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レイノルズの悪魔 社交界をあるく

もう一人の悪魔

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「それで、ここへわたしを呼んだのでしょうか?随分大胆なのでは?一人でなんて。私を皆が何と呼んでいるのか、ご存知?」
こんな場所に助けはこない、何とか切り抜けないと、と私も笑みのかたちに唇をひきあげる。
「いやね、勘違いしないで?一人でなんて来ていないわ」
そう言うと、先ほどくぐってきたカーテンの方を指さした。そこに、大広間の灯りを背にした何人かの影がみえた。逆光で、顔は見えないけれど、おそらく先ほど話しかけてきた男性たちだろう。どうすべきだろうか、オックスはクロード少年が帰してしまったし、当のクロード少年は自分の友人のところだろう。
いちかばちか、ここから飛び降りる?ここはどれくらいの高さかしら?怪我ですむならそうしよう、とベランダの欄干をちらりと見る。

「流石ね、こんな時にも落ち着いているなんて。大丈夫、クロードもいい子だけど、この方たちも素敵よ?お相手してさしあげて?」
わあ、自分以外でこれを言う人間がいるとは思わなかった。なんて、悠長なことは言っていられない。男達に怯えたふりをして、エルから少し離れた欄干に体をもたせてドレスにかくしてこっそり靴をぬいだ。
「来ないで…」
少しずつ、欄干に体をもたせかけ、つま先立つ。後ろをちらりと確認すると、思ったとおり、リディアおば様の屋敷と同じように小屋根につづいており、その向こうはガラスばりの温室だ。…転がったら温室を突き破っちゃうかも知れないけれど。
「ねえ、レイノルズの悪魔は男性なら誰でも上手く操れるって聞いたわよ?ほら、あの田舎貴族みたいに手玉にとって見せてちょうだいな」
ケラケラとエルが笑う。下の温室にはいくらか人がいるけど、その声までは届いていないようだ。…助けは見込めない。
せめて飛び降りる前に、『誰といたか』を下のひとたちに見せる必要がある。私は周りをもう一度見渡した。

きらびやかな室内と違って、僅かにオイルランタンが置かれているだけだ。とてもエルの顔を照らせない…?いいえ、充分照らせるし、ここにエルがいたことも本人が知らせてくれる。でも、
「駄目」
思わず、呟いた。エルと男達は私が怯えてそう言ったと勘違いしたようで、笑い声をあげた。わたしは首をふって、今浮かんだ考えを追い出そうとした。

オイルランタンをエルに投げつければ、あの高級なドレスは簡単に燃え上がる。空気をはらんだ薄く乾いた木綿や絹はオイルを吸えば、松明とおなじだ。
あとは勝手にエルが騒ぐでしょうし、男性達もエルを助けるのが優先になるはず。わたしが逃げる時間は充分ある。
「やめて、こっちへこないで」
わたしはオイルランタンに手をのばしながら、こんどこそ、エル達に言った。くれば、これしか方法がなくなる。

ひとを傷つけ、殺めて自分が助かる方法ならすぐに思い浮かんでしまう。

結局、エルの言う通り、わたしはレイノルズの悪魔なのだ。何度だってこんな場面はあった。
『殺せ』と心のなかで以前の自分が唆す。『それしか、逃れる方法なんかない。この女がどうなろうと、自業自得でしょう』

だけど、さっきのクロード少年を思い出す。トリスは?おじいさまは?
私がたやすくひとを殺める人間だと知ったら、どう思うのだろう。
いいえ、仕方ないといってくれるかもしれない。あのときはそれしかなかったと。
でも、それでも。

「だれか、助けて!」
だれか、誰でもいいから、助けて。
レイノルズの悪魔の魔手から、助けて。
「お願い!だれか!助けて!!」
欄干に半分体を乗り上げて、反対側へ転がる態勢になりながら、叫ぶ。
「無駄よ、ここからは……」
エルがいいかけたそのとき、靴音がいくつもカーテンのむこうから聞こえてきたのだ。

「お前達はそこで何をしている!」
声がして男達が一斉にカーテンの向こうへ逃げ出した。
「助けてくださいませ!こちらです!」
エルが、まるで自分が襲われていたかのように叫ぶ。かちゃかちゃと軍靴の金具が鳴る音がして、一人の騎士がこちらへかけてきた。
「ローザリア侯爵令嬢、ご無事ですか」
誰なのかと手にしていたランタンをかかげると、騎士は腕でその光を遮るようにして、あなたは?と尋ねた。その声に、ああローランドだ、とおもう。
過去の私を牢獄へ繋いだ騎士だ。何年かまえ、私の誕生日に見かけたけれどそのあとは王宮へ来てもいなかったのに。
こんなときだけくるのね、私を牢へ入れるのは、いつもローランドなのかしら。
「アイリスよ、レイノルズ家の」
エルが騎士の腕をとり、私から離そうとする。
「ローランド。お願い、私をうちへ連れ帰ってくれない?……怖くて」
エルはまるで脅されていたのが自分であるように言う。私から隠れるようにささやくのに、にこりともせずに頷いて、ローランドはわたしにふりむいた。
「申し訳ないが、貴方はご自分で。エスコート役の方が探しておられた」
眉をしかめて難しい表情ではあるものの、犯人として疑われてはいないのかもしれない。
「わかったわ、ありがとう」
再び頷いたローランドを確認して、欄干から降りて、ランタンを手から慎重に離す。
目一杯の力で握っていたからか、手が上手く開かなかったのを握りこみ、靴を履こうとするけれど、上手く履けない。
落ち着こうと深呼吸を繰り返していると、
「座ってください」
と、腕をとられた。そのまま、ローランドは私を隅にある長椅子へ座らせ、靴を私のそばへ置いた。
「あなたのお連れ様を呼びましょう、ご安心を。暴漢は戻って来れません、外にいた衛兵が全員捕らえましたので」
そう言って、ちらりとエルを見た。その鋭い眼光に、息を呑む。この方はわかっているのだ、エルがなにをしたのか…
ローランドはたちあがり、エルのそばへ行く。
「行きましょう、侯爵令嬢」
腕をとられてエルが震えたのは、演技なのか、それとも何かに気づいたからなのか、分からなかった。
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