42 / 53
傀儡
2
しおりを挟む◇◇
電車をいくつも乗り継いでようやくたどり着いたのは、海と山に囲まれた小さな街。都会とは違う、自然に囲まれた楽園のように見えるここは僕にとって監獄に等しかった。
聞き慣れない方言、これまでとは少し違う文化。それは僕をホームシックにするには十分すぎるほど異質で、だけど出会う人が誰も彼も親切なことだけが唯一の救いだった。
こじんまりとしたアパートの二階の角部屋。そこが僕の新しいお城になった。
隣人は優しい老夫婦。引越しの挨拶に伺ったとき、つい祖父母を思い出して涙ぐんでしまった僕を家に招き入れて、和菓子と温かい緑茶でもてなしてくれた。引っ越しシーズンでもないのに突然やってきた、いかにも訳ありな若者が気になるだろうに何も事情を聞いてこない、その心遣いがありがたかった。
カーテンを開ければ、港が見える。
キラキラと太陽の光を反射して、水面がゆらゆらと揺れている。フェリーや漁船が行き交っているのは活気がある証拠だった。
船が通った後にできる白線が深い青に時々化粧を施すけれど、少し目を離した隙に気づいたら消えている。それをなんとなく寂しく感じた。
何もする気になれない僕は、いつしかぼーっと海を眺めるのが好きになっていた。寄せては返す波を見つめていれば、それだけで気持ちが凪いた気になって、自然と溢れる涙を拭うのも忘れてしまう。
同時になんとも形容し難い気持ちになった。不快なほど苦くて、チクチクと絶え間なく何かが心に突き刺さる。それを孤独というのだと教えてくれる人は、僕の周りにいなかった。あの人は、もういないのだから。
大型客船が数日停泊している間は特に憂鬱だった。それはきっと、行先があの街だって分かっているから。自分もこの船に乗って、彼に会いに行ければいいのに。嫌でもそんな風に考えてしまって、眠れない夜をいくつも過ごした。
都会の空は星がなかなか見つからなくて、光っているものがあったと思ってもそれは大概飛行機だったりする。だけど、この街は違う。満天の星々が濃紺の空に散りばめられている。それを見るのは心苦しくて、侘しくて。淡白の雲に隠されている間は少しだけ息がしやすかった。
朝日は目に染みるから嫌いだ。夕日よりもずっと、生気を奪っていく気がする。日が沈んだのはついさっきのことなのに、もう新しい一日が始まってしまう。彼の元を離れて、一体どれだけの月日が経ったのだろう。嗚呼、今日も憂鬱だ。
義務のように必要最低限の栄養を摂り、ただ気絶するように眠りにつく毎日。人と会話する機会もほとんどなくなって、表情筋は働くのをやめてしまった。肌は荒れているし、髪だってボサボサ。もう自分がどうやって笑っていたのかすら、思い出せない。
生きる気力を失った人間は、とことん落ちていく。美味しい、楽しい、嬉しい。そんな感情が抜け落ちてしまって、何のために生きているのか分からない日々。こんなの、ただの傀儡だ。
これがあと何十年も続くのかと考えると、もう、ここでこの命を終わらせてもいいんじゃないかとさえ思ってしまう。
海に沈んでしまえば、潮の流れに乗って彼の元までたどり着けないだろうか。たとえこの身が朽ち果てても、最後にたどり着けるのが彼ならばそれもありなのかもしれない。……なんて、静かな夜に似つかわしくないことをいつも考えていた。
正常じゃないメンタルだって、その判断すらできなくなって、浮かんでは消えていく答えのない問題に苦しめられる。自覚していないだけで、限界はもうすぐそこまで来ていた。
30
お気に入りに追加
299
あなたにおすすめの小説
元ベータ後天性オメガ
桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。
ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。
主人公(受)
17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。
ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。
藤宮春樹(ふじみやはるき)
友人兼ライバル(攻)
金髪イケメン身長182cm
ベータを偽っているアルファ
名前決まりました(1月26日)
決まるまではナナシくん‥。
大上礼央(おおかみれお)
名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥
⭐︎コメント受付中
前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。
宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。
【運命】に捨てられ捨てたΩ
諦念
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる