やり直し令嬢の備忘録

西藤島 みや

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レイノルズの悪魔 よみがえる

よい魔女の洋裁店

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こじんまりとした見た目に反して、中は広々とした部屋の真ん中に、作業台と、壁には沢山の反物がかかっていた。リボンやレースの束も置かれている。
奥まった部屋は縫い物をするためか、明るい硝子張りで温室のようになっていた。
「先生、お客様ですか?」
「レイノルズ公爵のお使いだとさ」
それをきいて、奥から出てきた若い女性二人は2歩ほど下がった。
「悪魔から、依頼」
「失敗したら、打ち首」
いやいやお話のなかの女王じゃないんだから。とわたしは苦笑いしたものの、トリスが勢いよく叫んだ。
「なんだいさっきから聞いてりゃ、その悪魔ってのは、お嬢さんのことなの!?お嬢さんはちょっと生意気で我が儘かもしんないけど、そんなよそ様にご迷惑になるようなかたじゃないよ!」
むしろ生意気で我が儘、ってとこを否定してほしかったんだけど…とトリスを取り押さえながら思う。
「トリス、むりをお願いしなきゃならないのはこちらなのだから、落ち着いて?」
「これが落ち着いてられるかっていうのよ!お嬢さんも言われっぱなしでいいの!?お望み通り首をはねてやんなさいよ!」
あああ、とわたしは額に手をやった。
「このかたがレイノルズ公爵令嬢、ナンとかアンナ様だよ!」
うん、私の名前知らなかったのねトリス。
もう黙っていて欲しいと心のそこから思いながら、そっと相手を見ると、こちらを震えながら女性たちは見ていて、先生と呼ばれたおばあさんは、腕組みをしたまま何か考えている風にみえた。
しかたない、ちゃんと事情を話すほかないか。
「……ご挨拶もせず、申し訳ございませんでした。このトリスタンが言うとおり、わたくしがアイリス・マリアンナ・レイノルズでございます…このような解りにくい姿で参りましたことも、ご容赦くださいませ」
出来る限り深々とお辞儀し、トリスにも頭を下げるよう目配せするが、わかっていないのか首をかしげている。
「侍女が申しました失礼も、重ねてお詫び致します」
もう、穴があったら入りたいとはこのことだ。これで断られたりしたら、辛すぎる。

「レイノルズの悪魔ってのは、ずいぶんと話し上手なもんだね」
そういうと、おばあさんは杖をつきながら奥の扉のむこうへ行ってしまった。
「ああ、そんな…」
だからバレたくなかったのだ。私には市井の民のような服しかない。そこを逆手にとったのは、レイノルズの悪魔に服を提供する服屋があるかどうか、疑わしかったからだ。
「……あのう」
二人の女性は、私たちの持ってきた包みの方を指しながら、話しはじめた。
「これを、あなた方が?」
「はい、事情がありまして、わたくしとトリスタンの二人で運んでまいりました」
もう一度、頭をさげる。こんどはしぶしぶトリスも頭をさげた。
「開けてもよろしいですか?」
二人はおそるおそる、包みの紐をひらいた。
「これは、こちらで作っていただいた母のドレスなんです。これを、わたくしに着れるように直して頂きたくて」
「…ステキ……これが、先生が言っていた、公爵夫人のドレスなのね」
「こんな素晴らしいものを縫ってらしたのね。なんて細かい縫い目…」
二人は広げては眺めて、細かな細工や裏地まで確認しはじめた。
「私には、ちゃんとしたドレスを頼んでくれるものがおりません。それ故に、普段はこのように、市街の皆様とおなじ、吊しの服を着ております」
ええ、と二人は驚き、こちらに向き直った。
「公爵令嬢様が、どうしてそんな!」
二人のうち、背の高いほうの女性が目を円くしてたずねてきた。
「私には、このトリスタンの他に、侍女がおりませんので。…これ以上の理由について話すのは、公爵家の内情となりますのでご容赦を…」
「このひと、使用人にいじめられてんの」
トリス、帰ったらお説教だわ。恥ずかしさに顔を覆うと、そっと誰かが私の背中に手を当てた。顔をあげるともう一人の、小柄な方の女性だった。
「トリスタンさん、貴族というものは、プライドが商売道具なの。大事な『お嬢さん』の秘密をそんな風に話してはだめ」
優しい、でも厳しい言い方に、トリスは私のほうに口もとだけでゴメンと謝った。

「いまのあんたにそのドレスは着れやしないよ」
先ほどのドアから、再びおばあさんが出てきた。こちらの事情が聞こえたのだろうか?と思って見ると、手にはかちゃかちゃとかわいらしいティーセットが音をたてていた。
「それは困るんです、そこをなんとか…」
「とにかく、まずはテラスでお茶をおあがりなさいな。話すのは気持ちが落ち着いてからだよ」
そういって、さっさと先ほど見た温室のほうへあるいていってしまった。
「大丈夫ですよ、先生は怖いかたではありませんからね?」
小柄な女性が囁いた。
「そうそう、見た目はおとぎ話の悪い魔女みたいですけど、いい魔女ですよ」
背の高い方がうなづく。
「バージャ!キャット!聞こえてるよ!」
奥から怒鳴られて、トリスが肩を竦めた。
「少なくとも耳はわるくなさそうだわ」
悪いとおもったけど、その言い方にすこしだけ、笑ってしまった。

おばあさんの名前は、エゾラダ・モンテッセリさんというそうだ。名前からわかる通り、外国のうまれで若い頃にこの国にやってきて、市街にあった大きなお店でお針子の修行をはじめて、私のおばあ様のドレスも担当したことがあったそうだ。
「あたしは腕が良かったからね」
わたしとトリスにハーブティーを出してくれながら、おばあさんは自慢気に言った。
「公爵夫人のウエディングドレスをデザインして、縫って刺繍したのはこのあたしさ。8ヶ月もかかって夜なべして刺繍して、あとの4ヶ月は肩が痛くてねえ。ここまでしか上がんなかったけど、おかげでドレスは素晴らしい出来だったさ」
ウエディングドレスをいたく気に入ったお母様は、おばあさんが独立したあともこの店にドレスをいくつも注文したそうだ。
「3度ほどしか会っていないけどねえ、ホントに上品で、優しい、素敵な人だったよ。嫌みなとこがなくて、かわいらしくてね」
お母様のことを、私はほとんど覚えていないし、レイノルズ邸でお母様やお父様の話をする人なんていないから、私は嬉しくて涙がでそうになる。

「そりゃ客だもん、お金払いがよけりゃ、いい人なんじゃないの?」
トリスが音をたててお茶を啜りながら言うと、小柄な方…キャットさんが
「あなた本当に公爵家の使用人なの!?さっきから、ちょっと口が悪すぎるわよ!」
と、止めにはいった。私が立ち上がって謝ろうとすると、おばあさんに手で立たなくていいと合図された。
「ところで、あんたの持ってきた服だけどね、あれはあんたがもう少し大人になったら着れるようにデザインだけ新しいものにかえておこうかね」
「けど、それじゃあ間に合わないんです、私、10日後にはちゃんとした令嬢らしい衣装一式が必要なんですもの」
慌てて私が訴えると、おばあさんはそうかいと頷いてくれた。
「あんたみたいな子供のドレスくらい、半日もかかりゃしないさ」
「私たちに任せてくださいませねお嬢様」
そう請け負うと、そのあとは三人がかりで私の体のあちこちにメジャーをまきつけて、採寸をしはじめた。中身が19でなかったら、嫌がって逃げまわったかもしれない。

「昼間のドレスが八枚に、エプロンが5枚、夜のドレスは二枚でいいね、それに靴も靴下もいるから、木型をとっておこう。あとで靴屋のセッペリーへ頼んでおく必要があるからね。ブーツは革がいいね、鞣した子牛で、色はアイボリーが一番使い良いだろうねえ。黒いのもいる。鞄と帽子も4組は要るね」

あっという間に、沢山の反物やレースが私のそばに積み上がった。
「だけど、あたしたちそんなにお金ないんだよ!」
「おじいさまには、一月ぶんと申し上げてしまいましたの。それをこんなに一辺には……」
私たちが困惑していると、おばあさんは頷いて言った。
「大丈夫、10着や15着の子供用の靴だのドレスじゃ、公爵夫人のイブニングの裾飾りにもなりゃしないよ!あんたのお祖父様が想定してる、半値にしかならないはずさ」
笑いながら既におばあさんたちは私の体にあわせて鋏を動かしている。
「公爵令嬢様には申し訳ないけどね、急ぎのぶんはトルソーが間に合わないから、今裁断しちまうよ?寝間着なんかはいいけどね、ドレスはそうはいかないからね」
脱がされたり着せられたりしながら、わたしはその日、結局夕方近くまでお店にいたのだった。

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