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言い聞かせてる時点で恋だった

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 「……あのさ、お願いがあるんだけど」
 「はい」
 「このバイトを辞めてほしい」
 「……え?」


 言うか言わないか悩んで、視線を落として躊躇いがちに言われた言葉を思わず聞き返す。下手に出ようとするその態度はやっぱりアルファらしくない。


 「嫌なんだ、また陽がこんな目に遭うのは」
 「今日のはたまたまですよ」
 「俺が来なかったら、自分がどうなってたか分かって言ってる?」
 「…………」
 「相手がアルファだったら、陽を傷つけることなんて簡単にできちゃうんだよ」


 大袈裟だなぁとへらりと笑ってみせる。
 僕みたいな影の薄いベータなんて、アルファのトップに君臨する翠が心配する必要はない。

 翠も笑って引いてくれると思ったのに、却って怒らせてしまったらしい。翠の瞳が赤く燃えている。


 「お願い、陽に傷ついてほしくないんだ」
 「…………」
 「ここは君に出逢えたかけがえのない場所だけど、俺の一番は陽だから」
 「…………」
 「言うこと聞いてよ、ね?」


 ぎゅうっと手を握られると、そのぬくもりが沁みて絆されそうになる。

 必死に訴えてくるけれど、翠に言われた通りにするわけにはいかない。なぜなら……。


 「うち、僕が稼がないと金銭的に厳しいんです……」
 「…………」


 両親を幼い頃に亡くして、ずっと祖父母に育てられてきた。決して裕福な家庭ではないのに、そんな苦労を見せずに大学まで通えているのは紛れもなく彼らのおかげ。

 僕は少しでもお金を稼がないと。
 こんなバイト、いつ辞めてもいいとは思っていたけれど、次も決まっていないのに辞めるなんて無謀すぎる。

 いつものらりくらり、適当に生きてきたけど、真正面から現実に向き合えば、そう簡単には生きていけないのが事実。リアルは全然甘くない。

 翠も金銭的な問題には口出しできないのだろう。真剣な顔で黙り込んだままだ。

 これ以上、踏み込ませない。
 絆されない。距離を縮めない。
 そうしないと、崩れてしまう。


 「……深山さんに助けてもらわなくても、僕は大丈夫です。自分でなんとかします」


 彼が嫌だと言った呼び方で突き放す。

 悲しみの色を宿した瞳が僕を映しているのを見つめていた。自分勝手に我儘に、ちくんと傷ついた心を誤魔化して。


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