スイセイ桜歌

五月萌

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第4章 ゆいなの歩く世界

23 正幸とマリン

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 太陽、美優、ゆいなは団員の先頭に立って団体行動をとった。そして一同はクライスタルに無事帰還した。
「ありがとうございました」
「こちらこそありがとね」

 ニールはそれだけいうと、ゆいな、太陽、美優、正幸、小春、ネムサヤ、アリアを残して、楽団を引き連れて遠くへ行った。

「ほな、町に着いたから金出せ」
「こりゃまいった、パース」
「パース」

 小春とネムサヤは箱を出して小袋に入った金貨を取り出す。

「500枚が2袋やな。パース・ストリングス」

 正幸は重さだけで分かるようだ。箱はヤシの木の写真が貼られているかのような模様だ。

「文句はないね? 俺たちはリコヨーテに戻るので」

 ネムサヤは小春とアリアとともに別方向に行ってしまった。
 ゆいな達は美優が、小走りして先を急ぐのでついていった。

「マッサー、今日はお前の家まで見送るからな」
「ええけど、わいの痔、悪化したら太陽のせいやで」
「あとあさっての日曜日空いてる?」
「あいてんで」
「まさかのお誘いに……、なんか太陽に懐いてるよ!」

 美優は驚いている。

「どこ行くん?」
「日本の冬祭りに皆で行こうって。俺はバイトの店、壊れたから暇だしな」
「それええな、あ、ごめんやけどわいも行ってもお金ないぞ?」
「それなら奢ってくれるよ、ね? 太陽?」
「なんで俺? いいけど、2000円までだからな、美優もな」
「小学生みたいなこと言わないの、まったくもう」

 美優が反応すると、正幸は口を閉ざした。
「マッサー? 平気か?」
「わい、女のキンキン声苦手なんや」
「じゃあお祭りいけないんじゃ?」
「うーせやけど行きたいな、しゃあないから、克服したるわ」
「克服できるの?」
「ほな帰ったらおかんのキンキン声、録音して聞くわ」
「ほら着いたよ」

 美優は低い声で言ってみせた。
 そこは魚の煮付けの写真やハンバーグの写真やその他色々の料理の写真が窓に貼られていた。外観は薄緑色のお店だった。

「ただいま」

 美優は突進するように店内に入っていった。

「いらっしゃい。美優はおかえり!」
「こんにちは」
「ちわっす!」
「お、美優の新しい友達か? 痩せてるな、今日はたくさん食ってけ」
「あざす」
「この子は石橋正幸っていうの。マッサー君、この人は私の父親のマリンっていうの」

 美優と正幸とマリンの後にゆいなは店内に入った。
 天井に花が咲いている。その端はピンク系やオレンジ系の光を放っていた。
 店内はせせこましいが綺麗だ。客は誰もいなかった。
 ゆいな達は四人がけテーブルの椅子に座った。
 メニュー表がない。

「お嬢ちゃんも初見だね」
「柳川ゆいなさん。太陽のバイト先の子だよ」
「美優ちゃん、メニュー表は?」
「お父さんの気分とその日の食材で作ってくれます。今日は狩ってきた、ジビエ料理になるんですけど。パース」
「パース」

 太陽、美優はトナカイの月影の肉を箱から出した。その肉をマリンは台車の上に置いた。

「今日はポロンリハか。ポロンカリストゥスでいいかな? スープ? 生でもいけるか? でもなあ」

 マリンは食材を受け取るとブツブツ言い始めた。

「え?」
「いや独り言ですので、お気になさらず」
「はあ」
「じゃあローリに電話するな」
「ここまで来たのは美亜の家の世界樹だったね。美亜に一応話しておくか、お祭りに行くかどうか」

 しばらく2人がせわしく動いていると、ゆいなにシチューのような匂いが鼻腔を通過してきた。
(いい匂いだ。肉の焼ける匂いもする)
 ゆいなは料理ができるまで店を観察する。4テーブルほどの狭さでカウンター席5つだ。なんの花の名前は分からないが天井にボウリングのボールほどの大きな花が4つ咲きほこっている。
 木でできた椅子にテーブルに木でできた箸やスプーンやナイフが置いてあり、木でできている壁と天井だ。温かいわけではないが寒くもない。

「電話終わったな」
「じゃあ記念に写真撮ろう」
「いいね、撮ろう撮ろう」
「マッサーも」
「……ほんなら美人に撮しといてや」
「大丈夫だよ、すでにかっこいいんだから」

 ゆいなが言うと、正幸に熱っぽい目をされる。

「なんや、わいのこと口説いてるんか?」
「違うよ! 一回りも年下なんだから見合うわけがないよ」
「わいはゆいなのこと好きやねんけどええんか?」
「大人をからかうんじゃないの!」

 ゆいなは目を伏せて、顔を赤くする。

「よーし、じゃあ撮るよ、はいチーズ!」

カシャ!

「どれどれ」
 美優は目線をあえてそらしたポーズで、太陽はピースして、正幸はウインクして、ゆいなは真っ赤な顔で伏し目がちだった。

「加工するね」
「いやこのまんまでいいだろ」
「わいのケータイにも送ってくれんか?」

 正幸達はケータイ番号とメールアドレスを教えあった。

「マッサーのお母さん何してるんだ? 電話もしてこないで」
「男遊びが激しいんや」
「ふーん、それなら」

 美優が言い始めたときにちょうど料理が運ばれてきた。

「おまたせ。トナカイ肉をふんだんに使ったシチューのポロンカリストゥスだ」

 トナカイ肉のシチューがポテトにのってベリーソースがかけられている。それが4人前、マリンのお手製のカートによって運ばれてきた。切れ目の入った丸いパンも一緒だ。
「ありがとうございます」

 ゆいなは目の前に置かれた料理を見て興奮しつつ、感謝の言葉を述べる。そして手を合わせた。

「「「いただきます」」」

 4人はその料理の香りを楽しみながら食する。

「なかなかやな」

 正幸は一番速く平らげた。

「美味しい、どうあがいてもそれ以上の言葉が出ないくらい美味しい」

 太陽も一気食いする。
(美味しい。肉もあっさりしていて、食べやすい。ベリーソースが絡まるとちょうどいい甘さで舌の上でとろけていく。一見硬そうに見えたパンも柔らかくてふわふわだ)
 ゆいなはその料理をゆっくり味わうように口に運んだ。
 美優は大口を開けて食べている。食べるのに夢中で頬にソースがついていた。

「美優、横、汚れてる」

 太陽はショルダーバッグからポケットティッシュを取り出して、隣に座る美優の頬を拭いた。

「ありはほー」

 美優はもぐもぐ食べながらお礼を言うと、すぐさま平らげた。


「それでなんて言おうとしたんだ?」

 太陽が聞くと、美優は口の周りを優雅に拭くと一言言った。

「マッサー、ここで働きなよ?」
「ええ?」
「太陽は黙って。この店で夜働いて、朝昼と音楽魔法学校に通ったらどうかな?」
「寝泊まりはどこでするん?」
「この店の2階に空き部屋があるからそこで寝たらいいんじゃない?」
「できるんやったら、そうしたいねんけど」
「なにか理由があるの?」
「中学の友達に会えなくなるのは嫌やねん」
「そんなことか! それなら言ってくれれば休みあげるし、私も太陽もついていってあげるよ?」
「おかんに聞いてみるわ」
「居酒屋風マリン食堂って店だから。ねえお父さん、いいよね」
「俺に聞くのが最後なのが気に障るけど、人手があると助かるから別にいいぞ」
「お母さん、いつもいつになったら帰ってくるの?」
「2,3日あけて早朝やな」

 正幸は遠い目をしていった。

「いつもご飯はどうしてたの」
「月の小遣い5000円やねんけど、ほんでもやしと豚バラを買って炒めて食うてんねんけど、ワックで爆食しすぎて月の後半に使うお金飛んでいったわ。米はあるんや、せやけど肉が食いたくて、使ってもうたお金の分、テイアで稼ごうと思うてな」
「今日は12月21日だよ?」

 美優は腕時計の日にち機能で確認する。

「父親は何してるんだ?」
「浮気して家を出ていってもうたわ」
「はああああ!?」
「美優、抑えて」
「子供を捨てて出ていくなんてどんな神経してんの?」

 美優は怒りの頂点に達しているようだ。

「静かに、客が来なくなるから」

 マリンはなだめる。

「お父さん、マッサーのこと本当の子だと思って優しくしてあげてね、物事がうまく進んだら」
「そうだな。事がうまく運ぶように祈っておくか」
「あ。武楽器の部品余ってへん?」
「翔斗が持っていたはずだよ」
「ほうか、翔斗って誰やねん」
「今度会わせてあげる」
「そろそろ帰ろう」
「パース」

 太陽は箱を手に収まるサイズで出した。

「あ、太陽ありがとう、ゴチになります」
「2000ペドルでいいぞ」

 マリンの声が聞こえる。返事のかわりに太陽は20枚の金貨を返した。

「ありあとやしたー」
「ありがとうございました」

 ゆいなは太陽に続いてお店から出ていく。
 真上に太陽があるので、日差しが強い。

「マッサーの家ってどの辺?」
「埼玉のp市の外れた所や」
「俺等はP市だ、ちょうどよかった。また新しい世界樹、発掘できて」
 4人は町の真ん中に急ぐ。そして、たどり着いた。青い膜が中央の切り株にまとっている。
バチッバチッバチッバチッ
 太陽は中に入るやいなや正幸の肩に手をおいて喋る。

「マッサー、お前が弾けよ」
「任せとき、ウォレット・ストリングス」

 正幸の前にチェロが現れ出る。

 優しく弦が擦れて出る音は危なげのあるジムノペディだった。何箇所か音を間違えていたが、周りの景色はぐるんぐるん回る。
 膜は半透明になりその場所に着いた。
 空気が肌寒い。

 ゆいな、太陽、美優、正幸が膜を出るなり怒鳴り声が響き渡った。

「あほ! あんたどこにいたんや? 武楽器の一部、返しな!」

 キレているのはニキビだらけの初老の女性だった。髪型は金髪を後ろにお団子で結んでいる。

「おかん、わい、テイアにあるクライスタルの居酒屋風の店に住み込みで働きたいんや。かまへんのなら返すで!」
「ええよ、うちが世話しないでええなんて願ったり叶ったりや」

 正幸はチェロの一部を母親に放り投げた。

「ほんなら、うちの敷居またがれへんからな」
「さよなら、クソババア」

 正幸は怒っているのがゆいなに感じられる。

(日本は冬の匂いがする)
 ゆいなは周りを見渡す。ここは県営住宅の裏側のようだ。周りは林のようだった。

「いいの?」
「ええねん、言うても変わらへんで?」
「そういえば、ここはどこだろう」

 太陽はいち早くケータイでマップを見る。

「p市の西側かー」
「もう一度ジムノペディで帰る?」
「タク呼んだほうが早いで。ここから飛んだジャングル、かなりクライスタルから遠かったんや」
「どこが目印になるんだ?」
「わいが頼む。ちょい待ち。お金は太陽が払ってな」
「まったくもうしょうがないな」
「まったくもうは私の口癖だから」
『タクシー一台来てもらいたいんやけど、今からQ市の郵便局の前に来てもらえへん? わかりました』

 正幸はすぐに電話を切った。

「なんだって?」
「10分くらい待ってほしいんやと」
「待って、郵便局はどこ?」
「住宅の正面に行ってな、すぐ右や」

 正幸は太陽達を連れて歩き出した。
 郵便局はすぐの距離だった。タクシーも難なく乗れた。

「すみません、p市のワックまでお願いします」
「はい」

 タクシードライバーは女性の年配の人だった。
 走行中だった。

「きゃあああ」

 美優は叫んだ。
 急ブレーキが踏まれて一同は前のめりになった。シートベルトのお陰で怪我することはなかった。

「月影だ」

 ゆいなは声が震えた。
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