師である賢人の好みと秘めた希望は、自らの人格否定を含む被虐プレイだった。
人間扱いされなくてもいい。性欲処理のように扱われてもいい。
普段は有名な私立高校の教師というお堅い立場であり、生徒の規範となる態度を心掛けてきた。責任ある職務のストレスは計り知れず、そのストレスを自分が他人から全否定されることで発散したかったのだ。
『自分を解放なさって』と艶やかに微笑んだ女装家のオーナーから鍵を渡されたとき、賢人はそれだけでイきそうになるくらいの興奮を覚えてしまったほど。
門扉の中に入り、しっかりと門扉の鍵を掛け、賢人はついに現実の世界から乖離する。
先に来ている相手はどんな男なのか分からないが、“名無し”を通している以上は安心できる相手だと分かっていた。
喉を鳴らして家の玄関の扉を開けようとしたところで、頭に水の冷たさを感じて首をすくめてしまう。雨かと空を見上げた夏の空は雲一つなく、どこまでも澄み切った蒼穹が広がっていた。
「よぉ、こんんちは」
雨の代わりに軽めの声は頭の上から降ってきた。見上げれば二階のベランダから賢人を見下ろすように笑う、賢人と同年代くらいの青年がいる。
アッシュベージュの淡い色に髪を染め、耳にはピアスが幾つも並んだ容貌はどこか退廃的な艶めかしさがあった。
いかにも真面目な教師然とした賢人と違い、どちらかと言えば渋谷のクラブにでも居そうな風体だ。少なくとも生真面目な賢人が送る普段の生活圏内には見当たらない男だった。
「あ、あぁ……こんにちは」
まるで近所か隣人にでも接するような気安い口調と笑顔の男は、手にしていたカラフルな玩具を掲げて笑う。それは水の容量が大きな水鉄砲だった。
どうやら先ほどの水はウォーターガンによるものだったらしい。普段の教師としての賢人なら、人に向けて打ってはいけないと注意したことだろう。
けれど賢人はなにも言えなかった。
軽そうで人好きがしそうな甘い容貌が浮かべる表情の中で、その瞳だけは加虐の色を湛えていたからだ。
――淫らな呼気が漏れる。体の芯がカッと熱くなる。
ああ、この男が、この人がリビドーの相手なのだ。
「……ひ、ィッ……ッッ、いぃぃっ!」
太陽は中天を過ぎた頃。夏の空はどこまでも青く晴れ渡り、高い壁の向こうからは時おり車が走り去る気配がする昼下がり。
昼の日中で、壁一つ向こうには慣れ親しんだ規律に満ちた現実があるというのに――。
「んぁ、ア、アァァアァァッッ!」
綺麗に整えられた芝生の上、剥き出しの尻が芝生に触れてちくちくと刺激されていた。
賢人は真っ昼間でありながら、あろうことか全裸で芝生に尻を置き、ベランダに向けて大きくM字開脚状態で股ぐらを晒していた。
「的が動くんじゃねえよ、メス豚が。そら、今度も当ててやる!」
飛距離がある加圧式のウォーターガンをベランダ越しに構えた男が、先ほどからしきりに賢人を狙っていた。
ウォーターガンの標的は賢人自身。
乳首と陰茎とアナル、この三カ所を当たりと評して男はウォーターガンで狙い続けているのだ。
ウォーターガンを扱う男の腕は確かなようで、賢人の乳首や陰茎は何度も何度もウォーターガンの水流に当てられて刺激を受けていた。
ベランダで挨拶を交わしたあとににこやかに賢人に告げられたのは、『メス豚狩り』の的になれという男の嬉々とした言葉だった。
その言葉に腰砕けになった賢人は、自ら股間を晒して的になったものだ。
興奮して勃起した陰茎を見た男は嘲り笑いながら、執拗にウォーターガンの水で叩いていやらしい的を刺激する。
「チンポに水をぶっ掛けられてヨガりやがって……おら、ケツ向けろ。的が見えねえんだよ!」
ウォーターガンでびしょ濡れになった賢人がベランダに尻を向けて四つん這いになる。標的が見えるよう、尻たぶを自分でつかんで大きく拡げると、不様な格好に大きな嘲笑が聞こえた。
明るい太陽を浴びながら、賢人は始まったリビドーの三日間に脳が痺れる期待に目が眩みそうになっていた。
1
お気に入りに追加
258
あなたにおすすめの小説

身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。


朔の生きる道
ほたる
BL
ヤンキーくんは排泄障害より
主人公は瀬咲 朔。
おなじみの排泄障害や腸疾患にプラスして、四肢障害やてんかん等の疾病を患っている。
特別支援学校 中等部で共に学ぶユニークな仲間たちとの青春と医療ケアのお話。

ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた
やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。
俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。
独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。
好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け
ムーンライトノベルズにも掲載しています。


いじめっこ令息に転生したけど、いじめなかったのに義弟が酷い。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
オレはデニス=アッカー伯爵令息(18才)。成績が悪くて跡継ぎから外された一人息子だ。跡継ぎに養子に来た義弟アルフ(15才)を、グレていじめる令息…の予定だったが、ここが物語の中で、義弟いじめの途中に事故で亡くなる事を思いだした。死にたくないので、優しい兄を目指してるのに、義弟はなかなか義兄上大好き!と言ってくれません。反抗期?思春期かな?
そして今日も何故かオレの服が脱げそうです?
そんなある日、義弟の親友と出会って…。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる