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死神の依頼
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ここ3日、探偵は暇を持て余していた。つい3日前に浮気調査の依頼を終えたばかりで、今は次の依頼を待っているところだった。
それにしても、平日の昼間のテレビはつまらない情報番組ばかりだ。今日も今日とて、視聴者を煽るような内容ばかりで、こんなのに毎日齧り付いている奴の気がしれない、と探偵は1人ぼやいていた。
探偵はテレビを消し、ソファに横になり、タバコに火をつけた。
紫煙を部屋にくゆらせていると、ふと、探偵は盟友の小川のことを思い出す。しかし、すぐにそのことは頭の中から打ち消した。
小川のことを思い浮かべると、いつも決まってろくでもないことに巻き込まれる可能性が高いからだ。
こうしてぼんやりと過ごす日常が、探偵の頭と心を休ませるためには必須だった。
特に探偵のような持病を抱えているならば、ことさらこんな時間を大切にしなければならない。
探偵にとっては、生きる為に最低限の収入があれば問題無い。今以上に多くは望まない。仮に望む事があるならば、この全てのことを一切忘れる事ができないという病が治ってくれることだけだった。それだけが、探偵の唯一の切実な願いだった。
探偵が昼飯をどうしようかと考えあぐねていた時だった。
階段を登ってくる足音が聞こえたのは。
足音が一定のリズムを刻んではいなかったので、1人ではなく2人、もしくは複数人のようだ、と探偵は推理した。
どうやら新しい依頼人が訪れたようだ。
しかし、その直後に足音が事務所の前で止まると、探偵は失望することとなる。
「おーい、俺だ。開けてくれ。」
そう言ってドアを連打する声の主は小川だった。
やはりこうなってしまったか。
小川のことを思い浮かべたことが運の尽き、ということか。
探偵は心の内でそうぼやきながら扉を開いた。
「おぉ、今日は珍しいな、居留守を使わないなんて。」
「久しぶりだな、またろくでもない依頼でもしに来たか?」
探偵がそう悪態をつくと、小川の後ろに20代半ばくらいの爽やかな印象の青年が立っているのがわかった。しかし、その表情は印象とは裏腹に曇っていた。
「彼は?」
「あぁ、彼は俺の甥っ子で政臣、田中政臣というんだ。政臣、こいつがこの間話した噂の探偵だ。」
何をどう話したのかは知らないし、興味も無いが、とりあえず変な噂だけ吹き込んでいないことを祈るばかりだ。
「叔父からはお噂はかねがね伺っています。いきなりで申し訳ありませんが、僕を助けていただけないでしょうか?」
政臣が切実に救いを求めていることが、言葉のトーンで伝わってくる。
「まぁ、こんなところでは何だから、とりあえず入ってください。どうぞ。」
探偵は、2人を事務所へと招き入れた。
小川と田中は探偵に促されて事務所に入って、小さなソファに並んで座った。
「すいません、コーヒーしか無いので。」
探偵は、そうことわりを入れて2人分のコーヒーを淹れた。
「どうぞ、おかまいなく。あと、これはつまらない物ですが。」
そう言うと、田中はきんつばをテーブルの上に置いた。
「叔父から、あなたがきんつばを好きだと窺ってので。」
「ありがとうございます。えぇ、きんつば、大好物なんですよ。コーヒーと食い合わせがいいのかわかりませんが、いただきましょう。」
探偵は、きんつばの包装紙を剥がして、小皿にきんつばを開けた。
田中は、何かもの言いたげに深刻な表情を浮かべている。しかし、何か考えあぐねているようだ。
「政臣、この男には俺も何度も助けてもらっている。大船に乗ったつもりで話しをしてみるといい。」
言い淀んでいる田中に、小川が早く話すように急かす。
「まぁ、そう急かすな。田中さん、ゆっくりでいい、まずは何をしてもらいたいのですか?」
探偵が柔和な物腰で田中に促す。
田中は、少し間を置いて意を決したように、姿勢を正してから切り出した。
「依頼というのは他でもありません。僕にかけられている容疑を晴らして欲しいのです。」
「容疑?それは何の容疑ですか?」
探偵の問いかけに、田中は少し小川の方に目配せしてから答える。
「殺人です。」
探偵は、心中で嫌な予感が当たってしまったと思ったが、目の前の爽やかな青年の切実な様子を見ると、理由はわからないが力を貸したいとも思った。
「それは聞き捨てならないですね。もっと詳しい話をして聞かせてもらえませんか?」
「何から話したらいいのか・・・。」
田中は少し混乱しているのか、何から話したらいいのかわからないようだった。そこへ小川が助け舟を出す。
「実は、政臣の周りで、この10年で5人もの人物が亡くなっているんだ。その誰もが政臣と同年齢前後。」
「殺人事件か?」
探偵は、コーヒーを口に運び一口含む。
「いや、全員事故死や自殺として警察は処理している。」
小川は大きく鼻から息を吹き出すと、ソファの背もたれに体を預けた。
「それなら何の問題も無いじゃないか。」
探偵はホッと安堵した。
「しかし、先日死亡した政臣の知り合いが事故死なんだが、殺人の疑いが出てきた。それでその関係者の周囲を洗っていたら、政臣の周囲で何人もの人物が事故や自殺などで死んでいることがわかって、我々も動かざるを得なくなったんだ。」
「僕は何もしてません!信じてください!」
田中は探偵に懇願するように訴える。
「そこでお前に頼みたいんだ。どうか、政臣の疑いを晴らしてもらえないか?」
小川も探偵に深々と頭を下げる。小川が俺にこんなに頭を下げるなんて、よっぽどのことなんだな、と探偵は思った。
「わかった、できるだけのことはしよう。ただ、昔の事を調べるのに俺の力だけではどうにもならない。小川にも力を貸してほしい。」
探偵は、盟友である小川の熱意に応えて依頼を受ける決断をした。
「本当ですか?僕の依頼を受けていただけるのですか!?」
田中の顔に、希望の光が射す。
「あぁ、精一杯のことはする。だからまず、亡くなった人達のことを聞かせてもらえないか?」
「わかりました。少し長くなるかもしれませんが、よろしくお願いします。」
田中は、探偵に自分の周囲で死んだ者達のことについて語り始めた。
それにしても、平日の昼間のテレビはつまらない情報番組ばかりだ。今日も今日とて、視聴者を煽るような内容ばかりで、こんなのに毎日齧り付いている奴の気がしれない、と探偵は1人ぼやいていた。
探偵はテレビを消し、ソファに横になり、タバコに火をつけた。
紫煙を部屋にくゆらせていると、ふと、探偵は盟友の小川のことを思い出す。しかし、すぐにそのことは頭の中から打ち消した。
小川のことを思い浮かべると、いつも決まってろくでもないことに巻き込まれる可能性が高いからだ。
こうしてぼんやりと過ごす日常が、探偵の頭と心を休ませるためには必須だった。
特に探偵のような持病を抱えているならば、ことさらこんな時間を大切にしなければならない。
探偵にとっては、生きる為に最低限の収入があれば問題無い。今以上に多くは望まない。仮に望む事があるならば、この全てのことを一切忘れる事ができないという病が治ってくれることだけだった。それだけが、探偵の唯一の切実な願いだった。
探偵が昼飯をどうしようかと考えあぐねていた時だった。
階段を登ってくる足音が聞こえたのは。
足音が一定のリズムを刻んではいなかったので、1人ではなく2人、もしくは複数人のようだ、と探偵は推理した。
どうやら新しい依頼人が訪れたようだ。
しかし、その直後に足音が事務所の前で止まると、探偵は失望することとなる。
「おーい、俺だ。開けてくれ。」
そう言ってドアを連打する声の主は小川だった。
やはりこうなってしまったか。
小川のことを思い浮かべたことが運の尽き、ということか。
探偵は心の内でそうぼやきながら扉を開いた。
「おぉ、今日は珍しいな、居留守を使わないなんて。」
「久しぶりだな、またろくでもない依頼でもしに来たか?」
探偵がそう悪態をつくと、小川の後ろに20代半ばくらいの爽やかな印象の青年が立っているのがわかった。しかし、その表情は印象とは裏腹に曇っていた。
「彼は?」
「あぁ、彼は俺の甥っ子で政臣、田中政臣というんだ。政臣、こいつがこの間話した噂の探偵だ。」
何をどう話したのかは知らないし、興味も無いが、とりあえず変な噂だけ吹き込んでいないことを祈るばかりだ。
「叔父からはお噂はかねがね伺っています。いきなりで申し訳ありませんが、僕を助けていただけないでしょうか?」
政臣が切実に救いを求めていることが、言葉のトーンで伝わってくる。
「まぁ、こんなところでは何だから、とりあえず入ってください。どうぞ。」
探偵は、2人を事務所へと招き入れた。
小川と田中は探偵に促されて事務所に入って、小さなソファに並んで座った。
「すいません、コーヒーしか無いので。」
探偵は、そうことわりを入れて2人分のコーヒーを淹れた。
「どうぞ、おかまいなく。あと、これはつまらない物ですが。」
そう言うと、田中はきんつばをテーブルの上に置いた。
「叔父から、あなたがきんつばを好きだと窺ってので。」
「ありがとうございます。えぇ、きんつば、大好物なんですよ。コーヒーと食い合わせがいいのかわかりませんが、いただきましょう。」
探偵は、きんつばの包装紙を剥がして、小皿にきんつばを開けた。
田中は、何かもの言いたげに深刻な表情を浮かべている。しかし、何か考えあぐねているようだ。
「政臣、この男には俺も何度も助けてもらっている。大船に乗ったつもりで話しをしてみるといい。」
言い淀んでいる田中に、小川が早く話すように急かす。
「まぁ、そう急かすな。田中さん、ゆっくりでいい、まずは何をしてもらいたいのですか?」
探偵が柔和な物腰で田中に促す。
田中は、少し間を置いて意を決したように、姿勢を正してから切り出した。
「依頼というのは他でもありません。僕にかけられている容疑を晴らして欲しいのです。」
「容疑?それは何の容疑ですか?」
探偵の問いかけに、田中は少し小川の方に目配せしてから答える。
「殺人です。」
探偵は、心中で嫌な予感が当たってしまったと思ったが、目の前の爽やかな青年の切実な様子を見ると、理由はわからないが力を貸したいとも思った。
「それは聞き捨てならないですね。もっと詳しい話をして聞かせてもらえませんか?」
「何から話したらいいのか・・・。」
田中は少し混乱しているのか、何から話したらいいのかわからないようだった。そこへ小川が助け舟を出す。
「実は、政臣の周りで、この10年で5人もの人物が亡くなっているんだ。その誰もが政臣と同年齢前後。」
「殺人事件か?」
探偵は、コーヒーを口に運び一口含む。
「いや、全員事故死や自殺として警察は処理している。」
小川は大きく鼻から息を吹き出すと、ソファの背もたれに体を預けた。
「それなら何の問題も無いじゃないか。」
探偵はホッと安堵した。
「しかし、先日死亡した政臣の知り合いが事故死なんだが、殺人の疑いが出てきた。それでその関係者の周囲を洗っていたら、政臣の周囲で何人もの人物が事故や自殺などで死んでいることがわかって、我々も動かざるを得なくなったんだ。」
「僕は何もしてません!信じてください!」
田中は探偵に懇願するように訴える。
「そこでお前に頼みたいんだ。どうか、政臣の疑いを晴らしてもらえないか?」
小川も探偵に深々と頭を下げる。小川が俺にこんなに頭を下げるなんて、よっぽどのことなんだな、と探偵は思った。
「わかった、できるだけのことはしよう。ただ、昔の事を調べるのに俺の力だけではどうにもならない。小川にも力を貸してほしい。」
探偵は、盟友である小川の熱意に応えて依頼を受ける決断をした。
「本当ですか?僕の依頼を受けていただけるのですか!?」
田中の顔に、希望の光が射す。
「あぁ、精一杯のことはする。だからまず、亡くなった人達のことを聞かせてもらえないか?」
「わかりました。少し長くなるかもしれませんが、よろしくお願いします。」
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