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第四章 白魔導師の日々

収穫祭への序章~6

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リルに空を飛ぶよう命じれば、竜は瞬く間に空へと舞い上がる。高い空からは、ギル様の城を取り囲むようにして、森は東のほうへ大きく広がっているのが見える。城の南側には市井が広がっていて、小さな屋根の間から教会の高い屋根が所々突き出している。

リルは久しぶりにフロルと空へ登ったせいで、すこぶる上機嫌だったが、フロルは自分がするべき事を忘れてはいない。

なんとしてもギル様の弟二人を見つけ出して、あの魔物から救出するのだ。

以前に、ダーマ亭近くの森の中で魔狼に出くわしたことを思い出す。早く対応しなければ、あの二人が危ない。

あの魔物が、ギル様の可愛い可愛い、そして大切な弟たちを襲っているのかもしれないと思うと、フロルの胸の中に殺意すら湧く。私の大好きなギル様の弟に手を出したら、ただじゃおかないくらいの勢いで、フロルは空から二人の姿が見えないかと目をこらしてみた。

「リル、もう少し大きく旋回してみて」

フロルに命じられた通り、リルが大きな輪を描き、探索する面積を広げてみるが、めぼしいものは何も見えなかった。人の視力では、難しいのかもしれない。

フロルは竜の視力に頼ることに決めた。

「森の中に子供が二人いるのを見つけたらすぐに知らせてね?」

竜の動体視力は人間より遙かに優れていると聞く。フロルが見つけられなくても、竜の狩猟本能にかかれば、森の中の小さな獲物を見つけるのは簡単だ。

(ギル様はどこにいるんだっけ?)

城の方向へと目を向ければ、ギル様がエスペランサに乗って、森の小道を疾走している姿が見える。フロルはギルの位置を確認して、また森へと目を向けた時だった。もし、子供を見つけた場合、ギルに合図を送らなければならないからだ。

「きゅう!」

リルが嬉しそうな声をあげた。子供達を見つけたのだろう。

城での訓練通りに、リルは、旋回する輪を次第に小さく描きながら、ゆっくりと下降し始める。

それが意味する所はただ一つ。

竜が対象物を見つけたことに他ならない。

フロルは首にかけてあった小さな魔石を取り出した。ライル様曰く、その石は魔道具の一種で、光を使って騎士団に合図を送るためのものだと言う。

旋回と下降を同時にしながら、フロルは魔石を握りしめた。詳しい仕組みはわからないが、それに反応して、ギルが持っている魔石が光るという仕組みらしい。その魔石は自分がいる場所を彼に教えてくれるのだ。

そうやってフロルが合図を送ると、エスペランサはぴたりと歩みを止めて、ギルが上を見上げて自分を認めた。ギルが、同じように魔石を使って、フロルへ了解の合図を送る間にも、リルは旋回しながら高度をどんどん下げていく。

「あ、あれは・・・!」

晴れた日だと言うのに、森の一部分が黒い霧のようなものに覆われているのが、木々の間からちらりと見えた。

あそこに魔獣が潜んでいるのか。

その霧は空から見ればゆっくりとした速度で移動しているように見えるが、実際には、馬と同じくらいのスピードで移動しているようだ。それが移動している少し先に、ついに、二人の子供の姿を認めた。

木々の隙間からは、子供達は二人が手をつないで、必死に走っている様子が見える。そして、例の黒い瘴気が二人との距離をぐんぐんと縮めていた。その黒い霧の中には、魔狼が疾走している姿が見える。

── 二人は魔狼に追われているのだ。

「リル、急いで! あの二人を救出するから」

フロルがそう言うと、リルは任せて!と言わんばかりに、旋回をやめて、頭から一直線に急降下を開始した。フロルは、リルの上で頭を低くして、猛スピードに耐えうる姿勢を取る。

騎士団の訓練の中で、こんなに急に下降したことはないほどの角度とスピードだ。

「ううう、急降下がきつい・・・」

冷たい風に顔を煽られて、顔が凍りそうだったが、フロルはそれでも降下するスピードを緩めることはない。もし、ドレイクやキースがそこにいたら、竜騎士真っ青の豪快な降下術に度肝を抜かれていたかもしれない。

それほどフロルは必死だったのだ。

── 黒い瘴気と魔狼は二人のすぐ後ろまで逼迫していたからだ。



その頃、

「にい・・・さま、もう走れない・・よ・・」

激しい息の間からジョエルは涙ながらに兄に訴える。心臓はもう堪えきれないほど鼓動を打っているし、足も疲れてきて絡まりそうだ。

息が苦しくて仕方がない。

そんなジョエルにマルコムは手を引いたまま振り向きもせず、走る速度を落とそうとしない。

「ダメだ。今、歩みを止めたら、奴らに追いつかれる」

ジルが転んだ自分をかばうために、二人を茂みの中に隠して、囮になって狼たちを引きつけてくれたまではよかった。

二人は見知らぬ場所に迷い込んでいたため、帰り道がわからなく途方に暮れていたのだ。自分達がいる位置を確認しようと小高い丘の上に登って、見晴らしのよい所に出た。

見晴らしがよいと言うことは、同時に目立つ場所にいたと言うことでもある。

魔物達にあっさりと気がつかれてしまった。

「やばい。気づかれた」

マルコムはジョエルを連れて、もう一度、森の中に引き返したが、あっと言う間に距離を詰められてしまった。

そして、現在に至る。自分達のすぐ後に魔物がいる。無我夢中でジョエルの腕を引っ張って走っていたがが、そびえ立つ断崖の下に出てしまった。林が切れて空が見えているが、行く手を崖に阻まれ、もうそれ以上の先がない。

「くそっ。行き止まりだ」

マルコムが悔しそうに唇を噛み、振り向いた瞬間、魔狼が自分たちを追い詰めたことを知った。

「にいさま、こわいよ・・・・」

まだ小さなジョエルは、震えながら、マルコムにしがみついた。マルコムは幼い弟を背にかばい、魔狼たちの全面に立つ。近くに落ちていた石ころを拾って狼に投げつけてみるが、全く効果はない。

「お、お前達、俺たちに近づくな!」

魔狼たちはうっすらと冷笑を浮かべて、一歩、また一歩と距離を詰める。

「ククク・・コゾウ ノ ブンザイデ」

足下には黒い瘴気が薄く立ち込め始めている。これに纏わり付かれると体が黒く腐食するとギル兄様は言っていた。マルコムは弟を瘴気から守るために、後に落ちている大きな石の上へと登らせ、自分はその前に立ちはだかった。

「フローリア ハ ドコダ」

魔物が予想外のことを言った。それが何のことか、マルコムには、さっぱりわからない。

「そんなもん知るか!」

ウソをつけと魔物は笑うが、マルコムもジュエルも、フローリアなんて人物に心当りはない。

「オマエタチカラハ フローリアノ ケハイ ガ スル」

ケタケタと笑う魔物に取り囲まれ、マルコムはジョエルに決死の覚悟で口を開く。一方向だけ、狼の包囲が手薄な所を見つけたのだ。

「いいか、俺があの方向を開けてやるから、そうしたらお前だけ全速で走れ。決して、後を振り向くんじゃないぞ」

マルコムの決意は固い。自分はどうなっても、なんとしても弟を逃がしてやるのだ。

「やだ。やだよ。にいさまと一緒じゃなきゃやだよ」

「うだうだと我が儘を言うんじゃない。男だろ、泣くな!」

そんな子供二人を魔狼はいたぶるように笑う。

「フローリア ハ ドコダ・・・」

「知るか。そんなもん」

地を這うように低い声に、マルコムは地面に落ちていた棒きれを拾って、立ち向かうようにそれを剣のように構える。マルコムだって、少しは剣を遣えるのだ。今、手にしているのはただの棒だけど、何もないよりはましだ。

マルコムはジリジリと移動しながら、手薄だった方向をもっと開けるべく、挑発しながら狼を引きつれて移動する。マルコムの目論見通りに、狼はマルコムに狙いを定めて一緒に動いているから、狼の包囲がさらに手薄になる部分が出来た。

あれくらいの隙間ならジョエルが走って逃げられる。

「フローリア ヲ・・・・」

「ハヤク フローリア ヲ ヨコセ」

ケタケタと笑う魔狼の後には、瘴気が一層強く立ちこめる。マルコムはジョエルが石から降りたのを見計らって、狼を引きつけるタイミングをさらに狙う。

「今だ!走れ」

そう言って、注意を引きつけようと魔狼たちにマルコムが棒きれで挑もうとした時だった。

── 突然、二人の真上に大きな黒い影が広がった。

ジョエルがそれに気づいて上を見上げて、怯えた声で叫んだ。

「にいさま!竜だ!」

二人の真上を飛んでいたのは紛れもなく竜だ。それも大形種の青い竜で、こっちに向って一直線に急降下していた。

「なんでだよ!どうなってるんだ」

ジョエルはさらに怯えてマルコムにしがみつく。ジョエルを逃がす一瞬を逃してしまい、マルコムは絶望で目の前が真っ暗に染まる。

あり得ないほど、邪悪な闇の魔物に囲まれたと思ったら、今度は竜だ。

竜は地方ではとても珍しい動物だ。竜騎士団の竜を除けば、一生のうちで一度お目にかかれるかどうかの生き物だ。

それが、運の悪いことに、魔狼と同時に現れた。どうせ、その竜も狼の仲間なんだろうとマルコムは思う。

竜と魔狼、それに瘴気。

自分は三枚の悪手を引いてしまったようだ。それも、最悪の悪手だ。完全に詰んだ。誰も助けにこない森の奥で、魔物たちに惨殺されるんだとマルコムは覚悟した。そして、それと同じくらい強い後悔の念が浮かぶ。

弟を廃れた教会に連れてこなきゃよかった。そうしたら、犠牲になったのは自分一人で済んだはずなのに。

マルコムがこれまでかと目をつぶった瞬間、二人の頭の上から聞き慣れた声が降り注いだ。

「今、降りるから! 身を伏せて、瘴気に触れないようにして!」

ふんわりと柔らかく、聞き慣れてしまった娘の声。それが自分たちが知っている声だとわかり、二人は訝しげに視線を向ける。

青い竜のさらに上へと視線を向けると、そこには──

── 竜に乗ったフロルがいた。
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