傲慢な人

村さめ

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 僕が安曇の部屋にお邪魔するようになったきっかけは、些細な会話からだった。

 連れてきてもらったお寿司屋さん。おまかせで出てきたお寿司を、口に入れて咀嚼し、お茶で流し込む。どれほど美味しいご飯でも、自分の場違い感やお値段が気になってしまってろくに味なんか分からない。僕にはチェーン店のお寿司屋さんの方が合ってる。

「あの、毎回こんな、奢ってもらわなくていいよ」

 セックスの代償にお金を受け取っているだけでも後ろめたいのに、いくらするのかも分からない高価な食事なんて、僕にはもったいなさ過ぎる。

「何なら僕が、何か作るし……」

「は?」

「あ、いや、ごめんなさい。何でもないです」

 馬鹿か僕は。父さんの事業がわりと上手くいっていた頃、家事全般は専業主婦だった母さんが一手に引き受けてくれていた。僕が料理をはじめたのなんてつい最近で、それもごくたまにする程度。そんな拙いものを舌の肥えた安曇に食べさせようだなんて、正気の沙汰ではない。

 僕の気持ちを汲み取ってくれたのか、安曇は早々に食事を切り上げて会計を済ませた。いつもの繁華街に向かわず、僕の手を引いて電車に乗り込む。着いたのは今まで安曇と来たことのなかった駅。安曇は駅前のスーパーに用があるようだった。

「何か買うの?」

「……食材?」

「食材」

「うちに来て、何か作れ」

「は……、え!?」

「さっき作ると言っただろう」

 確かに言ったけど。何だこの展開。冷や汗が出てくる。

「一通りの調理器具や調味料はうちにある」

「そ、そうですか……。あの、ごめんなさい。あんなことを言ってしまったけど、僕はそんなに料理が上手いわけじゃなくて……、ほんと簡単なものしか作れないから……」

「構わない」

 構わないのか。じゃあやるしかないのか。

(嘘だろ。安曇に食べさせることができて、僕でも作れる簡単な料理って何? 一個も思いつかない……)

「安曇は、何が食べたい?」

「……。……味噌汁」

 苦肉の策でリクエストを求めたら、思いの外いけそうな答えが返ってきてほっとする。味噌汁なら、味はともかく僕でも一応は作れるはず。

 慌てて材料を吟味する。出汁はちゃんと取るべきなのか。でもそんなのやったことないし、やめとくべきなのか……。横からの視線が痛くて、大急ぎで買い物を済ませた。

 連れてこられた安曇の部屋は、いかにも彼が住んでいそうな立派なタワーマンションの高層階で、景色が綺麗だった。高所恐怖症の僕は高さに目を回しつつ、ほとんど使ってなさそうなピカピカのキッチンに恐る恐る近寄る。

 出汁を取るのは諦めて顆粒だしを使い、知ってる手順でどうにか作った具沢山の味噌汁は、味見した限りではまともに出来たと思う。けど、安曇の舌に合うだろうか。

 僕がドキドキしながら見守る中、安曇が味噌汁を一口すすり、ほうっと息を吐いた。

「お前、明日からうちに飯を作りに来い」

「へ……?」

「材料費、交通費、手間賃は多めに払う。どうだ?」

「ま、毎日はちょっと……。作り置き、とかなら……」

 いや何言ってるんだ僕。作り置きなんて高等技術はまだ会得していない。母さんに教えてもらわないと。

「これを渡しておく。いつでも来ていいから」

 手渡されたのは銀色に光るカード。

「何これ?」

「これを入口やエレベーターのカードリーダーにかざせば、入って来られる」

 つまり家の鍵ってこと? そんなの僕なんかに渡していいの? ていうか料理とか……。僕は安曇の下僕なようなものだから、やれと言われたら何でもやるけど。これは何だかおかしくないか。

(まるで恋人みたいだ)

 頭に浮かんだ考えを慌てて打ち消す。それは僕の願望だ。そんなこと、想像しただけで辛くなるに決まってるのに。借金まみれの僕と、何でも待っている安曇。笑えるほどに釣り合わない。しかも男同士。現実的じゃない。ありえない。

(恋人になりたいなんて望まない。嫌われていても構わない。性欲の捌け口にされるだけの関係でもいい。僕は……)

 安曇は味噌汁をおかわりまでしてくれた。僕も一緒に食べたけど、特に何の面白味もない、慣れ親しんだ普通の味だ。でもこの味を安曇と共有できたことが、何だかうれしい。
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