野良竜を拾ったら、女神として覚醒しそうになりました(涙

中村まり

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第四章 白魔導師の日々

収穫祭への序章~7

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「フロルだ! 助けに来てくれたんだ」

空を見上げて嬉しそうに叫んでいるジョエルの頭を押さえて、マルコムは弟を地面に伏せさせる。何をするつもりかはわからないが、マルコムは、指示された通り、弟に覆いかぶさるようにして身を伏せた。

リルは砂埃を舞い上げながら、翼を広げながら地面へと着地した。

「くっ・・・すげえ風」

マルコムも必死で地面に縋り付く。砂ボコりに塗れながら、ちらと目をあけて周囲の様子を窺えば、狼たちの何匹かが遠くに吹き飛ばされていくのが見えた。

「フローリア・・・」

「フローリア ダ・・・」

狼たちが口々に叫ぶが、マルコムもジョエルも竜が着地する際に起きる風に煽られ、その言葉は風にかき消される。

「二人とも大丈夫?!」

地面に降り立った竜の上から、フロルが飛び降り、二人に駆け寄る。

「フロル!」

小さなジョエルがフロルに抱きつくと、フロルはジョエルを急いで抱き上げた。目の前には、赤い目をした狼と、その背後には瘴気が渦を巻いている。

「あれは?!」

ただの黒い霧だった瘴気が大きく渦を巻き上げ竜巻のように地面から立ち上っている。普通じゃない様子に、マルコムは戦慄を覚える。

その渦の背後には真っ黒な闇がぽっかりと口を開けている。あれは一体、どこに繋がっているのだろうか。別の次元、もしくは、人類が未踏の世界であることに間違いない。

── あれは、あの魔物はこの世のものじゃない。

今、自分たちが対峙しているのが、ただの魔獣でないことに、マルコムは今更ながら気がついた。それは別の世界の何かだった。

「リルの後に隠れて!」

フロルの声に、マルコムは我に返る。ジョエルを抱き上げたフロルに腕を引かれ、急いで竜の後へと避難する。
リルは自分の出番とばかりに、大きく三人をかばうように全面に立ち羽を大きく広げた。

「リールガル・・・」

狼たちは口々に叫んでいたが、それが何なのかはマルコムははっきりと思い出せなかった。

「リル、翼を羽ばたかせて風を作って。瘴気を吹き飛ばして」

フロルが竜の後に隠れながら、リルに命じる。

「きゅ!」

リルは二つ返事で、嬉しそうに答える。フロルの役に立てることが何よりも嬉しいのだ。

竜一匹が浮揚するほどの風の力は強い。リルは狼の前に大きく仁王立ちをしながら、バッサバッサと翼を動かし、強力な風を作る。竜が浮揚するほどの風だ。

けれども、それだけではないように、マルコムには見えた。風で散らされるだけでなく、周囲に散った禍々しい空気が爽やかな気で浄化されていくようだ。

リルが羽を広げて風を起こす度に、みるみると瘴気が薄くなっていく。

── そして、あっと言う間に瘴気が消えて亡くなってしまった。

そうして、瘴気が消え去ると、リルは羽ばたきを止めた。

「はやく!竜の上に乗って」

フロルが急いで子供たちに指示を出した。狼が体勢を立て直さないうちに、竜に乗って逃げるつもりだとマルコムは察した。

「ジョエル、早く立て。竜に乗るぞ」

「うんっ」

「ニガスモノカ」

瘴気は消えても魔狼はまだ残っているのだ。一瞬の隙をついて、黒い狼が一匹、また一匹と跳躍して、三人に襲いかかる。

「わあぁぁ」

驚いて叫んだジョエルの目の前で、竜の尻尾が大きく音を立てながらしなった。ひゅんっと目にもとまらない速度で動いた竜の尻尾は、鞭のように目の前の狼を叩きつぶした。黒い魔物はその瞬間、蒸気となって消えた。

三人が竜に駆け寄っている間、リルは次から次へと魔物を尻尾で退治していく。その様があまりにも小気味よくて、ジョエルは感心しながら言う。

「すごい。兄様、竜って凄いね!」

ジョエルは竜を初めて見たのだろう。目をキラキラさせながら、嬉しそうに言う。

「逃げるから、早く竜に乗って」

フロルが手を差し伸べる。フロルはまずジョエルの腕を掴んで竜の上に押し上げた。続いて、マルコムも乗ろうとした時だった。

「これは?」

竜に乗ろうとしたマルコムの腕をフロルが掴んだ。どこかで瘴気に触れたのだろう。自分の腕がドス黒く変色し始めていた。

その瞬間、フロルの瞳の中に、強い怒りの色が浮かんだ。

「よくも・・・ギル様の弟に・・・」

フロルが唇を噛みしめ、拳をぎゅっと握りしめた。

「かすり傷さ。大丈夫だよ」

マルコムは精一杯、威勢を張って答えたが、フロルは激怒しているようだった。

その瞬間。

── 周囲の空気がにわかに膨れあがるような感じがした。

それはフロルの怒りに呼応して、地面から鋭い気が立ちあがったとでも言うべきだろうか。

周囲の空気は怒りで膨れあがり、目には見えなかったけれども、それは今にも破裂しそうなほど膨張した。

「フロル、早く竜に乗らないと・・・・」

今度は、マルコムがそう言いかけてフロルを見ると、フロルが呆然と立ち尽くしている。全身から強い怒りが滲みだし、まるで糸が切れた操り人形のようにも見える。

フロルの様子が変だ。

「おい、フロル、大丈夫なのか?」

その表情をなんと形容すればいいのだろうか。フロルからは強い気迫が立ち上っている。いつものぽよーんとしたおおらかなフロルの表情ではない。

「どうしたんだ?おい、フロル!」

フロルの怒気は大地の精霊へとつながり、瞬く間にそれは風の精霊へと広がっていく。精霊達が口々に何かを囁く声が微かにマルコムの耳にも届く。フロルの怒りは精霊達の怒りへと変わる。怒りのエネルギーは波のように周囲に大きく広がり、連鎖し始める。

怒りの気は、うねりながら、さらに、どんどんと大きく膨らんでいく。それは圧縮され、さらに強い波動を放つ。

大地の精霊が怒り、大地がごごごっと地鳴りを起こす。風の精霊たちが騒いでいる声が耳に木霊し始める。フロルを起点として、見えない怒りのエネルギーは大きく渦を巻きながら、狼たちを覆った。

── これはフロルじゃない。フロルの体の中の別のものだ。

マルコムがそう思った瞬間、膨張しきった怒りのエネルギーが臨界点へと到達した。

「よくも、ギル様の家族を傷つけたわね」

フロルの淡い緑色の瞳の中に鋭い殺気がこもる。圧縮されたエネルギーは、一瞬にして青い光と変わり、狼を襲った。

「ウギャアァァァ・・・」

次の瞬間、マルコムが見たのは、狼たちが、聖なる光に覆われ、悲鳴を上げながら逃げ惑う姿だった。


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