9 / 25
9. 「トイレどこですか?」
しおりを挟む俺は男としての尊厳の確認もせず、もうふて寝することにした。
もう、無理だ。
ベッドはめちゃめちゃふかふかだったけど、俺は硬めの布団の方が好みだし、腰への負担軽減のために、ちょっといい硬めのベッドを向こうで買ったばかりだったから思い出したら何だかもったいなくてため息が出た。
自分の世界に帰れなくても、肉屋に帰りたい。
あのグリフォンのテールスープを飲みたい。
あ、グリフォンに怒られるかな。
俺が勝手に出てきたのに、今になってこんなことを思うのはおかしいと思うけど、俺はもうめちゃめちゃ弱っていて、肉屋に帰りたかった。
立派な部屋は、一人では静か過ぎて、肉屋で常連さんたちと話したり、バルさんが切った肉を運んだりしたのが思い起こされて、居心地が悪かった。
バルさんに「ここにいていいんだぞ」と言われたことを思い出す。俺はそれを踏みにじってここに来たのに、バル殿下に塩対応されてめちゃめちゃ弱っていた。バルさん本人ではないにしても、同じ顔で違う態度に脳がバグを起こしている。
にしても、さっきの最後の冗談は何だったんだ。笑えないけど、俺の男としての尊厳が保たれていれば結婚しなくてすむし、バル殿下にとってはそれが一番いいんだろう。
もしかしたら好きな人がいたのかも知れない。
俺は何となく申し訳なくなる。
バル殿下の幸せのためにも俺の幸せのためにも、国にはゴメンナサイして、俺の男としての尊厳の確認を何としてでもしなければと、一念発起した。
ふかふかのベッドは起き上がるのが少し大変で、寝ていたいと思ってしまった。
とはいうものの。
自分で自分にプレッシャーをかけているようで重圧感が凄くて緊張するからか、俺のモノは全くうんともすんとも返事をしない。そうこうしているうちに、トイレに行きたくなってきた。
もしかして、ホテルみたいな立派な部屋だから、トイレがついているかもなどと思ったが、部屋の中には馬鹿でかい衣装部屋みたいなところしかない。
俺はソロッと廊下に出た。
廊下も広くて何か高そうな真っ赤な絨毯が敷いてあって、窓も広くて、謎に壺とか飾ってあって、絶対壺は高いから、触って割ったら大惨事だからと、飾ってあるものの反対側を歩く。
足に当たる絨毯の感触がフワフワで気持ちいい。絶対高級なやつだ。城だしな。
ソロソロと歩くが、全くトイレらしきものを見つけられない。ちょっと我慢の限界だよ、と思っていたところに向こうから歩いてきたのは、まさかの肉屋であった、キラキラテカテカのミュージカルおじさんだった。
「オリー!!」
俺が肉屋でのことを思い出して面倒くさいなと思いながらソロソロ歩いていると、ミュージカルおじさんは、俺を見つけ両腕を広げ足早に近寄って来た。
今オリーって呼んだよね。俺違うって言ったじゃん。
そのままハグしそうな勢いだったミュージカルおじさんをかわして、俺は会釈をした。
「どうも。……えーと、エイ……ジェイブリルさん」
エイ何とか家のおじさんだったはず。
エイ何とか家は、王城内をこんなにウロウロしてて怒られないような偉い人なんだろうか。
今日はお付きの人はおらず一人だ。
「オリー、会いたかったよ!!」
結局大袈裟にハグされて、俺はトイレに行きたいので失礼しますと言うべきかどうか迷っていた。この人トイレまでついてきそうだし。
とりあえず適当にあしらって、何とかお帰りいただくわけにはいかないだろうかと、俺が様子見していると、ジェイブリルさんは俺が何も言っていないのに、「いやー、君がここにいるなんて驚いたよ!」と言ってニコニコして俺に顔を寄せた。
「この間肉屋で会った時は『なぜこのようなところに』と思ったものだが、なるほどなるほどバルドゥール殿下のお手付きだったと言うわけだな」
言われた内容に俺は「は?」と思った。
お手付きってアレだろ、かるたとかで間違えて取っちゃって、一回休みってやつ。
――――じゃなくて、アレだろ、ご主人様と身体の関係があるって揶揄してる、んだよな。
「肉屋にしては、覇気があると思えば、まさかバルドゥール殿下だったとはなぁ。逢瀬の邪魔をしてしまったようで申し訳なかった」
俺はカッとなってしまって、思わず手を振りかぶっていた。プロレスラー直伝のビンタをぶちかますつもりで全力で振りかぶった。
「エイドラム公、無粋なことを言われる」
声が後ろから降ってきた。手首はガッチリ掴まれていた。
「……っ、バルドゥール殿下!」
ジェイブリルさんは頭を下げる。俺もプラーンと腕を掴まれたまま、頭を下げた。
恐る恐る顔を上げると、バル殿下は眉間にギュッとシワを寄せて鋭い目でジェイブリルさんを見ていた。
「申し訳ありません。それでは失礼いたします」
ジェイブリルさんはさっきまでの話はなかったことになったように、頭を下げたままそそくさと立ち去って行った。
「知り合いだったのか?」
バル殿下は俺に問う。俺は首を傾げた。
「うーん……何か行方不明の甥っ子に似てるって言われて……」
「は?!」
バル殿下が思いっきり大声をあげたので、俺の鼓膜には大ダメージだった。
声がでかい。
しかも、未だに持っていた俺の腕を掴んだ手の力がギリッと強くなる。俺はそっとバル殿下の手を腕から外した。
「エイドラム公の弟君の息子さんは……お前とはまるで似ていないぞ。しかも5歳だ」
バル殿下は断言した。
「ご、5歳……って。似てる以前の問題じゃないか。あんなに似てるって言ったのに? 俺のこと『オリー』って呼んでたのに?」
俺はがく然とした。何なのあのミュージカルおじさん。俺が5歳に見えたのか。
「ああ。で、何でウロウロしているんだ?」
「トイレどこですか?!」
思い出したらめちゃめちゃしたくなって、俺はバル殿下に詰め寄った。
「こっちだ」
バル殿下は俺がバル殿下の手を外した腕をまた取って引っぱった。
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
イケメンな先輩に猫のようだと可愛がられています。
ゆう
BL
八代秋(10月12日)
高校一年生 15歳
美術部
真面目な方
感情が乏しい
普通
独特な絵
短い癖っ毛の黒髪に黒目
七星礼矢(1月1日)
高校三年生 17歳
帰宅部
チャラい
イケメン
広く浅く
主人公に対してストーカー気質
サラサラの黒髪に黒目
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる