どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや

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精霊王と悪鬼

ミルラの帰還

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診察を終えると私もレイモンド様も、くたくたになって帰ってくる。1日学園にいて、午後から診察だったりすればなおのことだ。

「お嬢様、お食事がまだですが、おやすみになられるのですか?」
お風呂のあと、髪を梳かしてくれていたキャルが尋ねるけれど、私はもう眠くてどうしようもない。
「う、ん」
なんとなくうなづいて、ベッドに横になった。

「わかりました。お休みなさいませお嬢様」
キャルがランプの火を消して出て行くと、部屋は闇に包まれる。

「そういえば、キンバリーの屋敷は夜でも外がほんのり明るかったわね……呪いのせいで妖精が住んでいるからだなんて、思いもしなかった」
ここへ来てミルラがすぐにやってきたから、夜になると自分の爪先も見えないほど暗いのだと知ったのはつい最近だ。
「ミルラはどうしたのかしら」
「《なんだよ、やっぱり俺がいないとダメなんじゃん》」

ふわり、と窓辺があかるくなった。
「ミルラ!」
私は慌ててカーテンをあげて窓の掛け金をはずす。
「あーあ、疲れたァー!」
いつもなら飛んでくるミルラが、ぶらぶらと歩いて窓の中へはいってくる。
「ミルラ、どこに行ってたの?」
「ん?ああー、あのほら、井戸のとこにさ、ブローチ置いたでしょ?それで、なんていうか…見張りだよ」

見張り?と私は首をかしげた。窓枠に足がかかり、ヨロっとよろけたミルラを両手でうけとめる。
「ミルラ、大丈夫なの?」
私の両手に手をついたミルラは、ぶるぶると首をふった。
「っ、平気平気!ちょっと疲れてるだけ!」
そうはみえないのだけど、ミルラはそれから懐に手を入れて例の革袋を取り出す。
「それよかほら、下がって下がって!」
「ちょっとミルラったら!まだ話が……」
まるでなにか都合の悪いことを隠すように、ミルラは金の粉を撒き散らして、私は再び霧のなかに巻き込まれた。

◇◇◇◇◇◇◇◇

気づけばそこは、見覚えのない宮殿のなかだった。私は相変わらず、ミルラと同じ位に縮んでいる。

宮殿はかなり老朽化していて、皇宮の中のような豪奢な家具はあるけれど、みんなボロボロと毛羽だっていたり、足が欠けていたりした。

「おい、退けよ。お前がそこにいたら私は座れないだろう!」
どなり声に振り返ると、ルディ殿下がなにか瓶のようなものを持って立っていた。
「やぁだ、一緒に座ればいいじゃない」
ミュシャはお尻をつき出すようにしてルディ殿下の方へむけた。
「下品な動きをするな、この娼婦が」
ええ?とミュシャは唇を突き出した。こんなふうに唇を突き出すと、以前のルディ殿下なら学園だろうと皇宮だろうと、婚約者である私にはお構いなしで口づけをしていたはずだ。そして、ミュシャの満足のためにならなんだってしたのだけれど…

「元はといえばお前が私を誑かしたから、このようなボロ家に住むことになったんだぞ!」
ルディ殿下はそう言うと、瓶の中身をグラスにもいれずに飲んだ。
「…それ、どういう意味?」
急にミュシャの口調がかわった。いつもは鼻にかかるような声で、くねくねと身をよじりながら話すミュシャが突然別人のように低い、嗄れた老婆のような声にかわったのだ。

「お前さえいなければ、今ごろは私とアシュレイは結婚の準備をしていたのだ!私はキンバリー公爵家の財産も領地も手にする予定だったんだぞ!それなのに、なぜお前のような娼婦くずれの女に…ここから出てはならぬなら、これは事実上の幽閉ではないか!いつまでこのような場所におかれるのだ!」
あああ!と言いながら頭をかきむしる。
「私は騙された!お前が騙したんだ!」

それをミュシャは、まるで檻のむこうの珍獣でも見るような視線で見守っていたあと、
「なぜそう思うのかしら?」
と呟く。それから、チッと舌打ちをした。

「《ミュシャと関係を持つと、意志が奪われるのかしら?》」
そういえばリュシリューもそんなことを言ってたわね…え、でも、男性全員をっていうわけではないわよね?それとも私が知らないだけで、ミュシャはそんなにもフットワークが軽かったのかしら?それって可能なの?…そもそもそんなことが人間に可能なの?

ぞわ、と何かがミュシャのまわりで蠢くのが見えた。灰色の、足が沢山あるようななにか。しかし、ルディ殿下にそれはみえないようで、ミュシャを睨み付けながら瓶の中身をあおっている。
「殿下?私の顔を見てくださる?」
それが、ルディ殿下にむかって一斉にとびかかってゆく。でも、どういうわけかルディ殿下のそばまで行く前に皆霧散してしまう。

「うるさいぞブス!お前の顔なんか見たって何の腹の足しにもならん!ああー、アシュレイはもっと美人だったのに。なぜこんなブスに騙されたんだ!」
今更ルディ殿下に誉められても嬉しくもなんともないわね、ただイライラするだけ。正直、リゼ嬢ファンに誉められているときの方がよほど嬉しいくらいだわ。

ミュシャはぽかんと口を開いてルディ殿下を見た。
「あたしの言うことが聞けないの、ルディ?あたしはミュシャよ?覚えてないの、あたしがビワの木に登って降りれなくなったとき、下敷きになってまで助けてくれたでしょ?」
「それはゴーウィンだ。お前を拾うより前の話ではないか!なぜそれを知っている!」
ハッとなってミュシャはさらにまたなにか虫のようなものをルディ殿下へ向かわせる。

「なんで、なんであたしの言うことがきけないのぉ?」

駄々をこねるように体をひねり、両手を振り回す。徐々に体がねじれ、まるで彼女がなんども出していた虫のように胴が延び、灰色の靄もふえてゆく。
ぐにゃぐにゃとした長い肉の塊が伸びて、蛇のようにトグロをまく。蛇と違うのは、左右に伸びた幾つもの手足があることだ。その姿は這い回る虫を思い出させるものだった。

そこまでくるといくら酔っているとはいえルディ殿下でも異変に気づいたのか、ヒイィと声をあげて尻餅をつく。

「おかしいとおもったのよ、突然みんな私に冷たくなって。気を付けていたつもりで忘れてたわ……でもいいや、もう厭きたし、たべてしまおう」
「いやだ、此方へくるな!」
ルディ殿下はとっさに逃げようとしたけれど、それより早くミュシャの派手な爪が殿下の肩にかかる。

がば、とミュシャはルディ殿下に覆い被さっていく。こちらからは何も見えず、しかしズルズルとなにかを啜るような水音だけがきこえる。やがて、痩せ細って呆然となったルディ殿下が床に投げ捨てられ、ゴトっと音をたててたおれた。

……いったいどういうこと…?

しいん、とあたりは静まり返る。私は急いで天井付近までミュシャから離れた。離れなくてはならない気がしたからだけれど、ふと振り返ってしまった。

すぐそばに、大きく開いたミュシャの口があった。


「み   つ   け   た  ぁ」




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

明け方近く、カーラントベルクの質素な屋敷じゅうに響き渡ったのは、私の悲鳴だった。

「マリア!どうかしたか!」
侯爵さまが木製の杖をもって駆け込んできて、後ろにレイモンド様と寝間着姿のキャル、その後ろに箒を構えて侯爵夫人まで立っている。

「あ、あの、その、怖い夢をみたので。それだけで…すみません、お騒がせして」

私が謝ると、夫人とキャルはほうっと息をつき、
「そう、驚いたけれどよかったわ。怖い夢をみるなんて、きっと暑かったからね」
と優しく微笑んでくれた。

侯爵様は私の左腕をとって脈を計り、目のなかを確認してから、
「健康に問題はなさそうかな。母様がいうように、蒸し暑いから、夢見が悪かったんだろう。レイモンド、私の棚から没薬もつやくを持ってきてくれ。キャル、香炉を出してこれるかい?」
私の手をしっかり握ってくれながら、侯爵様が指示を出す。

「気つけの香を焚いてあげよう」
そう言って、レイモンド様はキャルが持ってきた香炉になにか金色をした粒をいれた。
「遠い海のむこうの大陸のね、かわった木の樹液なんだ」
そう言って見せてくれたのは、あのブローチに填まっていた宝石に見える何かだ。
「これ、その、樹液なんですか?石みたいなのに…」
ふふ、とレイモンド様は笑って私の頭を撫でた。
「大丈夫、害のないものだよ。ミルラという箒を逆さにしたような形の木にね、傷をつけると採れる樹液でね、鎮静効果があるんだよ。大陸では呪術を跳ね返すとか、穢れを払うとか言われているんだよ」

ミルラですって?ミルラに穢れを払う効果があるの?私が考えている間に、香炉には火が入り、レイモンド様もキャルも部屋から出ていった。



優しい、でもなぜか切なくなるような匂いが香炉から流れてくる。どこか、すうっとするようなそれを、私は嗅いだことがあった。
「ミルラ、あなたのあの金の粉は、あなたの体を傷つけて採るものなの?」
私が尋ねると、ふらり、とミルラはベッド脇の水盤の脇に現れた。

「ああ、うん…さっきのやり方で間違いないよ…けど今燃えてるのは鱗粉じゃなくて普通の没薬だから、魔法はかからない」
だるそうにベッドに座り込み、ミルラがいう。
「命からがらにげてきたのね。ミュシャから?」
「いいや、あんときは見つかっちゃったけど逃げきった。傷をつけるのは……その…バロウズだよ…」

ころん、とミルラはころがった。眠そうに目を閉じる。
「バロウズが、鱗粉を作るんだ…アシュレイを…フィヨールトにつれて…いくために…」

そう言うと、すうすうと寝息をたてはじめた。
「あの粉を、バロウズが??」

枕元には、あの革袋がおかれていた。

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