転生悪役令嬢、投獄されて運命の人と出会いました~この「おとしまえ」きっちりつけさせていただきます!

中村まり

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突然の婚約破棄からそれは始まった

パズルの最後の一枚

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その後も、兄エドガーは時々顔を出し、その都度、アーロンの手紙のやり取りに関わるようになった。アーロンから手紙を受け取り、また彼への手紙を渡すようになった。

「お兄様、なんだかアーロンとご懇意のようですわね?」

「ああ、この前の飲み会ですっかり打ち解けたからね」

いつも斜に構え、何に対しても冷淡だった兄の様子がいつもと違うなと思っていたが、そういうことなのか。

ふーん、そうなんだ。

なんとなく、二人から蚊帳の外に出されたような気がしなくもないが、男どうしの友情に口を挟むこともないかと思いなおし、淡々と毎日が過ぎていく。

そんなある時のこと。

「姫さん、またあの女が来たぜ」

ガスがとても嫌そうな顔をする。あの女とは、そう、エマのことだ。
エマは、もう何度も一人で地下牢を訊ねてきている。彼女は、ふらりと立ち寄った風を装っているが、看守の目にも、私の目にも、アーロン狙いであるように映る。なぜだ。解せぬ。

「貴方は熱があるのでしょう? 具合が悪いのに違いないわ!」

今日もまた、いつものように芝居がかったエマの声が地下牢に大きく響く。

ちなみに、アーロンは私のご飯のおすそ分けのおかげで、すっかり元気になり、いつもぴんぴんしている。アーロンの筋トレ指導のおかげで、具合が悪いのはこっちのほうだ。

「……いや、俺は別に体調が悪くはないが?」

アーロンは、なんだか憮然とした様子で、機嫌が悪い。見たところ、エマのことが嫌いなようだ。

「……そんなはずは」

エマの目が挙動不審にキョロキョロと動く。

そして、いつものごとく、エマに対するアーロンの塩対応もすっかり定着した。

アーロンに冷たくあしらわれても何度も足しげく通う根性は立派なもので、私でも呆れるほど鋼の心臓の持ち主である。。……ま、私には関係ないけどね。ほほほ。

エマはメンタルを病んでるって設定、ゲームの中にあったかしらね? 

そして、アーロンの病気の後は、エマはお決まりのように、気を取り直して、判をおしたように同じセリフを繰り返す。

「私にはわかってるの。ここの井戸の水は腐ってるわ!」

井戸はこの前、新しいものに変えたから、誰もお腹を壊さずにぴんぴんしているわよ? 井戸の水はすっきりと澄んでいて、冷たくて美味しいですわよ?

エマを見つめる看守の目が冷たい。そりゃそうだよね。井戸の水はもう腐っていないもの。

誰からもなんの反応もなく、シーンと静まり返った静寂の中、エマはそれに気が付いて、恥ずかしそうに小声で呟く。

「あら? ……いやだ、またタイミングを間違えたのかしら」

エマは気まずそうに、あらぬ方向へと視線を向ける。見当違いのことを叫んだことがとても恥ずかしかったのだね。

「……もう、いい加減、帰ってくれないか。そして、二度とこないでくれ」

アーロンの冷たい言葉が胸に刺さったみたいだ。エマがキツネにつままれたような顔で、何かを呟きながらそそくさと去っていった。彼女が何かを呟いていたが、私には聞き取れなかった。

今更、エマにアーロンの件も、井戸のことも、いちいち教えてあげるのもメンドクサイ。こうなってしまった状況の原因を作ったのも彼女だしね。そういう訳で、彼女に関わるのも嫌なので、いつもそのまま放置。

ちなみに、「触らぬ神に祟りなし」、ということわざはこちらの世界にもあるのだそうよ。ふふふ・・・。

そうほくそ笑む私の背後では、アーロンがきょとんとした顔で呟いていたのである。

「イベントが起きない、ってどういう意味だ?」

そう、エマは、「どうして、イベントが起きないのかしら」と呟いていたのである。その呟きは私の耳には届いていなかった。それを知っていたら、後々、私がすごく悩むことはなかったのである。

それから数日後、凝りもせず、またエマがやって来た。

その時、私たちは、ちょうど、仕事中であるのにも関わらず暇そうな・・・、もとい、手の空いている看守たちを呼んで、みんなでカードで仲良く遊んでいる所だったのだ。

「Bだ。全員、B対応!」

地下牢の入り口でエマを見つけると、見張り番の看守が慌てて階段を下りてきて叫ぶ。すると、手持ちのカードをさっとポケットに隠して、みんな何食わぬ顔でさっと持ち場に戻る。

私もカードをクッションの下に隠して、ルルが持ってきた金ぴかの椅子に腰かけ、わざとらしく扇なんかを広げてみたりする。

アーロンはといえば、餅を食べすぎたような顔をして、牢屋の一番奥の暗がりへと、さっさと逃げていた。その様子が小動物のようで可愛い……と笑ったら、その日、アーロンは怒ってしまって、まる一日、口をきいてくれなかった。とりあえず、ひたすら謝ったので、翌朝にはすっかり元に戻っていたけど。

看守たちも、エマのことをB客と呼び、すっかり、「B対応マニュアルのようなものが出来てしまった。

そして、今日もまた、そのB客、もとい、エマが今日もまたやってきて、アーロンの具合が悪いだの、いつものようにきーきーと喚き散らした後、エマが言っているようなことが何も起きていないことに、気が付いたみたい。そして、今日も、アーロンから全く相手にされず、さっさと追い返されていた。

まあ、私は関係ないからいいのですけど。ほほほ。

そんな様子を見ていたガスが、私の所に来て、こっそり耳打ちする。

「姫さんよ、あの令嬢、頭がおかしいとか、そういう話はなかったのか?」

「さあ、わたくしにも見当がつかなくってよ?」

「なあ、教えてくれ。なんであの女、しょっちゅう、俺に構いに来るんだ?」

エマが去った後、アーロンも不思議そうに私の所に聞きに来た。

どうして、ガスもアーロンもエマの不思議行動について私に聞くのか。だから、私にそんなこと、わかるわけないでしょっ! 

あまりにも二人がしつこいので、悪役令嬢ばりの怖い顔でじろりと睨んでやったら、二人とも冷や汗をかいて逃げていったわ。うふふ。

アーロンは「外にいる仲間」との連絡が上手くいっているようで、ついに脱獄計画が順調に進んでいることを打ち明けてくれた。兄が手紙のやり取りを買って出てくれているということは、我が公爵家の関与もあるのだろうけど、兄は私には何も教えてくれない。

「で、いつ脱獄するの?」

私が目をキラキラさせて訊ねれば、アーロンはそっと顔を曇らせる。

「一つだけ問題があって、それがどうしても解決できないんだ」

「どんなことですの?」

「俺の仲間が地下牢に押し入ってくるのは、警備の関係上、かなり難しそうだ。俺達がこの格子の外に出られれば、後は全てなんとかなりそうなんだが」

パズルでいう最後の1ピースが埋まらないとアーロンは言う。

「そうなんだ……」

アーロンが言うには、最後の問題というのは、要するに、この格子の外に出られればいいだけなのだ。

私はちょっとだけ、がっかりしてしまったが、まあ、そのうち、外に出られる日が来るのだろうと気楽に構えることにした。

「なんとかなりそうな気がするんだけどなあ」

アーロンと別れた後、私は椅子の上で大きく伸びをしながら考える。

乙女ゲームの中のどこかで、そういうシーンを見たことあるような気がしたのだ。もしくは、ほんの一行か二行の設定の所で、地下牢に関係した記述があったような気がする。

「パズルの最後の一ピースかあ」

答えがすぐ傍にあるような気がしているのに、それを思い出せない。脱獄計画があると聞いた日の夜、私はもどかしくって、なかなか寝付くことが出来なかった。
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