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連載

【97】

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 ロニカの案内で、ナーナルとエレンは北部地区から南部地区へと移動する。
 やがてティリスと対決した広場に着いたが、その一角に、ひと際賑わう屋台があった。
 ……いや、あれは屋台ではない。よく見てみると馬車だ。それも大型と呼ぶに相応しい。

「あれは……なんなの?」
「そう思うよな。俺も初めは目を疑った」

 近づいてみるまで、それが何なのか、そして何をしているのか、理解できなかった。
 しかしナーナルは早足に馬車へと近づくと、徐々にではあるが頭に答えが浮かび上がってきた。

「……もしかして、本を売っているの?」
「ああ。馬車の内外でな」

 ナーナルに気付いたのだろう。馬車を囲む人たちの視線が三人に向けられ、同時に人混みに道ができた。順番があるのか定かではないが、そこを少し申し訳なさそうに頭を下げて通っていく。
 やがて馬車の傍まで近づくと……気付いた。

「すごい……本がたくさんあるわ」

 大型馬車の周りには、車輪の付いた本棚が綺麗に並べられていた。これは馬車から下ろしたものに違いない。

「嬉しい……これは運命の出会いとしか言いようがないわ」

 ワクワクが止まらなくなる。今すぐにでも本棚に手を伸ばしたい気分だ。

「エレン。これは夢のような乗り物ね」
「乗り物か……確かにな」

 店舗を構えていない分、さすがに本の数は大量とは言えないが、それでもこれは胸が躍る。
 こんなにたくさんの本を目にするのは、王都で暮らしていたとき以来である。
 ナーナルは高ぶる気持ちを抑えつつ、馬車の内部はどうなっているのかと覗いてみる。

「あら、こっちにもまだいっぱいあるのね」

 本棚を下ろしたことですっからかんになっているかと思いきや、そこには本棚に収まりきらなかったであろう本の山があった。
 そんな本の山の隠れた先に、何者かの頭頂部が見え隠れする。この馬車の持ち主だろうか。
 挨拶をした方がいいかもしれない。

「おや、可愛らしいお客さんだね」

 とここで、本の山に目を輝かせるナーナルに、声をかける男性がいた。

「貴方がこの馬車――いや、本屋の店主ですか」

 エレンが訊ねる。
 すると、その男性は「その通りです」と言葉を返し、一礼する。

「わたくし、カルロ・レイゼンと申します。ご覧の通り、店舗を持たない移動式の馬車書店を営んでおります」
「馬車書店……素敵ね」

 よく見てみると、馬車には“カルロの馬車書店”の看板が吊るされていた。
 書店の存在しないこの国にとって、それはどれほど素晴らしいものか。
 よくぞこの国に来てくれたと、ナーナルは心から感謝する。

「レイゼンさんは、ローマリアに来るのは初めてなのですか?」
「いえ、以前にも何度か訪ねたことがあるのですが、あるときを境に書籍類の持ち込みが禁止になりまして……ですので、それ以来になります」

 なるほど、通りで知らないはずだ。ここにもカロック商会による被害を受けた人がいた。
 だが、カルロは嬉しそうに続ける。

「ですが最近、カロック商会が取り潰しになったと聞きまして、急いで馬を走らせた次第でございます。どうやら、ナーナル様という方が尽力してくださったとか……」
「うっ、……そう、そうだったのね」

 カルロはまだ、自分が言葉を交わす人物がカロック商会を取り潰したナーナル本人だとは思ってもいないだろう。

「ですから、この機を逃さず、この地で顧客を増やすことができれば幸いです」

 商人としての才があるのだろう。書籍類に関しては、対抗馬といえる存在がいない。今が絶好機と言える。故に、レイゼンは意気込んでいる。
 とここで、二人の話を聞いていた客たちが声を上げる。

「店主さんよ、今あんたが話してるのがナーナルさんだぜ」
「……え? ナーナルさん? ……なのですか?」
「あはは……そうです」

 隠し通すつもりはなかったが、呆気なく正体がバレてしまい、ナーナルは苦笑いする。

「こ、これは失礼しました! とんだご無礼を……」
「頭を上げてください。わたしは別に何者でもありませんから」

 今のナーナルは、ナーナル・ナイデンではない。
 貴族の地位を捨てた、ただのナーナルなのだ。

「……感謝いたします」
「いえ。それよりも、レイゼンさんは本がお好きなのですか?」
「はい。それはもう。馬車を走らせ大陸を行き来し、これと思った本を仕入れる毎日でございます。ですがわたくしよりも娘の方が本の虫でして……」
「あら、娘さんがいらっしゃるのですか」
「荷台にいるはずです。見ませんでしたか?」
「あ……」

 そういえば、頭頂部だけ見えていた人物がいたが、あれがレイゼンの娘だったのか。

「せっかくだから、娘さんにもご挨拶しようかしら」

 再び、ナーナルは荷台へと顔を覗かせる。

「……、……で、……ふんふん」

 その人物――カルロの娘は、何やら一心不乱な様相で紙に筆を走らせていた。
 興味が湧いたナーナルは荷台に上がり、ゆっくりと近づいていく。そして見た。

「――貴女、もしかして物書き?」
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