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ロニカの案内で、ナーナルとエレンは北部地区から南部地区へと移動する。
やがてティリスと対決した広場に着いたが、その一角に、ひと際賑わう屋台があった。
……いや、あれは屋台ではない。よく見てみると馬車だ。それも大型と呼ぶに相応しい。
「あれは……なんなの?」
「そう思うよな。俺も初めは目を疑った」
近づいてみるまで、それが何なのか、そして何をしているのか、理解できなかった。
しかしナーナルは早足に馬車へと近づくと、徐々にではあるが頭に答えが浮かび上がってきた。
「……もしかして、本を売っているの?」
「ああ。馬車の内外でな」
ナーナルに気付いたのだろう。馬車を囲む人たちの視線が三人に向けられ、同時に人混みに道ができた。順番があるのか定かではないが、そこを少し申し訳なさそうに頭を下げて通っていく。
やがて馬車の傍まで近づくと……気付いた。
「すごい……本がたくさんあるわ」
大型馬車の周りには、車輪の付いた本棚が綺麗に並べられていた。これは馬車から下ろしたものに違いない。
「嬉しい……これは運命の出会いとしか言いようがないわ」
ワクワクが止まらなくなる。今すぐにでも本棚に手を伸ばしたい気分だ。
「エレン。これは夢のような乗り物ね」
「乗り物か……確かにな」
店舗を構えていない分、さすがに本の数は大量とは言えないが、それでもこれは胸が躍る。
こんなにたくさんの本を目にするのは、王都で暮らしていたとき以来である。
ナーナルは高ぶる気持ちを抑えつつ、馬車の内部はどうなっているのかと覗いてみる。
「あら、こっちにもまだいっぱいあるのね」
本棚を下ろしたことですっからかんになっているかと思いきや、そこには本棚に収まりきらなかったであろう本の山があった。
そんな本の山の隠れた先に、何者かの頭頂部が見え隠れする。この馬車の持ち主だろうか。
挨拶をした方がいいかもしれない。
「おや、可愛らしいお客さんだね」
とここで、本の山に目を輝かせるナーナルに、声をかける男性がいた。
「貴方がこの馬車――いや、本屋の店主ですか」
エレンが訊ねる。
すると、その男性は「その通りです」と言葉を返し、一礼する。
「わたくし、カルロ・レイゼンと申します。ご覧の通り、店舗を持たない移動式の馬車書店を営んでおります」
「馬車書店……素敵ね」
よく見てみると、馬車には“カルロの馬車書店”の看板が吊るされていた。
書店の存在しないこの国にとって、それはどれほど素晴らしいものか。
よくぞこの国に来てくれたと、ナーナルは心から感謝する。
「レイゼンさんは、ローマリアに来るのは初めてなのですか?」
「いえ、以前にも何度か訪ねたことがあるのですが、あるときを境に書籍類の持ち込みが禁止になりまして……ですので、それ以来になります」
なるほど、通りで知らないはずだ。ここにもカロック商会による被害を受けた人がいた。
だが、カルロは嬉しそうに続ける。
「ですが最近、カロック商会が取り潰しになったと聞きまして、急いで馬を走らせた次第でございます。どうやら、ナーナル様という方が尽力してくださったとか……」
「うっ、……そう、そうだったのね」
カルロはまだ、自分が言葉を交わす人物がカロック商会を取り潰したナーナル本人だとは思ってもいないだろう。
「ですから、この機を逃さず、この地で顧客を増やすことができれば幸いです」
商人としての才があるのだろう。書籍類に関しては、対抗馬といえる存在がいない。今が絶好機と言える。故に、レイゼンは意気込んでいる。
とここで、二人の話を聞いていた客たちが声を上げる。
「店主さんよ、今あんたが話してるのがナーナルさんだぜ」
「……え? ナーナルさん? ……なのですか?」
「あはは……そうです」
隠し通すつもりはなかったが、呆気なく正体がバレてしまい、ナーナルは苦笑いする。
「こ、これは失礼しました! とんだご無礼を……」
「頭を上げてください。わたしは別に何者でもありませんから」
今のナーナルは、ナーナル・ナイデンではない。
貴族の地位を捨てた、ただのナーナルなのだ。
「……感謝いたします」
「いえ。それよりも、レイゼンさんは本がお好きなのですか?」
「はい。それはもう。馬車を走らせ大陸を行き来し、これと思った本を仕入れる毎日でございます。ですがわたくしよりも娘の方が本の虫でして……」
「あら、娘さんがいらっしゃるのですか」
「荷台にいるはずです。見ませんでしたか?」
「あ……」
そういえば、頭頂部だけ見えていた人物がいたが、あれがレイゼンの娘だったのか。
「せっかくだから、娘さんにもご挨拶しようかしら」
再び、ナーナルは荷台へと顔を覗かせる。
「……、……で、……ふんふん」
その人物――カルロの娘は、何やら一心不乱な様相で紙に筆を走らせていた。
興味が湧いたナーナルは荷台に上がり、ゆっくりと近づいていく。そして見た。
「――貴女、もしかして物書き?」
やがてティリスと対決した広場に着いたが、その一角に、ひと際賑わう屋台があった。
……いや、あれは屋台ではない。よく見てみると馬車だ。それも大型と呼ぶに相応しい。
「あれは……なんなの?」
「そう思うよな。俺も初めは目を疑った」
近づいてみるまで、それが何なのか、そして何をしているのか、理解できなかった。
しかしナーナルは早足に馬車へと近づくと、徐々にではあるが頭に答えが浮かび上がってきた。
「……もしかして、本を売っているの?」
「ああ。馬車の内外でな」
ナーナルに気付いたのだろう。馬車を囲む人たちの視線が三人に向けられ、同時に人混みに道ができた。順番があるのか定かではないが、そこを少し申し訳なさそうに頭を下げて通っていく。
やがて馬車の傍まで近づくと……気付いた。
「すごい……本がたくさんあるわ」
大型馬車の周りには、車輪の付いた本棚が綺麗に並べられていた。これは馬車から下ろしたものに違いない。
「嬉しい……これは運命の出会いとしか言いようがないわ」
ワクワクが止まらなくなる。今すぐにでも本棚に手を伸ばしたい気分だ。
「エレン。これは夢のような乗り物ね」
「乗り物か……確かにな」
店舗を構えていない分、さすがに本の数は大量とは言えないが、それでもこれは胸が躍る。
こんなにたくさんの本を目にするのは、王都で暮らしていたとき以来である。
ナーナルは高ぶる気持ちを抑えつつ、馬車の内部はどうなっているのかと覗いてみる。
「あら、こっちにもまだいっぱいあるのね」
本棚を下ろしたことですっからかんになっているかと思いきや、そこには本棚に収まりきらなかったであろう本の山があった。
そんな本の山の隠れた先に、何者かの頭頂部が見え隠れする。この馬車の持ち主だろうか。
挨拶をした方がいいかもしれない。
「おや、可愛らしいお客さんだね」
とここで、本の山に目を輝かせるナーナルに、声をかける男性がいた。
「貴方がこの馬車――いや、本屋の店主ですか」
エレンが訊ねる。
すると、その男性は「その通りです」と言葉を返し、一礼する。
「わたくし、カルロ・レイゼンと申します。ご覧の通り、店舗を持たない移動式の馬車書店を営んでおります」
「馬車書店……素敵ね」
よく見てみると、馬車には“カルロの馬車書店”の看板が吊るされていた。
書店の存在しないこの国にとって、それはどれほど素晴らしいものか。
よくぞこの国に来てくれたと、ナーナルは心から感謝する。
「レイゼンさんは、ローマリアに来るのは初めてなのですか?」
「いえ、以前にも何度か訪ねたことがあるのですが、あるときを境に書籍類の持ち込みが禁止になりまして……ですので、それ以来になります」
なるほど、通りで知らないはずだ。ここにもカロック商会による被害を受けた人がいた。
だが、カルロは嬉しそうに続ける。
「ですが最近、カロック商会が取り潰しになったと聞きまして、急いで馬を走らせた次第でございます。どうやら、ナーナル様という方が尽力してくださったとか……」
「うっ、……そう、そうだったのね」
カルロはまだ、自分が言葉を交わす人物がカロック商会を取り潰したナーナル本人だとは思ってもいないだろう。
「ですから、この機を逃さず、この地で顧客を増やすことができれば幸いです」
商人としての才があるのだろう。書籍類に関しては、対抗馬といえる存在がいない。今が絶好機と言える。故に、レイゼンは意気込んでいる。
とここで、二人の話を聞いていた客たちが声を上げる。
「店主さんよ、今あんたが話してるのがナーナルさんだぜ」
「……え? ナーナルさん? ……なのですか?」
「あはは……そうです」
隠し通すつもりはなかったが、呆気なく正体がバレてしまい、ナーナルは苦笑いする。
「こ、これは失礼しました! とんだご無礼を……」
「頭を上げてください。わたしは別に何者でもありませんから」
今のナーナルは、ナーナル・ナイデンではない。
貴族の地位を捨てた、ただのナーナルなのだ。
「……感謝いたします」
「いえ。それよりも、レイゼンさんは本がお好きなのですか?」
「はい。それはもう。馬車を走らせ大陸を行き来し、これと思った本を仕入れる毎日でございます。ですがわたくしよりも娘の方が本の虫でして……」
「あら、娘さんがいらっしゃるのですか」
「荷台にいるはずです。見ませんでしたか?」
「あ……」
そういえば、頭頂部だけ見えていた人物がいたが、あれがレイゼンの娘だったのか。
「せっかくだから、娘さんにもご挨拶しようかしら」
再び、ナーナルは荷台へと顔を覗かせる。
「……、……で、……ふんふん」
その人物――カルロの娘は、何やら一心不乱な様相で紙に筆を走らせていた。
興味が湧いたナーナルは荷台に上がり、ゆっくりと近づいていく。そして見た。
「――貴女、もしかして物書き?」
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