スイセイ桜歌

五月萌

文字の大きさ
上 下
71 / 100
第4章 ゆいなの歩く世界

11 喫茶店で

しおりを挟む
 沙羅は無口になりながら、その場を移動した。

「友達か?」

 ゴルフ場の受付の中年男性が沙羅に声をかけた。

「知り合い」
「沙羅をよろしくな」
「ただの知り合いなので!」

 沙羅の雰囲気に圧倒されたのか誰も口を開かない。
 15分ほど歩くと、沙羅は不意に言う。

「ここが目的の場所ね」

 そこには公園が広がっていた。

「城南島?」
「そう、此処から先は自分達で行くこと、私の案内はこれでおしまい。それじゃ、さようなら」
「あ、あり」
「ありがとう」

 ローリがゆいなより先にお礼を言うと、沙羅は走ってどこかへ行ってしまった。

「ここじゃ落ち着けないから近くの喫茶店に行こう。まだ時間はある」
「ローリ様、この辺詳しいのですか?」

 ゆいなは不思議そうに聞く。

「詳しくはないけど、先に調べておいたのだよ」
「うむ、さすがロー君」

 ガウカが言うと、ローリは笑い、皆を率いて連れて歩いた。

 しばらくして「こっちだよ」とローリは目と鼻の先の喫茶店に手で示した。
 ローリが店のドアを開け店内に入った。

「いらっしゃいませー」

 日本でよく見る普通の喫茶店だった。

「僕はアイスティーをもらおう」
「わしはホットコーヒーを」
「私もホットコーヒー」

 ゆいなも続けていった。

「僕はアールグレイティーを」

 レンシはある意味オーソドックスの紅茶にしたようだ。

「あの、ローリ様、私スメタナのモルダウを聴いてみたいのですが」
「僕はいいけど、マスターに聞くよ。マスター、ウェイターさん、ここでバイオリンを弾いても構いませんか?」
「下手な演奏じゃなければいいけど?」

 髭の生えた礼服のような服を着た老人が聞き返す。

「では弾かせてもらいますね、パース」

 ローリはテーブルの下に箱を出して、バイオリンを取り出した。
 そして、モルダウを弾き始めた。

 華麗な弦さばきと曲の流動性に聴く人が心を奪われた。それは綺麗よりも遥か上で、上品であった。
 曲が終わる。
 ローリの指輪が光った気がした。

「お待たせいたしました」

 店員が注文の飲み物を持ってきた。

「ちょっと貸してくれたまえ」
「何を?」

 ローリはバイオリンを消すと、トレーを奪うように受け取った。

「消毒だよ」

 箱の中にトレーごと入れるローリ。

「何するんですか!? 消毒?」

 ウェイターは口を開く。

「さあ、これで大丈夫だよ」

 ローリはトレーを持ち上げるとテーブルに置いた。

「な」

 マスターが驚く中、ローリは飲み物を配る。
 ローリはグラスに入った紅茶を一気に飲み干した。

「ご馳走様でした、ビオの刺客君」
「くそ、こんなはずじゃ!」
 
 店員はダッシュして店から出ていった。

「え? 勇鷺いささぎ君!」
「マスター、君はこの件に絡んでいないようだね、勇鷺君か、おそらく偽名だね」
「……ゴホン! 今日から入ったバイトの新人なのだけど、悪いことをしましたね。お代は取らないから好きなだけ飲んでいってください」
「あの」

 ゆいなは遠慮がちに声を出す。

「コーヒーのおかわりください」
「はいな」

 マスターは笑いジワを作りながらコーヒーサーバーを持って客席にやってくる。

「さて、もう一杯飲んだら出ようか、皆」

 ローリは音を立てずに紅茶を飲む。

「君、可愛いね、ウチで働かない?」
「ロー君に気安く触るんじゃない」

 ガウカは手をバッテンにして、顔の上に示した。マスターがローリに触れようとしたからだ。

「もう行くのじゃ」
「はいはい、お姫様」

 ローリは反抗しても無駄だとわかり相槌をうった。そして、最後の一口を飲み込んだ。
 ゆいなとレンシもちょうどよく飲み終えた。

「パース」とローリがつぶやくとルービックキューブのような箱が出てきた。

「変わったマジックだな。お代はいらない、また来てくれ」とマスターが言ったことを覆さないのでその代わり、招き猫をマスターにプレゼントした。

「日本でご利益があるとされるものだろうね」

 右手を上げているので金運アップの白い招き猫だった。

「日本とは? 外国人なのですかい?」
「いや、気にしないでくれたまえ」
「ありがとうございました。コーヒー美味しかったです」
「こちらこそありがとう、気に入ったなら、いつでも来ていいですよ」

 マスターも笑いかけた。

「はい」
「それでは、僕たちはこれで。ありがとうございました」

 レンシはガウカに押されるがままに外に出た。

「痛いです」

 レンシはガウカに腰の贅肉を掴まれていた。

「お主、脂肪半端ないんじゃな」
「そうですよ、太ってますよ」
「うー、ロー君、こやつ、素直に認めおった!」
「ガーさん、君という人は、こうも淑女ならざる行いに頭がいたいよ」
「わしのこと嫌いなのかえ?」
「いや、好きだよ? だけれど言っていいことと悪いこと、判断できないところが玉にキズだよ」

 ローリは無表情でそう言うと歩きだした。

「ついていってもいいんじゃな。ゆくぞ皆のもの」

 ガウカが声を上げた瞬間にローリがいきなり真剣な顔をしてはっとする。

「この匂いは蝶々の月影とイモムシの月影だ。このまま真っ直ぐ歩くと公園がある、ビオさんは公園のベンチに座っているから、僕らは仲間だと打ち明けてくれたまえ。また、ビオの陰謀を白杖させたまえ、パース」

 ローリは早口で言うと、箱の中から手錠を取り出し、レンシに渡した。

「願い石を使って逃げるだろうから、近づいたらすぐにこれをかけてくれたまえ」

 ローリは気が済んだようにガウカの腕をとる。

「ガーさんはこっちの道だよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、論破するのはローリ様じゃないのですか」
「ロー君に従っておけ。お主は何もできないんじゃから」

 ガウカはそれだけ言うとローリにしがみつくようにして、何処かへ消えていった。

「行ってらっしゃいです」

 レンシは至って冷静だ。感情を表に出さないのはビオとよく似ている。

「どうしますか。ビオさん超頭いいんですよ」
「そうですか、私だったら戦いにならないように平和にやり過ごしますが」
「そんな事できるんですか?」
「そうですね、全力を尽くします。そろそろ行きましょう」

 レンシはあっさり言うと歩き出した。
 目の前にレンシがいるので、ゆいなはドギマギする。
(前を向けない)
 ゆいなはレンシの斜め後ろをひたすら追った。
 公園らしく柵のある緑が生い茂った場に入っていった。

「ビオ」
「…………お父さん!」

 ビオが真正面からレンシとゆいなを見添える。10メートル程離れているため、ベンチから立ち上がると、走りながら近寄ってくる。
 レンシは嬉しそうだ。
 ビオも笑っている。

「私の介入できる隙なんてないじゃん」

 ゆいなはビオが胸ポケットからコンパクトナイフを取り出すのを目視する。
 ニヤリと笑うビオのナイフがレンシの胸元に刺さった。

「お前は誰だ! お父さんはそんな顔していない、どこに隠した!」

 ビオは珍しく興奮している。

「ビオに謝らなくてはならないことがある」

 レンシはおでこに手を乗せるとレンシの顔を剥がした。
ビリビリ。

「あ。あの頃のレンシ君だ!」

 ゆいなはつい口を出す。
 7年前のレンシの顔そのものであった。
 ビオはナイフを引き抜こうとするも、何かが支えているのか簡単に抜けない。

「筋肉スーツいや、脂肪スーツ着てるから刺されても傷は浅いよ」と言いながらレンシはビオを抱きしめた。
「離せ! 私はずっと、ずっと、一人だった。皆と遊びたくても声が出せないんだ。だから、勉強を人一倍頑張ったはず……なのに見てくれなかった。お母さんとお父さんに話を聞いてもらいたかった。知ってる? お母さん、脳梗塞で倒れたよ」
「お金を送るだけじゃなくて、ちゃんと見てあげられなくてごめん」
「ローリを殺す気にはならないのですが、リコヨーテさえ無ければクライスタルで働く他ないですよね」

 ビオは涙でくしゃくしゃになった顔をポケットに入れていたハンカチで拭く。

「ビオに会いたかった。僕らは敵同士じゃない」
「もう遅いです。リコヨーテに触れるだけで動植物の生命エネルギーを奪う月影を放ちました。これで噂でも立つと最高なのですが」
「一体どんな月影なんだ」
「教えるわけ無いでしょう。ヒントをあげます。町の復興している人やゴブリンの中に今潜んでいます。今は眠っていますが、近くでの口頭の私の命令か、夜になると動きだします。街の復興を手伝っているローリの恋人でも殺しましょうか?」
「ビオ! お前は、あんなに優しかったのに。僕が目をかけてなかったにせよ、それはいけないことだとわからないのか」
「分かりませんね。リコヨーテなど滅びればよいのです」
「馬鹿野郎!」

 レンシはビオの手を鷲掴み手錠をかける。

「だからこんな事しても今更無駄です」
「あなたは世界に生かされてきた。それでも世界を壊すなら、私が世界を守る。ビオさん、あなたもついてきなさい」
「は、離してください」
「場所を教えなさい。近くに行ったら、こう命令して。月影よ、誰にも触れることなく前に進み、海の中に飛び込みなさい」
「そんなもったいないこと、嫌ですよ。痛た!」

 ビオはゆいなが耳を引っ張ったため、悲鳴を上げる。

「いいから言いなさい」
「願い石、私をリコヨーテの伽藍の前に移動させてください」

 ビオはガリッと何かを噛んだ。すると、口の中から金色の光が漏れる。

「口の中に仕込んでいたのね」

 ゆいなが言うが速いか、足元に光ができるのが速いか、ビオはその場から姿を消した。

「してやられた」
「小さな石で移動できるというのは近いからでしょうね」
「ローリ様にどう説明しましょう?」
「私はトイレで着替えてきます」

 レンシは肉だるまだった身体からスラッとした執事に早変わりした。レンシはマスクとボディースーツを脱いだのだ。






 ゆいなは事情を公園まで来たローリとガウカに説明した。

「というわけで、リコヨーテに戻りましょう」
「君は惜しいことをしたね、夜になる、もしくはビオの命令に従う月影か……。電話で話しておこう」
「すみません」
「いいのだよ、ここからだと少し遠い、さっきの世界樹から行こう」
「それにしても生き物を枯らす月影などよく作れたものじゃ」

 ガウカはレンシとローリを見比べている。その後にローリの腕を組んだ。

「これからは月を月影の出せない膜で覆うほうがリコヨーテに来るための世界樹を作るよりも遥かに意味のあることだ。そのためにも多くの願い石が必要だね」
「ふむ、後50年以上はかかりそうじゃな」
「それは君と母上に託すよ。僕の半月はフェレットだから、人の寿命は超えられないからね」
「任せておれ」

 ガウカとローリはゆいなにとって意味のわからない話をしていた。

「そんなことより、リコヨーテに世界樹を植えればいいのでは?」
「中庭の大樹から成長して育ち始めた木の種を、かい? それは厳しいよ」
「だから、挿し木すればいいのではありませんか?」

 ゆいなの言葉に皆、目を丸くした。

しおりを挟む

処理中です...