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特別はいらない

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 「どうやったら、君の心に近づける?」


 一歩踏み出した翠は躊躇いがちに手を伸ばす。けれど僕の手に触れようとした瞬間、ぴたりと動きを止めてしまった。

 もっと自分本位に行動してくれたら僕だってきっぱりと突き放すことができるのに。こんな風に自身を尊重されたことがなくて、どうしていいのか分からない。


 「俺は陽をもっと知りたい」
 「…………」
 「……許してもらえるなら、君に触れたいと思ってる」


 おずおずと視線を上げれば、まっすぐに見つめる綺麗な瞳と目が合った。優しくて柔らかいのに、どろりと熱を孕んでいる瞳に射抜かれると、全てを曝け出しそうになってしまう。

 胸に湧き上がる衝動を抑えようとするけれど、本能が勝ってしまって無理だった。すぐそこにある翠の手。震える指先を伸ばして小指だけ握ると、翠ははっと瞳を瞬かせた後、国宝級に美しい顔を幼子のように綻ばせた。

 気がつけば、僕は翠の腕の中だった。
 首筋から香る翠の匂いにくらくらする。ずっと嗅いでいたら、理性がぐちゃぐちゃにされて何が何だか分からなくなりそうだ。

 抱き締められただけで、信じられないぐらいの幸福を感じてる。こんなこと、今までなかった。それは多分、相手が翠だから。だから、こんなに心が喜んでいるんだ。


 「陽」
 「……ん」
 「……俺自身をちゃんと見てて」


 翠に呼ばれるだけで、突然自分の名前が特別なものになったかのように錯覚してしまう。

 耳元で囁かれると背筋がぞくぞくして、胸の奥深くがぎゅーっと締め付けられる。出会って間もないのに、どうしてこんなに愛しさが湧き上がってくるのか。

 翠には笑っていてほしい。こんな風に落ち込んで寂しそうなところを見たくない。

 きっと、無償の愛というのはあたたかくて優しいものなのに、ほんの少しだけ切ないものなのだ。それをちょっぴり理解できた僕は、返事をする代わりに翠の背中にぎこちなく腕を回した。

 途端に翠の腕に力が入る。苦しいぐらいだ。だけど、それが嫌じゃない。このまま翠の一部になればいいのに。


 「陽のことも教えてね」


 しばらくして体を離した翠の表情は和やかなものに変わっていた。ほっと息を吐きながら誤魔化すように曖昧に頷けば、じと見つめられてしまう。


 「意地悪」
 「……ごめん」
 「はぁ、ずるいなあ。そんな顔されたら何も言えないじゃん。俺が陽に甘いの、分かってるでしょ」


 冗談めかして言う翠に心が痛む。

 絆されつつあることは自分が一番よく分かっている。だけど、まだ境界線を越えると決めたわけじゃない。

 芸能人と一般人。アルファとベータ。
 翠と僕の間にはどうしようもない、いくつもの高い壁があるのだ。


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