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19 森前ネオダンジョンの喧騒

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 【4日後の城下町を抜けたラーロンド王国の東部、イーストン領地】

 そこには石造りの塔が森の木々の中に高く建っていた。

 誰が作ったワケでもないその建物は人工的なようでとても自然的な建造物である。いつのまにか出来ていたその塔の中には転移魔法陣が敷かれており、今にもうすぐ光を放ちそうな気配を出していた。

 イーストン森のネオダンジョンの祠である。

 その深い森の入り口には暗く不気味な夜に似合わず、人だかりで賑わっている様子があった。冒険者達と見学者の集まりだ。装備を点検し仲間と打ち合わせる者、チーム同士で情報を交換する者、三十人ほどの冒険者が各自のグループを作っていた。皆真剣な表情で開場時間が来るのを待っている。
 猟銃を整備している集団もいた。何丁ものライフルを並べていて、貴族が嗜む鹿狩りの延長で、ダンジョンの魔物をハンティングする気分でいる様子であった。

「イーストン領・森前ネオダンジョンの時限解放がまもなく始まる。栄誉か、富か、名誉の負傷か。今宵もそれらを得る者が必ず生まれるだろう!」

 ダンジョン入り口門に最も近い場所で陣を取るパーティーの一人が叫んでいた。彼はこの集団の中心人物として全員へと言葉を放って鼓舞させていた。それに応じ冒険者達も声を荒くする。

「金だ!じゃんじゃん魔物を屠って魔石ってヤツを稼ぐぞ!」
「今日こそあの崖境を越えてやる!」

 武器の手入れ作業を続けながら、各自が思い思いの目的を自分達にいい聞かせていた。そこへグループの合間を縫うように一人の商人が冒険者に声をかけながら練り歩く。

「不足しているものはございませんか~?トーマス商会が余っているものを買い取りますよ~」

 軽快な口調が緊迫していた場の空気に似合わないが皆慣れていた様子であった。

「よう、トーマス」
「あ、ウェルズさんこの前はありがとうございました、また魔石が大猟できましたら私めにお売りくださいね。他の所で済ませたら泣きつきますから~」

「期待してろ。今日は新調したこの猟銃が暴れてくれるからな」

 商人の名はトーマス・アルジャジーラ。
 人気の時限解放前には様々な人間が集まるものだがその中でもトーマスは必ずといっていいほどそういった人ごみの中で姿を見せていた。

「ようトーマス、そういえばよ紋章珠って流通してねえか?」

「おお旦那様。この前はありがとうございました。符号鉱石のことでよね?手に入りましたら真っ先にお伝えしますね!」

「あーやっぱないのか。まあ手にいれたら教えてくれ。あれはこの先新しい技術になるって聞いたから試してみてーんだ。他に譲るんじゃねーぞ?」

「ええもちろん、貴族様をないがしろにする事はありませんからご安心くださいな~」

 いつでも顔を出し続ける事で顔を覚えてもらい信頼を結ばせる。必要なものを聞き取って相場の先読みをする。この二つのために日夜、人ごみの中に身を置き続ける人間であった。

 そんな中でトーマスは見慣れない少年を見つける。身なりは貧相だが仕草の中に熟練さを感じさせる雰囲気。この少年が若輩者でありながらも冒険者である事をトーマスは察知した。何よりもその、カラスのような黒髪が悪目立ちして嫌でも視線の中に入る。辺りの雰囲気を乱すほどに不吉さを漂わせる程だ。周りがしかめ面をする中で、どことなく商人の勘を働かせたトーマスは近寄った。

「こんばんわ~、私は商人のトーマス。何か足りないものはないかな?新顔さん」

「あ、こんばんわ。えーっと、司っていいます。初めて来たんですけどすごく賑やかな場所ですね」

「それはなんといっても豊作ダンジョンの解錠日ですからね。もちろんアナタにとっても、豊作になるのでしょう?」

「え?いえ僕は見学というか人探しに来ただけなんです。このあたりで妖精族は見かけませんでしたか」
「ご覧の通り人間の皆さんのチームに雇われた亜人は沢山いますよ?」

 司がまわりを見渡すと、確かに亜人が多かった。ドワーフ族が戦いの準備をしている。彼らは洞窟内での目や鼻のよさ、武器を扱う力量、荷物持ちと様々に勝手が良く、人間に使われていた。ファンタジーの代名詞ともいえるドワーフ族を見つけた司は、目を輝かせながら興奮をする。すると首後ろに隠れている小妖精サキが後頭部をポカリと叩いた。司は目的を思い出し直してトーマスに質問をする。

「あ、いえ。妖精族と言っても探しているのはエルフなんです」
「こんな所にエルフが現れたらアナタと同じように目立つでしょうね~」

 トーマスは司の黒髪を見つめながら、しかし自分はそんなの気にしてませんよというオープンな表情を司に向けた。黒髪であれ冒険者であれば客になるため距離を縮めようとする。そしてトーマスの頭の中でふと情報がわずかに繋がった。

「ああ、これは失礼しました。ウェスティン領の方ですね?」

 突如、自分の事を特定されて司は驚いた。

「‥‥!? なんでわかったんですか?」

 身分を表すようなものを何ひとつ付けてはいない。貴族の紋章、パーティのエンブレム、周りの冒険者は自分を誇示するために付けているがソロである司にとっては必要ないものであったからだ。黒髪で悪目立ちする事を避ける事が一番の理由であった。

「商人は情報を生業にしています。耳に入ってくるいろんなお話をつなげたまでです」

「だからって無名の一般人の事まで知っている事はないですよね」

 司の質問に対してトーマスは自分の持つ情報をむやみに明かそうとはしなかった。口の軽い者に秘密の情報は回してもらえないものだからだ。目的は自分が情報屋としての能力の高さを見せて今後取引を求めてくるようにする営業活動であった。

 すると司の首後ろ襟元にいるサキが顔を少し出してそっと司に囁く。
「(黒髪のダンジョン受付人なんてそれなりに目立って噂されるものよ)」

 ああ、と司は呆れながら自分の頭をボリボリかいた。小妖精の間でも噂されていた位なので人間でも同じだろう。確かに黒髪はこの国では忌み色で目立つし数も少ない。けどそれだけで外来者ではなく自分がウェスティンダンジョン受付人だと決め付けられるには根拠が足りない。司は思考を巡らせて根拠に紐付けられる仮定を導いた。

「イーストン領側にもエルフ討伐の依頼が届いたんですね」

 今度はトーマスの方が驚き、そして関心した。
「ほう、なぜそんな風に思ったのですかな?」

「もし依頼が発生していたならば魔石を求めるエルフの目撃経路が探られるはずです。そして黒髪の少年がいるダンジョンにエルフが現れたという情報は必ず得ているはず。そこからは逆説的に考つきます」
「ふふ、その通りです。同じ風貌の少年がエルフの事を聞きに豊作ダンジョンに新顔で来たのならウェスティンダンジョンの受付人と結びつけるのは自然でしょう」

領主間の抗争があるなかで敵陣営と扱われたら動きにくい。

「しかし若いのにしっかりとした洞察力ですね。イーストン領のラークス様とも気が合いそうだ」

「早速僕の情報を流すつもりですか?」
「商人は世間話も仕事のうちですからね。けどそこは信頼関係も絡みます。御得意様の情報は決してむやみには語らないものなのですよ?」

 トーマスは分かりやすく両手の掌を合わせてゴマをするジェスチャーをしてみせた。引き締めていた気も徐々に柔和な雰囲気に戻っていく。

「わかりました。ここで得る魔石を売却するときはあなたにお世話になります」
「ありがとうございます。それと、あなたの管理しているダンジョンにも近々お邪魔させてください。悪いことはしません、利便性を高めるご提案をさせて頂くだけです」

「‥‥領主に掛け合ってみます」
「ありがとうございます!いやあ販路が広がって嬉しい限りです~。そうだ、お礼にこのあたりの案内と紹介をしてあげましょう」

「いえ、僕は目立ちたくないので結構です」
「では私の後ろについてきてください。主要人物の顔を知るのは大事な事ですよ」

 そういってトーマスは冒険者の合間を縫って歩き、入り口近くの陣営に挨拶をした。

「ディカルド貴公子、今宵もご機嫌麗しく~」

「トーマス商会か。今夜も盛り上がっているようで何よりだ。だがここで貴公子はやめてくれといっているだろう」

 司はまた驚いた。
 先ほど入り口の最前列で冒険者達に向けて声をかけていたの人間は、このイーストン領地の当主の長男、第1貴公子ディカルド・イースティアであった。

「後ろのその者は見ない顔だな。新人か?」

 商人のトーマスの影に立っていた司の事をディカルドが質問した。

「いえ、ここのダンジョンを物見に来たギャラリーの一人でございます」
「そうか、手間でなければ案内してあげるといい。。私は観衆への配慮もキチンとしたいと考えている人間だ」

 ディカルドは貴族であるにも関わらず、黒髪に差別的な視線はなかった。
 しかし、周りの人間は平常どおりに暴挙に繋がり、司の肩をドンと押しのけた。

「ノームもどきがディカルド貴公子に話しかけるとは何事だ!」
 本人から話しかけられたので返答しただけであるがいつもの扱いなので丸く収めようと下手したてに出る。

「すみません、僕は失礼させてもらいますね」

 その場を去ろうとすると急に怒号が飛んできた。
「おい!キサマなにしにここに近づいてきているんだ!」

 肩を押し込んできたのは18歳程の青年で、ブロンドと青眼の瞳を持ち立派な鎧を身につけていた。貴族関連の人間だろうと察したが、世俗に疎い司には顔の知らない相手であった。
 そこへトーマスが口を挟んでくる。名前を口にして、司にこの男の素性を明かす。

「ラークス・ロインズ様、本日もご機嫌よろしいようで~」

「商人のトーマス、このノームン黒髪はおまえの連れか?」
「いえいえ、この人はノームン族の特徴はありますがこの者は我々と同じ人間でございますよ。お気に障るのであればすぐに退散します」

「そうしろ! このイーストン領にノームンもどきがいる事は許しがたい。いつまでもいればエルフと同じ扱いで討伐対象にしてやるぞ!」

 ディカルドとは反対にラークスは極端な忌み黒嫌いの人間であった。司への悪態をついたあとにディカルド貴公子と言葉を交わす。

「ディカルド貴公子、今宵こそは私達が到達点を広げていきましょう。郷紳ジェントリとして恥じぬ我々の価値をどうぞご覧ください」

「期待しているよラークス。新発見があれば君の父も鼻が高いだろう。貴族としての矜持、皆に見せてくれたまえよ」
「はっ! では、またのちほど‥‥」

 そう言ってラークスは自分の集団の元へと戻っていった。

「すまないね、黒髪君。彼はイーストン地方の下位領主の者でね。彼の家は体裁に厳しい。見学は遠目で頼むよ。そのかわり」

 そういってディカルド貴公子は自ら使役している小妖精ピキシーを見せた。隣にいる従者が迷宮で取得したであろう魔石を持ってピキシーを三体制御していた。

「小妖精の映像共有能力を使い、中の様子を外の者達にも見えるように映し出しているんだ。それで観戦してくれ」

「‥‥あなたは魔術使いなのですね。でもなぜそのような事を?」

 司の小声での質問に対してディカルドが答えた。
「それはもちろん、その方が盛り上がるからだよ」

 不敵にそう言いながら立ち上がったディカルドは、自分たちの後方にいる冒険者達に向けて声を上げた。
「時は来た。さあ、誰も到達していない層に足を踏み込む者、その景色を皆に見せるがいい!」

 洞窟の扉の向こうでは地面に描かれていた転移陣が発光していた。再び冒険者達を鼓舞しながらもディカルド貴公子のチームが先頭で洞窟の中へと入っていった。使役していた小妖精3体のうち、1体を地上に残して転移陣の起動に入る。

 このイーストン・森前ダンジョンの入り口には3つの転移陣があり、三人づつが同時に転送されていった。魔力を消費して転移時間短縮コマンドを実行する者が先陣側に立てる形であるようだ。

 1/4の人数が入って行ったあたりから5分の転移処理を受け入れる者が増えてきた。そこには序列の明確な立場差があり、ランク、年功序列、ローカルルールで並びが決まっていた。後ろの列であるほど、装備の質が貧相になっていく。

「オイ邪魔だ、どけノーム族!」

 ドンと列の並びから弾き出された司は、周りでたむろっている野次馬観衆の集団に寄せられた。自分が入る事になった時は最後列だな、と自分の装備と冒険者の装備を見比べる。大きな斧や剣、銃、そして蒸気機関装備を運び込む本格的なパーティに対して、司の装備は自作の脚部装備と小ぶりな魔術演算装置。一見しなくとも初心者である事を決め付けられる見た目だ。野次馬の中にいて違和感なく馴染んでいる司であった。

 野次馬は冒険者の数よりも多く集まっており、50人以上いる人間達がひとつの場所へ視線を向けていた。転移陣入り口の側面の岩壁。そこには広く平らな側面に光を伴った映像が映し出された。

「さあ、今夜も始まったよ!イーストン・森前ダンジョンの開放だ!」
「「「おおおおお!!」」」

 ディカルド貴公子が地上に残した小妖精の1体が中の様子を連続した画像で観衆に見せていた。まさにもう1体がダンジョン内の中から撮影しているものだろう。

「どうですか?ツカサさん、これがディカルド貴公子の計らいですよ」

 ディカルドチームが先陣を切っており、ダンジョンを細部まで映し出す。そして後ろから走り過ぎて行くパーティメンバー達を様々なアングルで見せてくれる。

 それはまさに実況中継と呼べるシロモノであった。
 実況担当も存在していて、まさにエンターテイメントとして成立させようとしているようであった。

 先頭集団が高速の移動速度で走りぬける。脚部装備により、常人以上の速さを生み出していた。それは魔法の力ではなく人工動力によるものであった。

「あの装備の動力、何かわかります?実は蒸気機関なんですよツカサさん」

トーマスがいつのまにか司の横に立っており解説をしてくれた。少し自慢げであったのでトーマス商会で扱っている商品だという事が予想できた。

「あそこまで小型化したものは初めて見ます。蒸気機関は装置が大掛かりになる筈なのに‥‥」
「そうなんです!その中でも今回初めて投入されるのが超高圧蒸気タンクです。今までにない高性能な次世代の動力機関なのですよ!」

「そんな新しい発明の研究が進んでいたんですね」

 それは地球でも発達していなかった技術であった。
 蒸気機関は地球の17世紀に発達したが、小型化が実現する前に石油エネルギーが台頭する形で幕を下ろした歴史がある。

「事業家貴族の資本で研究されました。あれを量産できれば新しい基盤事業を広げられるのですよ」

「その売り手になる事をトーマスさんは狙っているとかですね」
「はい、先程のラークスさんの家は出資者でもありますが、今回ダンジョンの到達記録を更新できれば一気に知名度が上がるでしょう!」

 スポンサー兼広告塔でもあるラークスが小妖精の映し出すスクリーンに登場しアップで映った。観衆の声が一層大きく膨れて盛り上がる。

『ロインズ家の次男が【天落ちの壁ヘヴンズフォール】に辿りつくぞ。記録に名を残せるかの挑戦だ!』

 その場のノリで実況者までもが付いている。今回チャレンジする冒険者達の中でも彼は今日一番の注目冒険者であった。






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