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レイノルズの悪魔 よみがえる
闇夜に紛れて
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私の部屋には3つ出入口がある。
ひとつは、衣装部屋へから使用人の出入口へ繋がるもの。
もうひとつは、私やおじいさまが使うための扉(おじいさまが見ていないときは、使用人たちも使っている)。
そして、もうひとつ。
「結構…暗いわね…」
衣装部屋の奥にある、壊れて動かない大きな柱時計。その、一番下にある抽斗を取り出してから、振り子の扉をひらき、下を覗くとそこに、縦に掘られたたて穴が見える。おそらくはレイノルズ公爵家がまだ王位継承権をもっていたころ、いざというとき妻子を逃がすための抜け道として用意していたものなのだろうか。
暗くて見えないが、19の私がぶら下がって足がつくあたりには下へ向かう階段が作られていた。
「このまま飛んだら、怪我では済まないでしょうね」
ぶら下がろうにも、右腕を怪我していてはどうにもならない。ふむ、と考えて、そばにあった古いラックに目をつけた。梯子状のそれはちょっと頼りないけれど、子供の体重くらいは支えられそうだ。
「………こんなの、本当に、あり得ない」
ボソッと呟いた声が石作りの抜け道に響く。
ここを前に使っていたのはわたしではなくて、私が身銭をきって雇っていた破落戸だ。レミやレミの連れている侍女たちをクロード様に近づけないために、あるときは私が王宮で身につけていたものを隠させたり、母の持ち物を持ってこさせてレミの荷物に紛れさせたり。
最後のほうでは破落戸に母の服や宝石をほとんどもっていかれていたし、いつも誰かがこの道の中に座っていたりしたのだけれど。
「よくこんな、真っ暗でじめじめしているところに居られたわね…」
ぼそぼそと一人でつぶやき、所々にできた窪みに足をとられながら、進んでゆくとふいに明るい所へ出た。
そこは、公爵邸近くの小川の縁に作られた小屋の中だった。小屋は斜面に対して沿うような形で作られており、外からは単なる船小屋に見える。
「良かった、鍵の場所も変わってない」
鍵をポケットにしまい、閂をはずして表に出た。
夜霧のでた川縁は、暗くて、夜着にお母様のカーディガンを借りて着ているだけの私には寒く、引き返して上着を取ってくるべきかと思いながら、辺りを見回すと、どこからか小声で話している声が聞こえた。
「だから言ったろ、トリスタンはもうどこかに売られたんだって」
「わからないだろ、もしかしたら市街地のどこかにいるかもしれねえ。あいつはたいして美人でもねえし、口も悪いから、買い手がついてないかも」
それが朝の二人組だということは、すぐにわかった。私を傷つけたことを咎められて、おじいさまに暇を出されたのだろうけど、いくあてもなくここでさ迷っていたのだろう。
「朝も言ったでしょう?トリスはモンテッセリ洋裁店に勉強に出しました」
二人組は飛び上がらんばかりに驚いて、こちらを振り返る。
「おじょ、お嬢さん!どうやってここに!」
「レンブラントと侍従のやつらが家中を見回りしてるはずなのに!」
やっぱりね、と私はため息をついた。今晩じゅうにトリスが戻らなければ、トリスに私を傷つけた罪を擦り付けてクビにするし、もし帰ってきたなら捕まえて、おじいさまに見つかる前にそれこそどこかに売り飛ばすつもりなのだ。
「あなたたちのせいで、私もトリスもとんでもない危機だわ」
にらみつけてから、私は話しはじめる。
「トリスのためよ、あなたたちも手伝うわよね?」
言われて、二人はまるで壊れた玩具のように頷く。
「本当は一人で行くつもりだったのだけど、私が行くよりあなたたちが行くのが確実だわ」
そう言うと、ふたりのほうに船小屋が見えるよう、指して見せた。
ひとつは、衣装部屋へから使用人の出入口へ繋がるもの。
もうひとつは、私やおじいさまが使うための扉(おじいさまが見ていないときは、使用人たちも使っている)。
そして、もうひとつ。
「結構…暗いわね…」
衣装部屋の奥にある、壊れて動かない大きな柱時計。その、一番下にある抽斗を取り出してから、振り子の扉をひらき、下を覗くとそこに、縦に掘られたたて穴が見える。おそらくはレイノルズ公爵家がまだ王位継承権をもっていたころ、いざというとき妻子を逃がすための抜け道として用意していたものなのだろうか。
暗くて見えないが、19の私がぶら下がって足がつくあたりには下へ向かう階段が作られていた。
「このまま飛んだら、怪我では済まないでしょうね」
ぶら下がろうにも、右腕を怪我していてはどうにもならない。ふむ、と考えて、そばにあった古いラックに目をつけた。梯子状のそれはちょっと頼りないけれど、子供の体重くらいは支えられそうだ。
「………こんなの、本当に、あり得ない」
ボソッと呟いた声が石作りの抜け道に響く。
ここを前に使っていたのはわたしではなくて、私が身銭をきって雇っていた破落戸だ。レミやレミの連れている侍女たちをクロード様に近づけないために、あるときは私が王宮で身につけていたものを隠させたり、母の持ち物を持ってこさせてレミの荷物に紛れさせたり。
最後のほうでは破落戸に母の服や宝石をほとんどもっていかれていたし、いつも誰かがこの道の中に座っていたりしたのだけれど。
「よくこんな、真っ暗でじめじめしているところに居られたわね…」
ぼそぼそと一人でつぶやき、所々にできた窪みに足をとられながら、進んでゆくとふいに明るい所へ出た。
そこは、公爵邸近くの小川の縁に作られた小屋の中だった。小屋は斜面に対して沿うような形で作られており、外からは単なる船小屋に見える。
「良かった、鍵の場所も変わってない」
鍵をポケットにしまい、閂をはずして表に出た。
夜霧のでた川縁は、暗くて、夜着にお母様のカーディガンを借りて着ているだけの私には寒く、引き返して上着を取ってくるべきかと思いながら、辺りを見回すと、どこからか小声で話している声が聞こえた。
「だから言ったろ、トリスタンはもうどこかに売られたんだって」
「わからないだろ、もしかしたら市街地のどこかにいるかもしれねえ。あいつはたいして美人でもねえし、口も悪いから、買い手がついてないかも」
それが朝の二人組だということは、すぐにわかった。私を傷つけたことを咎められて、おじいさまに暇を出されたのだろうけど、いくあてもなくここでさ迷っていたのだろう。
「朝も言ったでしょう?トリスはモンテッセリ洋裁店に勉強に出しました」
二人組は飛び上がらんばかりに驚いて、こちらを振り返る。
「おじょ、お嬢さん!どうやってここに!」
「レンブラントと侍従のやつらが家中を見回りしてるはずなのに!」
やっぱりね、と私はため息をついた。今晩じゅうにトリスが戻らなければ、トリスに私を傷つけた罪を擦り付けてクビにするし、もし帰ってきたなら捕まえて、おじいさまに見つかる前にそれこそどこかに売り飛ばすつもりなのだ。
「あなたたちのせいで、私もトリスもとんでもない危機だわ」
にらみつけてから、私は話しはじめる。
「トリスのためよ、あなたたちも手伝うわよね?」
言われて、二人はまるで壊れた玩具のように頷く。
「本当は一人で行くつもりだったのだけど、私が行くよりあなたたちが行くのが確実だわ」
そう言うと、ふたりのほうに船小屋が見えるよう、指して見せた。
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