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第2章 ローリの歩く世界
14 ニーベルングの指環
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現代
パイプタバコの火は消えていた。
「あの時、父上はなんと言ったのだろう?」
ローリはラウレスクに会いにいくことに決めていた。ネニュファールがいないと自分が自分では無くなりそうだった。誰かに甘えたかったのが正真正銘な事実だった。廻縁を出て、階段を降りていくと、温かいスープの匂いがしてくる。今日は板前は休みを取ったので、執事の誰かが作っている。
(お腹はすかないが、僕にできることを父上にしよう)
ローリは厨房に向かうと慌ただしそうなネムサヤに出会った。
「陛下、ご夕食は召し上がりますか?」
ネムサヤの声が空を切るように響く。
「父上と食事を共にしたい」
「陛下の分は魚介類のはいったシチューと卵不使用のパンとなっております。帝王様には別口で温野菜のスープを用意しております」
「なんで食べるものが違うのかい?」
「点滴のみだとご飯の代わりになりませんゆえ。しかし鼻チューブを嫌うので、経口摂取で、飲み込みやすいよう野菜を薄切りにしております」
「ほう、僕の料理と一緒に、父上の部屋まで運んでもらえるかい?」
「はっ」
ネムサヤの返事にローリは満足しながら、ラウレスクの部屋の前まで来た。
「父上」
ローリはあの日と同じく扉を叩いた。
(不用心だな)
ドアの鍵は開いている。
「入りますよ」
「ローレライ」
ラウレスクの嗄声がする。
「父上、いかがなされましたか?」
「今日はネニュファールはいないのか」
「そ、それは日本へ旅行に行きました」
「ふむ、まあ良い。ローレライ、こっちに寄れたもう」
「はい」
ラウレスクはローリに首にかけていた鍵を渡した。
「これは一体?」
「そこの机の鍵だ。開けてみろ」
ラウレスクが指し示した先には小さなオンボロの机が一台置いてあった。上にはルービックキューブやら医学の本やら乱雑に置かれていた。
ローリは机の引き出しの鍵を開けて、中を見た。
空のような水色と白色の混ざった色の指輪と一冊の木の皮の手帳が入っていた。大きさはA五サイズだ。
「それはワーグナーのニーベルングの指輪という魔法曲によって作られた魔法の指輪と手帳だ。おそらくこの世に一冊しかない、と言うのも、世界樹の樹の皮でできていて、それが魔法に関わっているからだ」
ローリは不思議がってページを捲る。
(そのような大切な手帳をどうして僕に?)
「これはどんな魔法なのですか?」
「試したほうが早い、まず指輪をはめろ。それからカレンダーの好きなところにペンで追体験したい人の名前、時間を書くのだ。試しに今日のところに吾輩の名前を書くのだ」
「はい」
ローリは時の手帳を開く。見た感じで普通のカレンダー付きの手帳だった。ローリは机に置かれているボールペンでラウレスク=スターリングシルバーと今日の日付のところに書いた。
何も起きない。
「僕のことをからかったのですか?」
その瞬間、青い炎がローリの周りを取り囲んだ。するといきなり場面が変わった。
部屋にローリがゆっくり入ってきた。
「ローレライ」
自分の声が嗄れている。
ローリはベッドにいて自分を見ている。
「父上、いかがなされましたか?」
聞かれているのは自分、ローリだった。
「今日はネニュファールはいないのか」
声が勝手に出る。口は重くて自由に動かすことができない。
「そ、それは日本へ旅行に行きました」
自分の喋り口調で嘘をついているのは丸わかりだ。
「……ふむ、まあ良い。ローレライ、こっちに寄れたもう」
「はい」
ラウレスクのローリは自分に首にかけていた鍵をローリに渡した。
「これは一体?」
「そこの机の鍵だ。開けてみろ…………それはワーグナーのニーベルングの指輪という魔法曲によって作られた魔法の指輪と手帳だ。この世に一冊しかない、と言うのも、世界樹の樹の皮でできていて、それが魔法に関わっているからだ」
ローリは不思議がりながら手帳をパラパラひらく。
「これはどんな魔法なのですか?」
「試したほうが早い、まず指輪をはめろ。それからカレンダーの好きなところにペンで追体験したい人の名前、時間を書くのだ。試しに今日の吾輩の名前と今の時間を書くのだ」
ローリはさっき聞いた言葉を喋っている。
「はい」
ローリが自分の姿を不思議そうに見ているのに気づかず、名前を書いている。
世界は暗転した。
「六十秒経ったか」
「あの、この魔法の、時の手帳は死んだ人を生き返らせることはできますか?」
「あくまで既知と予知だ。この本は人を助けるために作られた、いわば救世主の本なのだ。死んだ者は生き返らない。だが、危険を察知できる。いい忘れたが日時を~にするとその時間のその者の追体験ができるのだ。例えば二十一時三分~二十一時八分にすると五分間追体験ができるのだ、無論名前を書かないと発揮されないがな。時間は~を書かなければ一分前になるのだ。そして最大の長所、この本を持っているだけで死の危険がある時に一分前、先読みができるのだ」
「この青い炎の中にいるときはどう見えていたのですか?」
「立っていながら一秒間、眠っていた。睡眠を取りながらこの本は使える、一分、一秒間で本の使用回数は三百六十五回だ。小さな文字で書いて同じ日に三回までだな」
コンコン
大きなノックの音がした。
「ニーベルングと声を発してみろ」
「ニーベルング」
指輪に時の手帳が煙と化し入っていった。
「時の手帳を出したいときにも同じ言葉で出るからな。それから、箱もその指輪から出せる魔法がかかっている。今、日本の近くにリコヨーテは落ちたのだろう?」
「はい」
ローリの声と少しの時差で扉が開いた。
「帝王様、陛下、お食事をお持ちしました」
エプロンを付けたネムサヤがワゴンに乗せて食事を持ってきた。
ベッドテーブルを用意して、食事が置かれていく。
「僕が毒味します」
ローリは予知できる体を利用してラウレスクのスープをスプーンで一口飲んでみた。
「んー、味薄いですね」
「香辛料は飲めないお体ですから」
「飲めてよかった」
「そんなに疑わないでください。傷つきます」
「あ、ごめん」
「いいですよ、こちらこそ申し訳ありません」
ネムサヤは折りたたみ式のテーブルと椅子をラウレスクのいるベッドの横に取り付けて、ローリの食事を用意した。
ローリは椅子に腰掛けると食事をよく見る。シチュー、パン、焼売、りんご
シチューには玉ねぎ、えび、いか、ホタテ貝、人参、鮭、パセリが入っている。
「この焼売は、肉?」
「いえ、お肉を使用してないノンミート焼売です。日本からお取り寄せしました」
「ほう、見た目は肉だが大豆なのだろうね」
「ローレライ、吾輩のことは気にしなくても良いぞ」
「あっすみません、目の前のご飯に気取られてました」
「言うようになったな、はっはっは」
「冷めない内にどうぞ。二十分後に食器を下げに参ります」
「ありがとう」
ネムサヤはさっそうと退場していった。
「あの、父上、なぜ今日になって時の手帳を渡してくださったのですか?」
「タバコの匂いがするから、なにか悩みでもあるのかと思ってな」
「な、悩みなどありません」
ローリは実のところ誰かを抱きしめたかった。
「そうか。いただきます」
「いただきます」
ローリはシチューを優雅に食べる。少し減ってきたら焼売やパンを三角食べする。遅めの食事であったがすぐに食べ終わった。
「ごちそうさまでした」
「食欲があっていいな」
「僕のことは気にせず、ゆっくりと食べてください」
「もちろんそうさせてもらおう」
ラウレスク細くなった首で食物を少しずつ 少しずつ摂食する。
ローリは手持ち無沙汰になり、机に置かれていたルービックキューブで遊んだ。
二十分経つ頃、ようやくラウレスクは最後のひとくちを飲み込んだ。
「ごちそうさまでした」
ラウレスクはローリを見つめる。
「何か用があったのではないのか?」
「いえいえ、顔を拝見しに来ただけです。もう寝ます。おやすみなさい」
ローリは満面の笑みで部屋を出た。
(ネニュファールが亡くなったことを言わないようにしよう)
近くにメイドがたむろしていたのでラウレスクに箝口令を敷き、執事とルコにもラウレスクに言わないようにしてもらった。
その後、ローリは洗面所に行き、歯を磨き顔を洗い、寝室へ向かった。部屋に入るとガウカが眠っていた。着替えて肌掛け羽毛布団を被って寝ようとしたが明日のことが気にかかり、もう一度起き上がると、部屋から出た。
「誰かいるかい?」
「はい」
ドーリーが駆けつけてきた。
「ペンを貸してほしいのだけれど、あるかい?」
「もちろんですとも」
ドーリーは執事服の胸ポケットから高級そうなペンを借りた。
「明日まで借りていてもいいかい?」
「どうぞ、よろしければ差し上げます」
「ありがとう、ではもらおう」
ローリは何も聞かれまいと急いで会話を終わりにした。ペンを持つ力が入った。
「ニーベルング」
小声で呪文を唱える。
指輪から時の手帳が出てきた。
(太陽君の名前は石井太陽君だったな)
ローリは時の手帳を開く。太陽の名前を書き込む。時間は十九時~十九時三十分だ。おそらくそのくらいに廃病院に行っているはずだ。
ローリのまわりに青い火が円を書く。
目の前が暗くなった。
「ローリ、眠たそうだけど大丈夫?」
太陽の声でローリは自分に話しかけている。
「平気だよ」
ローリは自分の姿の人が喋っているのがわかった。テイアなので外は太陽がさんさんと照らしている。
隣に腕を組んでいるのは美優と腰に手を当てているタイガツ、そして岸本翔斗。全員上を見上げている。
目の前を見た。
立入禁止の文字が書かれているも、金網に人一人通れる穴が空いている。
いかにも、どうぞ入ってくださいといいたげだ。
「行こうか」
(こっちの僕を本物ローリと思い、太陽君に入っている僕を太陽ローリと思おう)
太陽ローリは金網の穴に滑り込むように入っていく。
「いっ」
本物ローリは要領悪く、金網に引っ掛けて頬に傷ができていた。
「ローリ、絆創膏いる?」
美優はリュックの中からポーチを取り出す。
「このくらいどうってことないよ」
本物ローリの言葉通り傷口が治り血が蒸発する。
「わざと引っ掻いたのか? ローレライ」
タイガツは挑発するかのように言った。
「違うよ。それと今の僕はローリだ」
「はいはいわかりましたよ、ローリ様」
「太陽君、どうして君はこの危険人物を連れてきたんだい?」
「いや、強いし、俺的には信用してるから」
「はあ、先が思いやられる」
「タイガツの事悪く思わないでくれよ、ローリ」
翔斗が本物ローリを諌める。
「基本的にフェルニカの者は信用していないのだけれど、君が守りたい者なら僕が守るよ、ついてきて来てくれることへの借りだ」
「借りだとか考えなくていいよ。お前は俺の友達だからな、友達の友達も友達だ。仲直りしてくれ、ローリ、タイガツ」
太陽ローリはしんみりとして言った。
「おう、……ローリ、俺はたしかに悪いことばっかりして信用ならないと思うけど、少なくとも今日だけはダチでいてくれ」
「タイガツ君、そこまで言うなら頼ることや頼られることをしても構わないよ。悪いことはお互い様だ」
「これでみんな仲間だね! メイホをやっつけてゴブリンたちを助けよう!」
「美優、声大きいよ」
「地下があってそこにいるはずだから大丈夫よ」
「そうじゃなくてだな」
「メイホと昔戦ったことがあるんだけれど、彼女の心臓はうさぎの人形に入っているのだよ。それを潰しておかないと収集がつかなくなる」
「わかった。人形だな」
「それじゃあ全軍突撃だ!」
美優は走って、廃病院内に入った。
「美優まって」
太陽ローリ、本物ローリとタイガツと翔斗も、美優に続いた。院内はたばこ臭いらしく皆、顔を歪めて鼻をつまんだ。ここは不良のたまり場と化しているのか、そこら中に、空き缶の中や床にタバコの吸い殻がある。殻になったビール瓶も転がっている。
「誰もいないね」
「ローリ」
「うん、かすかにメイホの匂いはある」
「声は聞こえないけどね」
「罠があるかもしれない、ゆっくり進もう」
太陽ローリは皆に小声で注意喚起する。
廊下を進む。
「ここってね、精神病院だったんだって。患者同士で喧嘩して死んだ人や、殺人犯の精神異常者もここに来て何者かの呪いで死んだ人もいるんだって。死人が相次ぐ中でこの病院は閉鎖されて……、そしてね、取り壊そうとした工事の関係者も謎の心臓麻痺で死にまくっているらしくて、ついには壊すことを反対するイタコに言われて取り壊さずにそのままになったの。それで有名な肝試しのスポットなんだって」
美優は小声で皆をおどかす。
「俺そういうの信じてねえし、生まれてから今まで幽霊なんて見たこともねえから。科学的根拠のない話なんて信じられねえよ」
翔斗は早口で噛まずに言い切る。
「翔斗、焦りすぎだぞ」
太陽ローリがつぶやく。
「焦ってな、ひょえええええええええ」
「どうした?」
「なにか首に!」
翔斗は背中を何やら弄っている。美優の胸に肘が当たった。
「ちょっと今のわざと!?」
パシン!
美優は翔斗の頬に思い切り平手打ちした。
「水だよ。ほら降ってくる」
太陽ローリは翔斗の肩に手を置きながら、天井を見上げた。
ポタ、ポタ。
「本当だ」
「なんで水が降ってくるのかな?」
「水道管にヒビでも入ってるんだろ」
「あれ? なんで水道管が使われているんだろう」
美優は首を傾げた。
「この匂い、ゴブリンだ」
本物ローリの声がこだまする。
角を曲がるとナースステーションとホールが広がっていた。
そして真ん中辺りに彼はたしかにそこにいた。立っていた。背は低く、緑色の肌を極力見せないようにローブをフードから全身へ着込んでいる。目は両方とも赤い。髪の毛は茶髪で荒れ放題に生えている。
「お前たチ、この建物から出ていケ、いや、頼むから出ていってくださイ、お願いしまス」
「何だこいつ、弱そうだぜ」
「勝手に入られると困るんですよネ」
「翔斗、深入りするな」
太陽ローリは静かに言った。
「パース」
翔斗は真っ青な箱を出した。中からロープを出す。
ゴブリンは機敏に反応する。逃げ出した。
「捕虜一号待て!」
「翔斗!」
いきなり翔斗が消えた。足元に穴が崩れていてあいていた。とぐろを巻いたロープが少しずつ引っ張られて小さくなっていく。そのロープの行く末は人一人入れる穴の中だ。
太陽ローリはロープを掴む。
「翔斗、今助ける!」
皆ロープを手繰り寄せて引っ張る。
「せーの」
一気に引き上げられるがまだ姿は現さない。
「せぇーのぉ」
掛け声と当時に力が入る。
「翔斗!」
(ロープ出しといてよかった)
穴の中から翔斗が出てきた。死にそうな顔をしている。
「あのゴブリン、ここらの地形と罠の場所完全に把握しているな」と、タイガツ。
「あのゴブリンは無視して地下へ向かおうか」
本物ローリに皆が賛成するように頷いた。
程なくして地下室への階段がある場所を見つけた、地下室への鍵は壊されてあったのだ。
太陽ローリはショルダーバッグから懐中電灯を取り出した。
「「「パース」」」」
そのほかの皆は太陽ローリに遅れて、懐中電灯やカンテラとマッチを取り出す。美優と本物ローリはカンテラを使うようだった。
階段を降りていくと、二手に分かれる道があった。
「私、太陽と行く」
「タイガツ君、太陽君達と行ってくれたまえ。僕は翔斗と行くから。接近戦が得意なのは僕とタイガツ君だよ」
本物ローリはそう提案した。
「ムキー、俺も風神さんと行きたい」
翔斗は不服そうな声を上げる。
「まあまあ、また今度来るときにそうすればいい」
タイガツのあやし方に太陽ローリはドキッとした。
「さてと、行くか」
太陽ローリは屈伸をした。
「そうだね、もし行き止まりになったら戻って合流しよう」
「問題はどっちの方に行くかよ?」
「コイントスで決めよう」
太陽ローリは銀貨をポケットから取り出した。
「表だったら僕らは右に、裏だったら左に行くよ」
本物ローリがそう告げる。
太陽ローリは爪を立てながら上にコインを弾き飛ばす。コインは右腕と左手でキャッチした。左手をどけると、ヘンデルが目に入ってきた。
「表だよ、右に行こう、翔斗君」
「野郎と一緒か、しょうがねえなあ」
「俺らは左か」
「じゃあな」
翔斗は太陽ローリに手を降った。
本物ローリは翔斗とともに右に進んで消えていった。
タイガツ、美優、太陽ローリは左の道へ向かった。
「ローリと翔斗、二人で平気かな?」
「平気平気、ローリは強いから」
「タイガツってなんだかんだ言ってローリにリスペクトしてるんだなあ」
「んだよ、喧嘩売ってんのか?」
「恥ずかしがらなくていいって、ちょっと抜けた天然だよな、ローリって!」
「そうだな」
「私も話混ぜてよ」
「お前は俺の彼女だろ。この話しにはいれないよ。誰よりも俺のことだけ見てほしい」
「うん」
「ちょ、彼女自慢すんなよ」
「ごめん、ひけらかしたくなっちゃった」
「お前のキャラがわからない。この前まで陰キャだったのに」
「悪いなリア充で」
「なんでお前なんかに美人の彼女がいるんだよ」
「少し、静かにして。ゾンビの声が聞こえた気がする」
「ウォレスト」
タイガツはエレキギターを出すと、一呼吸おいてギターを斧に形態変化させる。
「ウォレスト」
美優もトランペットを出した。
周りは暗くて遠くは見えない。
周りが広い場所にきた。
ゾンビの声が聞こえてきた。
懐中電灯の先にゾンビがいる。つまり目の前にいるということだ。
「タイガツ、彼らの急所は心臓だ」
「ああ」
タイガツは勢いをつけて近寄る。
「おりゃあ」
タイガツは一撃でその若い男でチャラチャラした格好のゾンビを仕留める。彼から血がほとばしった。
「楽勝」
タイガツは余裕で二人の元へ戻る。
太陽ローリは目を疑った。
「どうしよう?」
「箱で上に逃げよう。タイガツ早く戻ってこい! パース」
「どうしたんだ? うわあああ」
タイガツは二人のもとに走っていたが、足を掴まれた。後ろにいる大量のゾンビに気づかなかったのだ。若くて品のない格好をした女に噛みつかれた。
箱から落ちていくタイガツ。
「ぎゃああああああ」
「タイガツ!」
太陽ローリはタイガツがゾンビたちに噛まれる姿を見た。この箱にもゾンビがゾンビを踏んで登ってきていた。皆、若くて不良のような姿のゾンビだ。
(もともとここに集まっていた不良だろうか?)
「この上って壊せないかしら」
美優は上に向かってトランペットを吹く。
パァーーーー
炎の玉が空に向かって飛んで行った。
暖かな太陽光が周りを包んだ。
ぎゃああああああ
ゾンビが骨に変わっていく。屍累々だ。
「危ない! パース」
太陽ローリは天井から降ってくる電気コードの破片やガラスの破片を真上に箱を出して防いだ。
「箱を使って、このままこの病院の二階に逃げよう」
「あれ。どこにいるの太陽?」
美優が突拍子もない事を言った。
「え?」
「目が見えないの」
その言葉と同時に箱が消える。
「ええええ、なんで」
落ちていく太陽ローリ。
「くそ! パース!」
「この建物を壊すと十倍返しでツケが回ってくるのよ」
メイホの声が聞こえる。真上からだ。
太陽ローリはぐんぐん上に向かって箱を伸ばしていく。
「ようやくおでましか。メイホ!」
太陽ローリは叫んだ。
カーテンがコの字の半分は閉められていて、窓ガラスにはダンボールで覆われている。暗いためか火のついたキャンドルがたくさん置いてある。
ローリはバラの匂いの強さに吐き気を覚えた。
「ホホホ。私は別に隠れてないわ」
日傘を持ちながら優雅にベッドに座っているメイホ。白い着物を着て白い肌が見える。両目は赤い。
「人形はどこだ?」
「人形? なんであなたがそれを! ……ローリね」
メイホは血相を変える。
「絶対にバレない秘密の部屋に隠してあるのよ」
ドン!
世界が揺れる。
「誰が壊しているのか?」
「うっ」
メイホはその部屋にあった椅子に腰掛けた。
「何よ、びっくりするじゃない」
「心臓なんかなくてもお前を縛り上げてやる。ウォレスト」
「ハン、秘密の部屋が荒らされてないか見に行きなさい」
「ハイ」
ハンと呼ばれたのは先程のゴブリンだった。
パイプタバコの火は消えていた。
「あの時、父上はなんと言ったのだろう?」
ローリはラウレスクに会いにいくことに決めていた。ネニュファールがいないと自分が自分では無くなりそうだった。誰かに甘えたかったのが正真正銘な事実だった。廻縁を出て、階段を降りていくと、温かいスープの匂いがしてくる。今日は板前は休みを取ったので、執事の誰かが作っている。
(お腹はすかないが、僕にできることを父上にしよう)
ローリは厨房に向かうと慌ただしそうなネムサヤに出会った。
「陛下、ご夕食は召し上がりますか?」
ネムサヤの声が空を切るように響く。
「父上と食事を共にしたい」
「陛下の分は魚介類のはいったシチューと卵不使用のパンとなっております。帝王様には別口で温野菜のスープを用意しております」
「なんで食べるものが違うのかい?」
「点滴のみだとご飯の代わりになりませんゆえ。しかし鼻チューブを嫌うので、経口摂取で、飲み込みやすいよう野菜を薄切りにしております」
「ほう、僕の料理と一緒に、父上の部屋まで運んでもらえるかい?」
「はっ」
ネムサヤの返事にローリは満足しながら、ラウレスクの部屋の前まで来た。
「父上」
ローリはあの日と同じく扉を叩いた。
(不用心だな)
ドアの鍵は開いている。
「入りますよ」
「ローレライ」
ラウレスクの嗄声がする。
「父上、いかがなされましたか?」
「今日はネニュファールはいないのか」
「そ、それは日本へ旅行に行きました」
「ふむ、まあ良い。ローレライ、こっちに寄れたもう」
「はい」
ラウレスクはローリに首にかけていた鍵を渡した。
「これは一体?」
「そこの机の鍵だ。開けてみろ」
ラウレスクが指し示した先には小さなオンボロの机が一台置いてあった。上にはルービックキューブやら医学の本やら乱雑に置かれていた。
ローリは机の引き出しの鍵を開けて、中を見た。
空のような水色と白色の混ざった色の指輪と一冊の木の皮の手帳が入っていた。大きさはA五サイズだ。
「それはワーグナーのニーベルングの指輪という魔法曲によって作られた魔法の指輪と手帳だ。おそらくこの世に一冊しかない、と言うのも、世界樹の樹の皮でできていて、それが魔法に関わっているからだ」
ローリは不思議がってページを捲る。
(そのような大切な手帳をどうして僕に?)
「これはどんな魔法なのですか?」
「試したほうが早い、まず指輪をはめろ。それからカレンダーの好きなところにペンで追体験したい人の名前、時間を書くのだ。試しに今日のところに吾輩の名前を書くのだ」
「はい」
ローリは時の手帳を開く。見た感じで普通のカレンダー付きの手帳だった。ローリは机に置かれているボールペンでラウレスク=スターリングシルバーと今日の日付のところに書いた。
何も起きない。
「僕のことをからかったのですか?」
その瞬間、青い炎がローリの周りを取り囲んだ。するといきなり場面が変わった。
部屋にローリがゆっくり入ってきた。
「ローレライ」
自分の声が嗄れている。
ローリはベッドにいて自分を見ている。
「父上、いかがなされましたか?」
聞かれているのは自分、ローリだった。
「今日はネニュファールはいないのか」
声が勝手に出る。口は重くて自由に動かすことができない。
「そ、それは日本へ旅行に行きました」
自分の喋り口調で嘘をついているのは丸わかりだ。
「……ふむ、まあ良い。ローレライ、こっちに寄れたもう」
「はい」
ラウレスクのローリは自分に首にかけていた鍵をローリに渡した。
「これは一体?」
「そこの机の鍵だ。開けてみろ…………それはワーグナーのニーベルングの指輪という魔法曲によって作られた魔法の指輪と手帳だ。この世に一冊しかない、と言うのも、世界樹の樹の皮でできていて、それが魔法に関わっているからだ」
ローリは不思議がりながら手帳をパラパラひらく。
「これはどんな魔法なのですか?」
「試したほうが早い、まず指輪をはめろ。それからカレンダーの好きなところにペンで追体験したい人の名前、時間を書くのだ。試しに今日の吾輩の名前と今の時間を書くのだ」
ローリはさっき聞いた言葉を喋っている。
「はい」
ローリが自分の姿を不思議そうに見ているのに気づかず、名前を書いている。
世界は暗転した。
「六十秒経ったか」
「あの、この魔法の、時の手帳は死んだ人を生き返らせることはできますか?」
「あくまで既知と予知だ。この本は人を助けるために作られた、いわば救世主の本なのだ。死んだ者は生き返らない。だが、危険を察知できる。いい忘れたが日時を~にするとその時間のその者の追体験ができるのだ。例えば二十一時三分~二十一時八分にすると五分間追体験ができるのだ、無論名前を書かないと発揮されないがな。時間は~を書かなければ一分前になるのだ。そして最大の長所、この本を持っているだけで死の危険がある時に一分前、先読みができるのだ」
「この青い炎の中にいるときはどう見えていたのですか?」
「立っていながら一秒間、眠っていた。睡眠を取りながらこの本は使える、一分、一秒間で本の使用回数は三百六十五回だ。小さな文字で書いて同じ日に三回までだな」
コンコン
大きなノックの音がした。
「ニーベルングと声を発してみろ」
「ニーベルング」
指輪に時の手帳が煙と化し入っていった。
「時の手帳を出したいときにも同じ言葉で出るからな。それから、箱もその指輪から出せる魔法がかかっている。今、日本の近くにリコヨーテは落ちたのだろう?」
「はい」
ローリの声と少しの時差で扉が開いた。
「帝王様、陛下、お食事をお持ちしました」
エプロンを付けたネムサヤがワゴンに乗せて食事を持ってきた。
ベッドテーブルを用意して、食事が置かれていく。
「僕が毒味します」
ローリは予知できる体を利用してラウレスクのスープをスプーンで一口飲んでみた。
「んー、味薄いですね」
「香辛料は飲めないお体ですから」
「飲めてよかった」
「そんなに疑わないでください。傷つきます」
「あ、ごめん」
「いいですよ、こちらこそ申し訳ありません」
ネムサヤは折りたたみ式のテーブルと椅子をラウレスクのいるベッドの横に取り付けて、ローリの食事を用意した。
ローリは椅子に腰掛けると食事をよく見る。シチュー、パン、焼売、りんご
シチューには玉ねぎ、えび、いか、ホタテ貝、人参、鮭、パセリが入っている。
「この焼売は、肉?」
「いえ、お肉を使用してないノンミート焼売です。日本からお取り寄せしました」
「ほう、見た目は肉だが大豆なのだろうね」
「ローレライ、吾輩のことは気にしなくても良いぞ」
「あっすみません、目の前のご飯に気取られてました」
「言うようになったな、はっはっは」
「冷めない内にどうぞ。二十分後に食器を下げに参ります」
「ありがとう」
ネムサヤはさっそうと退場していった。
「あの、父上、なぜ今日になって時の手帳を渡してくださったのですか?」
「タバコの匂いがするから、なにか悩みでもあるのかと思ってな」
「な、悩みなどありません」
ローリは実のところ誰かを抱きしめたかった。
「そうか。いただきます」
「いただきます」
ローリはシチューを優雅に食べる。少し減ってきたら焼売やパンを三角食べする。遅めの食事であったがすぐに食べ終わった。
「ごちそうさまでした」
「食欲があっていいな」
「僕のことは気にせず、ゆっくりと食べてください」
「もちろんそうさせてもらおう」
ラウレスク細くなった首で食物を少しずつ 少しずつ摂食する。
ローリは手持ち無沙汰になり、机に置かれていたルービックキューブで遊んだ。
二十分経つ頃、ようやくラウレスクは最後のひとくちを飲み込んだ。
「ごちそうさまでした」
ラウレスクはローリを見つめる。
「何か用があったのではないのか?」
「いえいえ、顔を拝見しに来ただけです。もう寝ます。おやすみなさい」
ローリは満面の笑みで部屋を出た。
(ネニュファールが亡くなったことを言わないようにしよう)
近くにメイドがたむろしていたのでラウレスクに箝口令を敷き、執事とルコにもラウレスクに言わないようにしてもらった。
その後、ローリは洗面所に行き、歯を磨き顔を洗い、寝室へ向かった。部屋に入るとガウカが眠っていた。着替えて肌掛け羽毛布団を被って寝ようとしたが明日のことが気にかかり、もう一度起き上がると、部屋から出た。
「誰かいるかい?」
「はい」
ドーリーが駆けつけてきた。
「ペンを貸してほしいのだけれど、あるかい?」
「もちろんですとも」
ドーリーは執事服の胸ポケットから高級そうなペンを借りた。
「明日まで借りていてもいいかい?」
「どうぞ、よろしければ差し上げます」
「ありがとう、ではもらおう」
ローリは何も聞かれまいと急いで会話を終わりにした。ペンを持つ力が入った。
「ニーベルング」
小声で呪文を唱える。
指輪から時の手帳が出てきた。
(太陽君の名前は石井太陽君だったな)
ローリは時の手帳を開く。太陽の名前を書き込む。時間は十九時~十九時三十分だ。おそらくそのくらいに廃病院に行っているはずだ。
ローリのまわりに青い火が円を書く。
目の前が暗くなった。
「ローリ、眠たそうだけど大丈夫?」
太陽の声でローリは自分に話しかけている。
「平気だよ」
ローリは自分の姿の人が喋っているのがわかった。テイアなので外は太陽がさんさんと照らしている。
隣に腕を組んでいるのは美優と腰に手を当てているタイガツ、そして岸本翔斗。全員上を見上げている。
目の前を見た。
立入禁止の文字が書かれているも、金網に人一人通れる穴が空いている。
いかにも、どうぞ入ってくださいといいたげだ。
「行こうか」
(こっちの僕を本物ローリと思い、太陽君に入っている僕を太陽ローリと思おう)
太陽ローリは金網の穴に滑り込むように入っていく。
「いっ」
本物ローリは要領悪く、金網に引っ掛けて頬に傷ができていた。
「ローリ、絆創膏いる?」
美優はリュックの中からポーチを取り出す。
「このくらいどうってことないよ」
本物ローリの言葉通り傷口が治り血が蒸発する。
「わざと引っ掻いたのか? ローレライ」
タイガツは挑発するかのように言った。
「違うよ。それと今の僕はローリだ」
「はいはいわかりましたよ、ローリ様」
「太陽君、どうして君はこの危険人物を連れてきたんだい?」
「いや、強いし、俺的には信用してるから」
「はあ、先が思いやられる」
「タイガツの事悪く思わないでくれよ、ローリ」
翔斗が本物ローリを諌める。
「基本的にフェルニカの者は信用していないのだけれど、君が守りたい者なら僕が守るよ、ついてきて来てくれることへの借りだ」
「借りだとか考えなくていいよ。お前は俺の友達だからな、友達の友達も友達だ。仲直りしてくれ、ローリ、タイガツ」
太陽ローリはしんみりとして言った。
「おう、……ローリ、俺はたしかに悪いことばっかりして信用ならないと思うけど、少なくとも今日だけはダチでいてくれ」
「タイガツ君、そこまで言うなら頼ることや頼られることをしても構わないよ。悪いことはお互い様だ」
「これでみんな仲間だね! メイホをやっつけてゴブリンたちを助けよう!」
「美優、声大きいよ」
「地下があってそこにいるはずだから大丈夫よ」
「そうじゃなくてだな」
「メイホと昔戦ったことがあるんだけれど、彼女の心臓はうさぎの人形に入っているのだよ。それを潰しておかないと収集がつかなくなる」
「わかった。人形だな」
「それじゃあ全軍突撃だ!」
美優は走って、廃病院内に入った。
「美優まって」
太陽ローリ、本物ローリとタイガツと翔斗も、美優に続いた。院内はたばこ臭いらしく皆、顔を歪めて鼻をつまんだ。ここは不良のたまり場と化しているのか、そこら中に、空き缶の中や床にタバコの吸い殻がある。殻になったビール瓶も転がっている。
「誰もいないね」
「ローリ」
「うん、かすかにメイホの匂いはある」
「声は聞こえないけどね」
「罠があるかもしれない、ゆっくり進もう」
太陽ローリは皆に小声で注意喚起する。
廊下を進む。
「ここってね、精神病院だったんだって。患者同士で喧嘩して死んだ人や、殺人犯の精神異常者もここに来て何者かの呪いで死んだ人もいるんだって。死人が相次ぐ中でこの病院は閉鎖されて……、そしてね、取り壊そうとした工事の関係者も謎の心臓麻痺で死にまくっているらしくて、ついには壊すことを反対するイタコに言われて取り壊さずにそのままになったの。それで有名な肝試しのスポットなんだって」
美優は小声で皆をおどかす。
「俺そういうの信じてねえし、生まれてから今まで幽霊なんて見たこともねえから。科学的根拠のない話なんて信じられねえよ」
翔斗は早口で噛まずに言い切る。
「翔斗、焦りすぎだぞ」
太陽ローリがつぶやく。
「焦ってな、ひょえええええええええ」
「どうした?」
「なにか首に!」
翔斗は背中を何やら弄っている。美優の胸に肘が当たった。
「ちょっと今のわざと!?」
パシン!
美優は翔斗の頬に思い切り平手打ちした。
「水だよ。ほら降ってくる」
太陽ローリは翔斗の肩に手を置きながら、天井を見上げた。
ポタ、ポタ。
「本当だ」
「なんで水が降ってくるのかな?」
「水道管にヒビでも入ってるんだろ」
「あれ? なんで水道管が使われているんだろう」
美優は首を傾げた。
「この匂い、ゴブリンだ」
本物ローリの声がこだまする。
角を曲がるとナースステーションとホールが広がっていた。
そして真ん中辺りに彼はたしかにそこにいた。立っていた。背は低く、緑色の肌を極力見せないようにローブをフードから全身へ着込んでいる。目は両方とも赤い。髪の毛は茶髪で荒れ放題に生えている。
「お前たチ、この建物から出ていケ、いや、頼むから出ていってくださイ、お願いしまス」
「何だこいつ、弱そうだぜ」
「勝手に入られると困るんですよネ」
「翔斗、深入りするな」
太陽ローリは静かに言った。
「パース」
翔斗は真っ青な箱を出した。中からロープを出す。
ゴブリンは機敏に反応する。逃げ出した。
「捕虜一号待て!」
「翔斗!」
いきなり翔斗が消えた。足元に穴が崩れていてあいていた。とぐろを巻いたロープが少しずつ引っ張られて小さくなっていく。そのロープの行く末は人一人入れる穴の中だ。
太陽ローリはロープを掴む。
「翔斗、今助ける!」
皆ロープを手繰り寄せて引っ張る。
「せーの」
一気に引き上げられるがまだ姿は現さない。
「せぇーのぉ」
掛け声と当時に力が入る。
「翔斗!」
(ロープ出しといてよかった)
穴の中から翔斗が出てきた。死にそうな顔をしている。
「あのゴブリン、ここらの地形と罠の場所完全に把握しているな」と、タイガツ。
「あのゴブリンは無視して地下へ向かおうか」
本物ローリに皆が賛成するように頷いた。
程なくして地下室への階段がある場所を見つけた、地下室への鍵は壊されてあったのだ。
太陽ローリはショルダーバッグから懐中電灯を取り出した。
「「「パース」」」」
そのほかの皆は太陽ローリに遅れて、懐中電灯やカンテラとマッチを取り出す。美優と本物ローリはカンテラを使うようだった。
階段を降りていくと、二手に分かれる道があった。
「私、太陽と行く」
「タイガツ君、太陽君達と行ってくれたまえ。僕は翔斗と行くから。接近戦が得意なのは僕とタイガツ君だよ」
本物ローリはそう提案した。
「ムキー、俺も風神さんと行きたい」
翔斗は不服そうな声を上げる。
「まあまあ、また今度来るときにそうすればいい」
タイガツのあやし方に太陽ローリはドキッとした。
「さてと、行くか」
太陽ローリは屈伸をした。
「そうだね、もし行き止まりになったら戻って合流しよう」
「問題はどっちの方に行くかよ?」
「コイントスで決めよう」
太陽ローリは銀貨をポケットから取り出した。
「表だったら僕らは右に、裏だったら左に行くよ」
本物ローリがそう告げる。
太陽ローリは爪を立てながら上にコインを弾き飛ばす。コインは右腕と左手でキャッチした。左手をどけると、ヘンデルが目に入ってきた。
「表だよ、右に行こう、翔斗君」
「野郎と一緒か、しょうがねえなあ」
「俺らは左か」
「じゃあな」
翔斗は太陽ローリに手を降った。
本物ローリは翔斗とともに右に進んで消えていった。
タイガツ、美優、太陽ローリは左の道へ向かった。
「ローリと翔斗、二人で平気かな?」
「平気平気、ローリは強いから」
「タイガツってなんだかんだ言ってローリにリスペクトしてるんだなあ」
「んだよ、喧嘩売ってんのか?」
「恥ずかしがらなくていいって、ちょっと抜けた天然だよな、ローリって!」
「そうだな」
「私も話混ぜてよ」
「お前は俺の彼女だろ。この話しにはいれないよ。誰よりも俺のことだけ見てほしい」
「うん」
「ちょ、彼女自慢すんなよ」
「ごめん、ひけらかしたくなっちゃった」
「お前のキャラがわからない。この前まで陰キャだったのに」
「悪いなリア充で」
「なんでお前なんかに美人の彼女がいるんだよ」
「少し、静かにして。ゾンビの声が聞こえた気がする」
「ウォレスト」
タイガツはエレキギターを出すと、一呼吸おいてギターを斧に形態変化させる。
「ウォレスト」
美優もトランペットを出した。
周りは暗くて遠くは見えない。
周りが広い場所にきた。
ゾンビの声が聞こえてきた。
懐中電灯の先にゾンビがいる。つまり目の前にいるということだ。
「タイガツ、彼らの急所は心臓だ」
「ああ」
タイガツは勢いをつけて近寄る。
「おりゃあ」
タイガツは一撃でその若い男でチャラチャラした格好のゾンビを仕留める。彼から血がほとばしった。
「楽勝」
タイガツは余裕で二人の元へ戻る。
太陽ローリは目を疑った。
「どうしよう?」
「箱で上に逃げよう。タイガツ早く戻ってこい! パース」
「どうしたんだ? うわあああ」
タイガツは二人のもとに走っていたが、足を掴まれた。後ろにいる大量のゾンビに気づかなかったのだ。若くて品のない格好をした女に噛みつかれた。
箱から落ちていくタイガツ。
「ぎゃああああああ」
「タイガツ!」
太陽ローリはタイガツがゾンビたちに噛まれる姿を見た。この箱にもゾンビがゾンビを踏んで登ってきていた。皆、若くて不良のような姿のゾンビだ。
(もともとここに集まっていた不良だろうか?)
「この上って壊せないかしら」
美優は上に向かってトランペットを吹く。
パァーーーー
炎の玉が空に向かって飛んで行った。
暖かな太陽光が周りを包んだ。
ぎゃああああああ
ゾンビが骨に変わっていく。屍累々だ。
「危ない! パース」
太陽ローリは天井から降ってくる電気コードの破片やガラスの破片を真上に箱を出して防いだ。
「箱を使って、このままこの病院の二階に逃げよう」
「あれ。どこにいるの太陽?」
美優が突拍子もない事を言った。
「え?」
「目が見えないの」
その言葉と同時に箱が消える。
「ええええ、なんで」
落ちていく太陽ローリ。
「くそ! パース!」
「この建物を壊すと十倍返しでツケが回ってくるのよ」
メイホの声が聞こえる。真上からだ。
太陽ローリはぐんぐん上に向かって箱を伸ばしていく。
「ようやくおでましか。メイホ!」
太陽ローリは叫んだ。
カーテンがコの字の半分は閉められていて、窓ガラスにはダンボールで覆われている。暗いためか火のついたキャンドルがたくさん置いてある。
ローリはバラの匂いの強さに吐き気を覚えた。
「ホホホ。私は別に隠れてないわ」
日傘を持ちながら優雅にベッドに座っているメイホ。白い着物を着て白い肌が見える。両目は赤い。
「人形はどこだ?」
「人形? なんであなたがそれを! ……ローリね」
メイホは血相を変える。
「絶対にバレない秘密の部屋に隠してあるのよ」
ドン!
世界が揺れる。
「誰が壊しているのか?」
「うっ」
メイホはその部屋にあった椅子に腰掛けた。
「何よ、びっくりするじゃない」
「心臓なんかなくてもお前を縛り上げてやる。ウォレスト」
「ハン、秘密の部屋が荒らされてないか見に行きなさい」
「ハイ」
ハンと呼ばれたのは先程のゴブリンだった。
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