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20 絶壁のヘヴンズフォール
しおりを挟むラークスはトップを独走していた。
伯爵家長男であるディカルド貴公子の権力で先行して入場させてもらえたからである。
しかしダンジョンの中を先頭で突き進む事は、誰よりも多く魔物と対峙する事となる。
ツテを利用しただけではいつまでもソロで先陣を切れるものではない。
暗黒時代が明けても王国の騎士を目指して磨いていた剣術、そして彼の身に付ける装備型蒸気機関が新生迷宮を猪突の如く突き進み、立ちはだかる下位モンスターを蹴散らせていく。
ラークスは30分ほど疾走した先で、大きな絶壁が立ちはだかっていた。
それは首を痛めるほどに見上げなければ頂上が見えない断崖の絶壁であった。
そして 岩肌でゴツゴツしたその壁に、まるでジャンプ台のように滑からな表面の傾斜を築いている場所が一部だけ削り創られている。
駆け上がるには人間の能力以上の動力が不可欠で、多くの者がこれに挑戦しようとする。だが皆ズリ落ちてしまい、果てしない回り道を選ぶ事となり結果的には近辺の魔物退治で日銭を稼ぐ事になる。
幾人かの人間は突破したがそれは、魔法補助、妖精族の身体能力、といったものを利用出来る者達であった。
そうでなければ斜面に杭を打って地道に登るまでだが、時限開放される度に地形が修復されるネオダンジョンにおいてはこの作業は大きなタイムロスとなる。
ラークスはこの場所のために準備、開発した超高気密蒸気動力溜器を備えた駆動機構を今回初めて投入する。
ダンジョンの踏破深度を更新するためにはこの蒸気機構を使いこなし、この壁を越えてショートカットする事がラークスの、ロインズ男爵家の命題であった。
「我がロインズ家こそが魔法を超えたエネルギー機構を世に打ち出すのだ!!」
自らを鼓舞し、膝を落として構えをとる。
胸のスチームタンクバルブを開放すると、一気に気圧が漏れ出す音が響く。
四肢に装着された装備に蒸気動力が行き渡るとタービンが激しく駆動を始め、巨大な力を蓄えたアイドリングの振動が全身に伝わる。
全開にした動力はラークスにとって未経験の制御であり、額からいくつもの汗が垂れてきた。
ラークスはおもむろに後へと滑りだす。
走行距離を稼ぐための助走距離の確保行動であった。
初速からの加速が足りない恐れもあるため、ひとつ前のT字路の曲がり角まで戻る。
崖を正面に据えて、ダンジョンの壁を背につけた。
「距離にして約50M。まだ、足りない‥‥」
さらに胸のバルブを開く。
安定しているとは言い難い激しい噴出音が装備の各所から漏れ上がる。
「うおおおおおおお!」
命を賭けたこの挑戦にラークスは右足を前に踏み込んだ。
たった一歩で自身の全力走を越える速さで前に進む。
二歩目でさらなる動力が「バシュ!」という音を放ちながら左足から吹き出す。
三歩目には両手からもジェット気流が発せられ、さらなる加速を作り出していく。
一足だけで五メートルを越える歩幅で進み、五歩目を踏み出す頃には早馬の全速力に匹敵する速度に達した。
予想以上の初速と加速度の中、助走距離は残り半分に達した。しかし····
「これでは‥‥届かん!」
ラークスはさらに加速距離を稼ぐために足を横に向けた。
トンネル型の洞窟の右側面の壁を斜めに登リ始める。
浅い侵入角によって体が横に傾くが、そのスピードを殺すことなくそのまま左側面の壁まで同じようにかけ登る。
右へ左へとジグザクと斜めに行き来する事で走行距離は伸び、さらに速度が上昇していった。
助走の終わりか近づき、トンネルが途切れて横壁がなくなる頃には、天井が突き抜けるくらいに高く広がるエリアに出る。そして天に突き抜ける程の崖の斜面が前方に待ち構えていた。
ラークスは足のスタンスを合わせるように閉じ、膝を揃えた。
ついに斜面の角度を迎える。耐え難い重力が全身に圧し掛かる。前かがみだった体は序々に後傾姿勢に移り、これまでの加速分と蒸気ジェットの推進力で絶壁の坂道を駆け上っていく。
「うおおおおおおお!!」
自分の限界の壁のように高く、重く立ちはだかっていた斜面にこれまでラークスは何度も心を折ってきていた。
貴族階級とはいえ郷紳であるロインズ家は最下位爵位である男爵にも及ばない立場だ。
生まれてずっと尊厳が満たされる事のなかった貴族間交流の中で、周りの爵位持ちから見下され続けていた。
その打開策に向けて彼の家は工業革命における事業に目をつけた。
新たな産業は階級を超えた資産を生み出す。
すでに大規模生産における効率は魔法の力を凌駕する結果を生み出してきたが、さらなる高みを目指そうとした。
「‥‥! 見えた!!」
斜面の切れ目が見えた。ついに頂上へ登り切る域に達するさ事が出来た。
ラークスはさらに膝へ力を入れる。
この壁は、ただ高いだけではない。
登り切った先で次に見えるのは、闇夜の天がさかさまになったような底のない奈落へと続く崖である。
この暗黒の底を飛び越えるために、登りの上昇エネルギーをそのまま跳躍に転換しようとする。
畳んでいた膝を抱え込むように前傾姿勢にして、全身の力を脚部へ集中した。
「おおおおおおお!!」
ラークスの体は飛び上がり、奈落に反発するように天へと向かっていこうとする。
腕部の装置を起動し、手のひらから高圧な蒸気圧を発した。
脚部の上昇エネルギーに対し、腕部は後方に向けて圧力を発することで推進方向の力を補う。
それはまさに竜魔士の魔法、空中跳躍に匹敵する飛翔能力であり、小妖精越しに見上げる構図で映し出されたその姿は、まるでスローモーション映像のように観衆の心を惹きつけた。
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その様子をダンジョン入り口にある壁のスクリーンで見守っていた観衆は、刹那の静寂で目を見開いた直後、
「「「うおおおおおおおおおお!!」」」
空気が震えるほどの大歓声に包まれた。
「すげえええ!!」
「ラークスのヤツやりやがったぞお!」
観衆達は腕を上げて、お互いに顔を向け合い、興奮をさらに相乗させる。
その中でも最も喜んでいたのは商人のトーマスであった。
「ラークス様!お見事でございます!!」
この結果は今日から多くの人々へ伝え知られるだろう。高密蒸気圧機構の成果が証明され研究分野として広がりを見せる事となる。そして関連するインフラ投資はとてつもない富を生み出す。
だがその興奮よりもはるかに激しい感情を静かに燃やす少年がその群衆の中で立っていた。
「ツカサ? あなた感化されちゃってるでしょ」
小妖精サキが襟元から出て肩に乗った。
「わかるの?」
「体が熱くなって服の中にいられないくらいよ」
「ああ、ごめんごめん‥‥」
「行くのね?」
「‥‥うん、あんなの見たらジっとしてられなくなったからね」
前世で司はよくマウンテンバイクに乗り山地を走り回っていた。バイク好きも高じてモトクロスに憧れていた司にとっては、 今スクリーンで見たあのパフォーマンスがとても刺激的なものに映り血が騒ぎだしていた。
応援ありがとうございます!
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構想が練り込まれている本格的なファンタジーだと思います。妖精の描写がとても丁寧で綺麗ですね。理工学のネタも好きで、じっくりと楽んでいます。
naruさん
感想ありがとうございます。
理工ネタはつい長文で詰め込みすぎてしまうのでウザくならないようにと程々にしていこうと考えてましたw
でも気に入って頂けて何よりです!