スイセイ桜歌

五月萌

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第2章 ローリの歩く世界

17 ゴブリンとローリ

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「行ってくる! なるべく連続で吹いて、弾いてくれたまえ!」

 ローリは踊るゴブリンたちを避けながら、階段へと向かった。A塔の一の三番にいる。引き戸を思い切り開ける。

「あんたがローリカ!」
「弱そうだゼ」

 ゴブリンは即反応した。棍棒を持っているものが三人。ハンもいる。
 人形と心臓はベッドの上に置いてあった。武楽器の一部もだ。

「ウォレ」

 ローリがバイオリンの剣を出すとハンはフルートの頭部管を外してレイピアのような剣を作った。
カキンカキン
「いいフルートだね。しかし、戦闘向きではないね!」

 ローリは相手の剣を弾き飛ばした。
 ハンのフルートの剣は吹っ飛んでカーテンを舞い上がらせ、そのまま、ぬいぐるみの中のメイホの心臓に突き刺さった。

「あーゥ!」

 ゴブリン達は頭を抱えてのたうち回る。魅了が解けたのだろうか。

「ウォレスト、パース」

 ローリはもう一度バイオリンを出す。今度は普通のバイオリンだ。そしてルービックキューブの模した箱も出した。

(この曲はバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第二番より第五曲、シャコンヌ)
 メイホの心臓がどんどん血を取られながら小さくなっていく。ぬいぐるみは血で真っ赤だ。その血も金貨、銀貨、銅貨、貴金属、装飾品などに変わる。箱に入っていく。障気がゴブリンの体から出ている。
 最終的にしぼんだぬいぐるみがその場に残った。
 曲を引き終わる。
(さてどうやって帰ろう)
パチパチパチパチ
 拍手喝采をローリは浴びた。

「ローリサン、良かったヨ!」
 ゴブリン達は歓迎ムードで拍手をしている。

「ありがとう、君たちはこれからどうやって生きるのかい?」

 ローリは武楽器の一部の全てを箱に入れた。

「新たなマスターの貴方様についていきまス」
「僕はずっとここにいるわけじゃないんだけどね。ゴブリンの村を知ってるかい?」
「知ってるヨ、でもこの廃病院で生きるヨ」
「どうして?」
「外界は危険だからネ、この廃病院は取り壊される心配もないシ」
「食料はどうするんだい?」
「耳は彗星証で隠れるカラ。鼻の出てない子に、サングラスかけて買いに行ってもらうしかないネ」
「ゴブリンの村に行く子は僕についてきたまえ」

 一人のゴブリンがローリの後に続いた。
 そして、一階のホールに着く。
 皆、ゴブリンも人も疲れて座っている。ゴブリンは踊り、人は演奏したので、体力がないのだ。
 メイホは白骨死体になっていた。

「太陽君、美優さん、タイガツ君、翔斗君、みんなありがとう」
「どういたしまして」

 太陽は笑ってお返しの言葉を言った。

「ローリ、オメー遅すぎ、はあはあ」

 翔斗はトロンボーンをしっかり持ちながら、息を切らしている。

「そうそう、普通に唇痛いから」

 美優も同意する。
「お仕置きとしてなんかギャグ言え、ローリ」
「いや嫌だよ」
「ところで、おい太陽、もうハメハメハしたのか?」
「かめはめ波がどうかしたのか?」
「ハーメハーメ、ハ~~~! ビッシャ!」
 翔斗が腰をカクカクと振っている。
「いや、どんだけ早漏なんだよ!」

 タイガツはツッコミを入れる。

「なあ、ちょっとこれやってみて、ローリ」
「嫌だよ、顔から火が出そうだよ!」
「可愛いなあ」
「僕を可愛いというのは間違いだよ」
「可愛い、ローリは汚れてないね、この変態と比べて」
 美優は翔斗を睨む。
「ありったけのケツ毛~、抜き集め~、風神さん家の前に、貼っておくのさ~、ヴィエダブルピース!」

 翔斗は口をすぼめながらピースサインを両手で作った。

「いや、なんでケツ毛! ヴィエにダブルピースとかないから!」

 タイガツが再び翔斗を小突いた。

「翔斗、あんた、しばらく私に話しかけないでよね」
 
 美優の一言で翔斗はうなだれる。

「感想もらえてよかったじゃないかい?」
「よくねえよ。太陽どう思う?」
「女子の前で変な真似するな。翔斗、しばらく話しかけてこないで」
 
 太陽も何やら怒っているようだ。

「そうだ。この中のゴブリン達で外界にあるゴブリンの村に行きたい子全員、僕についてきてくれたまえ。もし地下や二階、三階、四階にいるゴブリン達にも伝えてくれたまえ。行き先だけは教えるからね」
「ローリ、どうするの? 送り届けないの?」
「そうだね、送っていってもいいけど人食いゴブリンの話も聞いてるから迷うね」
「そんな事しませン! 僕らが話しますので、どうか、ゴブリンの村までついてきてくださイ」
「俺らは帰るか。二十時過ぎてる」
 
 太陽はピアノを消すと起き上がった。

「しょうがないね、その代わり途中までだからね。今から三時間後に出発しよう。そして悪いが、今日はここで仮眠をとらせてくれるかい? 今帰ったら二度と抜け出せなくなりそうだからね。それにこの国の宿屋に僕の顔が出回っているかもしれない」
「いいですとモ」
「俺らどうやって帰るの?」
「翔斗君は日本から来たはずだから、近くで演奏に参加せずに見守れば、あっという間に日本に帰れるはずさ」
「そうか、賢いな」
「実際にその方法でこの間帰っていったからね、太陽君達」
 
 ローリは廃病院の玄関まで来た。

「そっか。じゃあまたな」
「うん、おやすみなさい」
 ローリは明日のことを考えると少し憂鬱だった。

「まったね~!」
「じゃあな」
「ゴブリンの村の近くに行くとき気をつけろよ」
「もちろんさ」

 ローリはタイガツの言葉に少し感動した。

「ありがとう」

 ローリは皆が去った後、そう呟いた。

「ところで、今まで盗んだ武楽器の一部は?」
「十八個でス。既にローリ様が箱に入れたのは八個で残りはワタシが持ってまス」
「僕にくれないかい?」
「いいですヨ、パース」

 ハンは黒い箱を出すと、中に手を突っ込む。武楽器の一部が片手に握られてローリの目の前に置かれた。

三時間後
カンカンカン
(何の音だろうか?)
 ローリは寝ぼけ眼をこすりながら起き出す。眼前に、変なことして落ちてくるような金ダライとハンマーをセットにして持っているゴブリンがいる。そして、それらを叩いている。

「おはようございまス」
「よく眠れたよ。眠気覚ましに来てくれたのかい?」
「ハイ」
「じゃあ行こうか」
「ハイ」

 四体のゴブリンがローリを待っていた。

「もしバレたら僕が袖の下を握らせるから、僕がいいと言うまで何も喋らずに顔も出さないようにしてくれたまえ」
 ローリはハーブの入った壺を四つ運んでいるという体で人力車を雇った。
 幸いにもゴブリンは皆小さく、大きめの壺の中に入れた。
 人力車は二台ともバレずに検問を通り抜けた。検問から離れた森の中で、人力車の男達に報酬を渡して帰ってもらった。

「さて、皆、体調は平気かい?」
「大丈夫だヨ」
「うン」
「あア」
「そうネ」
「どのくらいで着くんダ?」

 ゴブリンの一人がローリに聞いてくる。

「一五分もかからないくらいかな」

 ローリ達は一人と四体で固まって歩く。

「敵は取ったよ、ネニュファール」

 ローリは拳を握った。

「何か言っタ?」

 女の子のゴブリンに聞かれた瞬間、息が詰まった。また、タバコを吸いたくなった。

「ごめん、僕、帰るよ。君たちは弱くない。というよりも、君たちは月影、僕は半月。攻撃しない限り、月影は月影を狙わない。ただ、人間に襲われないか心配だけど、君たちの力なら逃げ切れるよ。意思の疎通もできる。そうだ、僕の紋章を紙に書いておこう」
「そうですカ、無理に引き止めることはしませんが、お達者デ!」
「ついて来てほしかったナ」
「僕はこれ以上君たちと関わっていたら、君たちに甘えてしまうからね。今、地図を書くよ。パース」
 ローリは箱を出すと、紙と先のピンク色の羽ペンとインクを取り出した。
 さらさら書いていくローリに皆近寄って、ペン先を見つめた。
「さっ、これで、迎え入れてもらえるはずだよ」
 ローリはゴブリンの書く言葉がわからないので握手する絵とスターリング城の紋章を地図の隣に書いた。彗星証も片耳外して渡す。
「ありがとうございまス」
 ゴブリン達は地図を見ながら首を傾げる。
「コンパスも渡そうかい? それと、僕の城の紋章の入った鏡もくれよう」
 ローリは手のひらサイズのコンパスと鏡をゴブリンに渡した。
「助かるワ」
「さようなら、ローリ」
「僕の名前、覚えててくれたんだ、ありがとう。くれぐれも気をつけてね」
 ローリは別れると、森を走ってクライスタルに戻る。その途中だった。
(長だろうか)
 四m位の大きなオオカミの一頭がローリの後ろをついてくる。
「しつこい月影だね。パース」
 ローリは空高く下から上に伸びる箱に乗った。
 さすがの大きなオオカミがとんでも届かないほどの距離だ。
「ウォレスト」

(バッハ――無伴奏パルティータ第三番よりプレリュード)
 ローリのバイオリンの音と箱をかじるオオカミの音がその場に響く。
「亞葉佳里の弓」
 サウカの声が轟いた。
「ウォレスト!」
 ガウカの声。
 ローリは下を見ると、オオカミの上にコントラバスに乗ったガウカの姿が見えた。矢がその下のオオカミを捉えている。
「ウォレスト」
 タイクのかすかな声。
ヴァーーーーーー
  サックスから地面に緑色の光が地面を照らす。土の刃が出てオオカミを切り裂いている。
 ローリは「パース」と言いながら下に降りていった。タイクと目が合うほど下に来た。
「陛下! ご無事ですか?」
「なんとかね。お迎えご苦労様だよ」
「ロー君! 探したのじゃぞ!」
「悪かったね。とりあえず、このオオカミをなんとかしようか」
「そうですね、ウォレスト」

 サウカは弓をバイオリン仕様に変える。

「何を弾きになられますか?」
「美女と野獣だよ。……ネニュファールが好きだった曲さ……」
「ロー君、ネニュファールはもういないのじゃよ」
「姉さん……」
「いいから弾こう! アラン・メルケン、ハワード・アッシュマンの作詞作曲の、美女と野獣」
「ウォレ」

 ガウカは自分よりも少し大きいコントラバスを掴む。

 バイオリン二挺、コントラバス一台、サックス一本。
 どれも合わせると、音が違って聞こえる。
 ローリはこの演奏に感慨深い物があった。
 皆それに気づいていなかったのだった。それほどまでにローリの演奏は圧巻だった。
 オオカミの血肉が金貨、銀貨、銅貨、貴金属、装飾品に変わって空を舞う。箱に入っていく。

「そういえば、大量の武楽器の一部を手に入れたのだったよ、城についたら見てもらおう、母上にも」

 ローリはつぶやく。

「大量の武楽器のかけらって、まさかメイホを倒したのですか?」
「そうだよ」

  タイクは驚きを隠せなかった。

「え?」
「廃病院があって、その中にいたのさ。今はもうゴブリンが住むという事になっている」
「ようやく、思いが届いたのですね。ネニュファールも空から見て、喜んでくれておりますよ、きっと」
「そうだね」
「浮気はだめじゃ」
「わかった。これからはガーさんを好きになるよう努力する」
「だめじゃ、今すぐわしを好きといえ」
「そういえば、母上に、一夫多妻制にしようか聞かなくては」
「なぁんじゃとーー!」
ピイイイン
 なにかが起こった。
 腕時計を見えると一分くらい進んでいた。

ヒュン、ビシ
 目の前に降ってきたのは弓矢だ。
 ローリはそれをバイオリンの剣で反射的に弾いていた。
 ゴブリンたちが打ってきている。あの四体ではない、三体のゴブリンがいた。皆耳と鼻が長い、腰みのをつけている男のゴブリンだ。明らかに狩りに来ている、ゴブリン村のゴブリンたちであった。
 ローリはゴブリンたちの匂いが消されていて気付けなかった。

「待ってくれ、あの四体を助けたのは僕だ」
「知っていル。だがもっと金貨を出してもらおうカ」
「なんと強欲な! 陛下殺っちゃいましょう」
「この場を去ってくれたまえ。本当に死にたいのでなければ」
ドスッ
「あぶな」
「ロー君!」

 ガウカが叫んだ。
 胸に矢が刺さっている。心臓を貫いている。

「がはっ」

 ローリの血が流れていく。意識が遠のいた。
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